ハンター証の発行
翌日、魔獣素材の売却とハンター証発行手続きのため、ラクはジンとトウカを連れてギルドにやって来た。
建物に入ると一階部分は受付、二階は酒場のようになっているらしかった。
ジンは慣れた様子で一番端にある小さな受付に向かう。
ラクが付いていくと、そのジンとラクの顔を見た受付嬢の表情にどことなく緊張が走った。
「此奴のハンター証の発行をしたい。頼めるか。」
「…は、はい。もちろんです。ちなみに彼が…例の…?」
どうやら昨日の、または一連の騒動を知っているらしい。
道理で顔がこわばっているはずだ、とラクは納得する。
たった一人で百人近くの集団を壊滅させたのだから、怖がられても仕方ない。
それよりも末端まで情報共有がされてることに、ラクは感心と信用を感じた。
情報収集能力とその共有はギルドにとって重要なスキルの一つだ。
思っていたより無能ではなさそうな様子にラクは小さく安堵の笑みを浮かべる。
「そうじゃ。なんぞ問題でもあるか?」
「実はその…ギルドマスターが、お話を、したいと…。」
厳つい顔に加えて若干脅迫じみたジンの口調に、うっすら涙を浮かべて受付嬢が恐る恐る答える。
それに加えて、さらにトウカが追い打ちをかけた。
「なんでハンター証発行ぐらいでギルドマスターが出てくんの?てか、さっきから何に怯え…。」
「やめろやめろ、止めを刺すな。事情説明と今後の動きが聞きたいだけだろ。騒動も大きくなったから、こっちとしても願ったり叶ったりだ。いいですよ、話を通してください。」
ラクの助け舟で、受付嬢はなんとか零れそうだった涙を堪えることができたようだ。
すいません、と礼なんだか謝罪なんだか分からない言葉を告げると、ふらふらと奥に引っ込んでいった。
「二人とも顔とか態度とかキツいんだから気をつけなよ。」
「これしきでビビッておっては仕事にならんだろう。」
「そうそう!これも愛のムチってやつだよ。」
二人とも確信犯だとわかってラクは頭を抱えた。
昨日聞いたヒビキの見解からして、ギルドは今回の事件でラク達に恐縮している可能性がある。
謝罪の場を設けるためにも、ジンやトウカがギルドに来たら話を通すように連絡していたのだろう。
今回の事件を盾に何か要求や賠償を求めてくるのでは、という警戒もあったかもしれない。
そんな緊張状態のなか高圧的な態度を取られれば、若い受付嬢など泣きたくもなるだろう。
気の毒な彼女に、ラクは心のなかで手を合わせた。
「ラク兄、女の涙に弱くない?他所の女の子に優しくしてたら、カナデさんに嫌われちゃうよ?」
「時と場所は選べって話だよ。俺らが虐めてるみたいになるだろ?」
トウカは受付嬢の涙を演技だと思っているのだろう。
確かに気性の荒いハンターを相手にするのに、彼女の様子では心許ないが、わざとやっているなら話は別だ。
男の多いハンター業界において、女性の涙に罪悪感を感じて態度を軟化させる輩は決して少なくないのだから。
それでもラクは外面だけでも優しくする。
周りから虐めているように見られて、外聞を悪くするほうがデメリットは大きいからだ。
ラクの言い分にトウカは納得いかなそうに鼻を鳴らした。
しばらくすると、受付嬢がギルドのテーブルを開けて中へと招き入れた。
案内に従って付いていくと、応接室らしき部屋の前に着く。
受付嬢が扉をノックすると、少し疲れた男の声が入室許可を出す。
中に入るとヒョロっとした体つきの30代ぐらいだろうか、想像より若い男性が立って待っていた。
「お待ちしておりました、フトゥ支部ギルドマスターのクジャクと申します。」
男は猫背を曲げて挨拶をした。
その様子にジンはこれみよがしにため息をつく。
「まったく…。相変わらず情けないのう。ちっとはシャキッとせんか!」
「ジンさんは手厳しいですね。さ、どうぞお掛けください。」
クジャクはボサボサ髪の頭を掻きながら苦笑する。
どうやらジンとは多少気安い仲らしい。
ラクたちは勧められたソファに腰を掛けると、今度は背筋を伸ばしてクジャクは深々と頭を下げた。
「この度は、当ギルドのハンターがご迷惑をおかけしたこと、そしてその対処までして頂いたこと、お詫びと共に深くお礼申し上げます。」
挨拶とは異なる真面目な礼に誠意が見える。
その姿に多少は溜飲が下がったのか、ジンは眉間のシワを緩めて息をついた。
ひとまず敵対せずに済んだことに、ラクも安心しながら謝罪を受け入れた。
「こちらこそ、やむを得ずとはいえ目立つ形で戦力を減らしたことをお詫びします。」
「いえ、そんな…。我々の尻拭いをさせて恐縮しているぐらいです。受付も必要以上に怯えたようで、重ね重ね…。」
「こちらも悪いですからお気になさらず。…お上手でしたよ?」
言外に受付嬢の演技を仄めかしたラクの言葉に、ギルドマスターの笑顔が固まる。
女性の涙を使って多少の罪悪感を抱かせ、怒りをぶつけにくい状況を作りたかったのだろう。
和解の場を少しでも優位に勧めるための小さな策だったが、今回は相手が悪すぎた。
ラクはあえてその場は優しくし、あとで指摘したほうが都合がいいと踏んでいたのである。
(ラク兄こっわっ…!)
