初仕事
ハンター証発行と素材換金の待ち時間の間、ラクたちは依頼掲示板を眺めていた。
トウカは張り出されてる少ない依頼書を見て、ため息をついた。
「んー、良い依頼無いなぁ。」
「周辺の村までの護衛とか討伐の特別手当が多い。この辺は最近魔獣が多いのか?」
依頼掲示板を見る限り、簡単な薬素材の採取や魔獣の食肉採取しかないようだった。
ただ、近隣の魔獣や魔物の討伐証明ができると特別手当が出るらしい。
数を減らすことを目的とした内容であることから、討伐対象が増えていることを意味する。
特定の種や魔物が異常発生する時などにこういった特別手当が出る場合があるが、今回は対象が決まっていないらしかった。
「ふむ、確かに最近は東側でよう被害を聞くわい。」
「確かもう一人のAランカーもそっちに緊急依頼で行ってるって話だったよ。」
魔獣の生態系は不明な部分が多い。
魔力が薄い場所でなら、村や町の開拓で一掃することができるものの、ある一定以上の魔力濃度になると何処からともなく湧いてくるため狩っても狩っても狩り尽くせない。
魔力濃度が上がるほど強力な個体も多いため、魔獣や魔物の絶滅は不可能に等しいのだ。
その一方で幼体や卵といったものが確認されており、生殖によって増える種もいることが推察される。
生態系も存在するのか、稀ではあるが特定の種が異常発生するような事件も記録には残っていた。
今回は種を特定したものではないため、何かの拍子に魔獣が人里に近いところで確認されただけのような気もする。
その場合、緊急依頼という形でAランカーによって討伐されれば事態は収束するだろう。
ラクはなんとなく違和感を感じたものの、はっきり説明できないものだったため考えるのを止めにした。
「ま、特別手当が出るってなら周辺を適当に狩りするのがいいだろうけど、もうすぐ昼になるしな。」
「んー、今日はいっかなー。明日から本気だそ。」
「弛んどるのう。暇なら昼からは鍛錬じゃな。」
ジンの言葉にトウカはげんなりとした顔をする。
ラクは少し考えて午後の予定を提案した。
「じゃ、周辺の散策がてらフィールドワークにしようか。今後のためにも地理や植生は知っておきたいし、薬草があればアズマ師匠へのお土産にもなるから。」
「あ、それ賛成!あたしも行きたい!」
「ふむ、まぁそれぐらいがちょうど良かろう。」
ジンとトウカの賛成を得て、午後の予定が決まる。
ちょうどそれに合わせて、ハンター証発行と素材換金見積もりの連絡が来た。
ラクはそれらを受け取り換金を済ませると、ギルドを出て家に向かった。
港の近くにある家の方に歩を進めていくと、なにやら港の方に人だかりができている。
近づいて様子をうかがうと、若い未婚の漁師たちがその集団を占めていた。
周りには面白くなさそうな、というよりは半ば呆れたような表情の女性陣も見ている。
「なにあれ?」
「さぁ、お客様かな。」
こっそり魔力を探っていたラクは中心にいる人物に当たりがついていた。
取り巻きと周囲の様子を見ても、思い当たる人物で間違いなさそうだ。
ただ、なぜその人がこんな場所まで一人でやってきたのか、その理由だけが検討つかなかった。
一人で考えても仕方ないため、ラクたちはその集団の方へと向かっていく。
足音が聞こえるぐらい近づいてから、ようやく外側の漁師たちから順番に気づき始める。
ラクの顔を見た漁師たちは、驚きと焦りを含んだ顔で道を開けた。
開けられた道の先には、マリナーク商会の一人娘カナデが座っている。
どうやら、物珍しさと色香につられて取り囲まれていたらしい。
ちょうどカナデの一番近くには、ミナトがだらしない顔を浮かべて話相手になっていた。
その表情を見た瞬間、トウカから表情がみるみる失われ、その視線には見た者を凍えさせるような怒りが籠もった。
「…なにしてんの?」
抑揚のない低い声が静かに響く。
視線とは裏腹にマグマすらも生温いと思わんばかりの灼熱の怒りが聞いて取れる。
誰に向けられた言葉かは明言されていない。
しかし当の本人はもちろんの事、周囲にとってもその相手は火を見るよりも明らかだった。
ミナトは緩みきっていた表情筋を限界まで引き攣らせ、額から滝のような汗を流してラク達の方へと顔を向ける。
