死霊兵事件
宿に荷物をおいたラクたちは、その後の予定を決めるために宿併設の食堂に集まった。
遅めの軽い昼食を口にしながら、ラクは希望を聞く。
「夜までまだ時間があるけど、どこか寄りたいところは?」
「せっかくですから取引先に寄りたいんですけど、ご一緒してもらっていいですか?」
自分の都合で自由時間が無くなるのを心配してか、遠慮がちにカナデがラクの様子を窺う。
と言っても都市の地理がわかっていないラクに行きたい場所は特にない。
カナデの申し出を断る理由がなかった。
「もちろん。護衛依頼ですから遠慮なく連れ回してください。」
「お言葉に甘えます。寄りたいお店とかあったら遠慮なく言ってくださいね。」
「それは内緒。」
きっぱりと断ったラクの言葉に、カナデは心なしかしょんぼりする。
落ち込みすぎる前にラクは言葉の意味を説明した。
「…プライベートで誘う口実が無くなると困るので。」
「それはお誘いいただけるということですか?」
「誰とは言わないけどね。」
軽くウインクして意地悪を口にしたラクに、カナデは口を尖らせた。
それでも冗談だと気づいているせいか、さっきよりは楽しそうだ。
「では向かいましょう。行き先はスカイアーク商会です。」
スカイアーク商会は都市メーフルに本店を置く貿易商の大商会である。
この街最大の規模にして、国内でも多くの支店を持つこの商会の影響力はメーフル領だけに限らない。
この商会に品を卸すことはそれだけで名誉になり、莫大な利益を得ることが約束されているようなものだ。
カナデの案内で店の前に訪れたラクは、彼女の説明の意味を理解し顔を見上げたまま固まってしまった。
通りに並ぶ店に比べて幅にして4倍、高さにして倍はありそうなほど大きい店舗である。
驚きのあまりラクはため息をつくことしかできなかった。
「は〜、ここが取引先だとすればマリナーク商会の売上の高さにも想像がつきそうなもんだ。」
「うちは数ある取引先のほんの一つにしか過ぎないですよ。規模も影響力もうちは大違いです。」
想像の範疇を超えるスケールの大きさに、もはや呆れしか感じられないほどだった。
ラクの驚きようを楽しみつつ、カナデは田舎者らしい反応に少し疑問を覚えた。
「ラクさんは王都で生活されてたんですよね?同じような規模の商会はご存知なのでは?」
「っても所詮いち兵士だから、こんなとこ縁がないよ。今まさに自分が入るとなると気後れする。」
魔物相手ならまだしも、とラクは嘯く。
カナデはカナデでラクの冗談に内心冷や汗をかいていた。
カナデにとって目の前の建物と同じサイズの魔物の方が、想像の範疇を超える恐怖の対象だったからだ。
素人知識で言うなら、このサイズを誇る魔物といえばドラゴンくらいしか想像できない。
通常、出逢えば死より他に道はないと呼ばれる相手である。
そうでなくても相応の巨体相手なら、どんな魔物でも恐怖以外何物でもないだろう。
それでも目の前の商会に比べて、そんな相手の方がまだマシと言いたげなラクから、なんとなく真の実力が知れるような気がした。
「ラクさんは本当に戦士なんですね。」
「…?何の話?」
カナデの呟きにも似た称賛に、ラクは首を傾げながらもゆっくりとスカイアーク商会の建物へと歩を進めていった。
中へ入るとすぐさま案内役であろう店員が来る。
カナデが要件を伝えると、一つの受付の方へと案内された。
店員が受付の男へ小さく耳打ちすると、カナデの顔をまじまじと見た受付がなにか納得したように小さく頷く。
「マリナーク商会のカナデ様ですね。ご足労いただきありがとうございます。ただいま商会長に話を通しますので、今しばらくお待ち下さい。」
自己紹介をするまでもなく、受付の男はカナデの正体を言い当て去っていった。
この世界では人の顔を覚えられないと受付すら任せてもらえないのかもしれない。
日々、数えられないような客数を相手にしているだろう男に尊敬の視線を送りながら見送ると、しばらくして面会許可の報せを持って帰ってくる。