ラクの考えに気づいたトウカは、内心でこっそりラクには逆らわないことを誓った。
粗暴なハンターの多いこの業界で、ラクのような返しは想像していなかったのだろう。
クジャクは額に汗を浮かべて焦った。
「とんだご無礼を…。」
「腹の探り合いはこれぐらいにしましょう。被害も最小限に済んだのですから、さらに事を荒立てる気は私達にもありません。」
ラクの言葉を聞いてクジャクは酷く安心した様子でため息をついた。
オゥノと『斬頭会』はハンターズギルドにとって余程迷惑な存在だったらしい。
それを自力で対処できず、あまつさえ一般人に尻拭いをさせたことでどんな糾弾をされるかわからないと不安を抱えていたようだ。
「ご配慮いただき感謝いたします。こちらとしては、ラクさんの加入は大歓迎でして…。必要ならオゥノの除籍に伴ってラクさんをAランカーにする準備まで整っております。」
クジャクの提案は、無名のハンターに対して破格の高待遇と言えるだろう。
いくらAランカー並の実力があるからと言って、信用できるとは限らないのだ。
しかし今回の一件でマリナーク商会との繋がりも含めて顔が売れているラクにとって、この申し出はありがたいとは言えなかった。
「それは結構です。特別待遇を受けて、痛くない腹を探られるのは本望ではありません。他のハンター同様、Eランクとしてハンター証の発行をお願いします。」
「承知いたしました…。」
ラクの申し出にクジャクは嘆息する。
ハンターズギルドとしては、緊急クエストに対応できる戦力の低下を防ぐためにも、ラクにはAランカーになってほしかったのだ。
しかし、これ以上失礼を重ねて不興を買うわけにはいかない。
クジャクは気持ちを切り替えて、ラクの方に向き直った。
「とはいえ、Eランクは受けられる仕事が少なく実りも小さい。今回お持ち込みいただいた魔獣素材と『斬頭会』壊滅など、実績の証明が可能な分の貢献度は適用させてはいかがでしょう。」
ハンターの中には珍しいとはいえ、貢献度が貯まっていないゆえに実力に見合わないランクにいる者も存在する。
そういった者には、実力に見合ったランクに早めに上がってもらった方が、依頼消化のためにもギルドとしては都合が良い。
そのために依頼の受注に関わらず、素材の売却などで実力の証明さえできれば、対象に応じた貢献度が付与される仕組みになっている。
ラクは今回の一件で、鑢鮫五頭の討伐と『斬頭会』(盗賊団扱い)の壊滅で実力証明が可能だ。
それらを貢献度として適用させれば、初回からある程度ランクを上げることができる。
「ラクさんなら正規の規則に則った上で、Cランクまで昇格が可能です。」
「はっやっ!!もうアタシ追いつかれちゃったじゃん。」
本来どちらの案件も、依頼になればBランクパーティが推奨されるほどの相手だ。
実績が少なく、ランク上昇に伴う必要貢献度の基準が少し高いためCランクとなったが、単騎で完勝を収めたラクの実力を考えれば、それでも低いと言わざるを得ないレベルだった。
「妥当じゃな。心配せんでもお前なら一週間もあれば、正式なAランク昇格の勧誘がくるわい。」
「高位ランクは制約が増えるからちょっと…なぁ。」
ラクの本音にクジャクは苦笑を漏らした。
「普通は喜ばれるものですがね。ひとまず、ご要望は承りました。ハンター証の発行と素材売却の見積もりを進めさせますので、今しばらくお待ち下さい。」
こうしてラクは無事ハンター証を手に入れ、早くもCランカーとしてデビューを飾ったのだった。