「お…おおおおか、おかかえり。ラ、ラクおまま前に、おきゃっお客さんだ、だぜ…。」
口元を震わせながら精一杯に片言でそう告げると、ミナトは相手を少しでも刺激しないようゆっくり後ずさった。
その歩みに合わせて、トウカは拳を鳴らしながらミナトに近づいていく。
「待てよトウカ、俺はただカナデさんが退屈しないようにだな…。」
「へー、ふーん、そう。別にいいんじゃない?」
「言葉と態度があってねぇよ。てかそもそも何でそんな怒って…。」
「な、ん、で!?」
ミナトの言葉にトウカの怒りはついに頂点に達した。
いよいよトウカの怒りに危険を感じた体がいうことを聞くようになったのか、ミナトは躓きながらも走って逃げようとする。
しかし逃走は一歩遅く、トウカの渾身の力が込められた拳がミナトの脇腹へと突き刺さった。
「ごっへっっ…!」
汚い声を上げながらミナトはふっ飛ばされる。
その様子を見ながら周囲の人間はやれやれとため息をついた。
二人の態度を傍から見れば相思相愛なのはひと目でわかる。
しかし当の本人たちはどこか自信がないのか、正直になれないのか未だ付き合っていない。
いい加減見慣れた光景に微笑ましさと別に、はよくっつけと言わんばかりの緩んだ空気が周囲に流れた。
トウカ達がじゃれ合っているのを余所に、ラクはカナデの方へ向き直った。
「カナデさんはどのようなご用事で?」
「急ではあるんですが、ラクさんにお仕事のご依頼を。」
「急ぎの仕事…ですか?」
カナデ自らこちらに足を運んでまでお願いするような仕事に、ラクは思い当たるものがない。
それに格好は動きやすい外行き用の服を着ていたものの、カナデからは緊急事態のような焦りは感じなかった。
「領主からマリナーク商会に召喚命令の書状がきているんです。ラクさんも含めて。」
「領主自ら?」
「はい。名目としては『斬頭会』討伐騒動の事情聴取となっています。ですが、領主軍名義でない以上、もしかしたら報奨の話などがあるかもしれません。」
今回の事件では、領主が領内における塩の専売権を認めていたバロン商会と領主軍の厄介な規模になっていた『斬頭会』が関わっている。
領主一族としては面子を潰された不祥事であり、それを解決したラクには借りがある。
それを放置するのは、貴族社会において沽券に関わることなのだろう。
何かしら報奨を用意することで面目を保つ可能性は十分にありえる話だった。
「商会の代表として私が召喚されることになっていますので、ラクさんには護衛としてご同行していただこうかと。」
「別に護衛依頼じゃなくても行きますよ。私も同行の必要があるんでしょう?」
「いえ、せっかくですからお礼も兼ねてご依頼にしたいです。実績にもなるし、報酬もお支払いできますから。」
どうやら、ラクのハンターとしての実績にまで配慮してくれているらしい。
あまりしつこく断るのも失礼なので、ラクは快く了承した。
「護衛任務なら女手も必要かな。トウカ、じゃれ合ってないで行こう。」
「あたし行かなーい。」
トウカは一通りしばき倒してスッキリした顔で戻ってくる。
ミナトは奥でボロ雑巾のような姿に成り果てていた。
後で最低限命に別状がないかだけ確認しておいてやろう。
「なんで?パーティ組んだろ?」
「だってデートじゃん。邪魔したくない。」
「護衛任務だから女手が必要なことも…。」
「大丈夫でしょ!なんだったら婚約者特権てやつでさ。」
「お前な…。」
トウカの無茶な理論にラクは思わず頭を抱えた。
カナデは横で少し頬を紅く染めながら小さくうつむく。
「とにかくさ、パーティだからって常に一緒の必要ないんだし、王都なら魔獣の危険もないでしょ?だったらラク兄だけで大丈夫だって。」
「うーん、まぁ…?」
ラクはなおも渋りながら、カナデに伺いを立てるように視線を送った。
カナデは小さく頷いて答える。
「危険なお仕事でもないでしょうから。私は大丈夫ですよ。」
「ほら!依頼主の許可も出たし、デート…もとい護衛任務受けたら?」
「わかったよ。トウカの実力は今度組手でもしてじっくり見させてもらおう。」
仕方ない、とばかりにラクは諦め了承した。
トウカは組手と聞いて笑顔が若干固まっているが、ラクはあえて無視した。
特に必要な準備もないため、ラクはさっそくカナデと一緒に出発した。