ラクたちは案内に従って2階にあるという応接室へ向かった。
扉を叩くと低いながらもよく通る声で返事が返ってくる。
入室の許可を得たラクたちが室内に入ると、恰幅の良い男性が座っていた。
年はカナデの父ヒビキと同じ頃、体型の割に清潔感を漂わせた渋い男だった。
男の姿を確認したカナデは丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「ご無沙汰しております、ヨウ商会長。マリナーク商会より参りましたカナデと申します。」
「久しぶりですな。以前お会いした時は愛らしさ漂う美少女でしたが、落ち着きが増して貴族の令嬢の如き淑女になりましたな。」
「お褒めいただき恐縮です。挨拶のためお時間を取っていただき、ありがとうございます。」
「そう畏まらんでください。マリナーク商会にはうちも儲けさせてもらってますから。」
商会長のヨウは、カナデの固い物言いに苦笑しながらソファを勧めた。
カナデの着席に合わせて、ラクは護衛として背後に回る。
「メーフルには別件で訪れたのですが、近くに来ましたのでご挨拶に伺いました。ご壮健のようで何よりです。」
「話は聞き及んでいます。災難ではありましたが、良き縁に恵まれたようですな。」
言葉とは裏腹に、ヨウの表情は一転して厳しいものになってラクを見つめた。
ヨウの態度に困惑しながら、カナデはラクの紹介を進める。
「はい、こちらがラクさんです。今回の騒動の立役者で、今日は護衛も兼ねてご紹介に上がりました。」
「はじめまして。」
カナデの紹介に合わせて、ラクは小さく頭を下げる。
ヨウは変わらず見定めるような目つきでラクに視線を送っている。
「元は魔法騎士団の所属だったとか。退団の理由をお聞きしても?」
「申し訳ありませんが、お話できません。」
ラクは遠慮がちに見せつつも、きっぱりと回答を断った。
「失礼。では話は変わりますが、少し前に王都で騒ぎになった『死霊兵事件』はご存知ですか?」
ヨウの言葉にラクは一瞬眉をしかめる。
変わったように見せかけて、真相を知る者にとっては話題が全く変わっていない。
そこでようやく、ラクはヨウの態度の意味を理解した。
「なるほど、私をある程度調べた上でのさっきの質問だったわけですね?」
ヨウはラクの質問に無言で肯定を示した。
話についていけてないカナデは困った表情で尋ねる。
「あの…その事件というのは…?」
「マリナーク商会さんはまだご存知ではなかったのですね。」
ヨウはそう告げると、『死霊兵事件』の概要を説明し始めた。
半年前に王都近辺の森で訓練中だった魔法騎士団の兵士たちのうち、一部のものが死霊化した事件である。
原因は公表されていないものの、魔法騎士団をもってして100人ほどの兵士が死霊化してしまったという。
法術士たちの奮闘によって王都に被害が出る前に鎮圧、もとい討伐されたものの、一歩間違えればどれだけの命が失われたかわからない事件だった。
最終的に一人の兵士が何らかの事情で除隊したらしいというのが、スカイアーク商会が掴んでいる情報である。
情報といっても事件の詳細が公になっているわけではないため、出処はもっぱら噂話である。
しかし、虚実交わるその情報の中から事件の真相に近いところまで、スカイアーク商会は的確に推測していた。
説明を聞いたカナデはここでようやくヨウの態度の理由に思い当たったらしい。
「では、ヨウ商会長は除隊された兵士がラクさんで、その事件の真相を知っているとお考えなんですか?」
「真相、というより原因の一端を担う人物ではないかと。」
ヨウの言葉が予想外だったカナデは顔色を青くさせた。
「原因ということは、ラクさんのせいで事件が起きたと…?」
「名目上は除隊されたということになっていますが、怪我など仕事に支障がない状態ならば実質免職でしょう。つまり、事件についてなんらかの責任を問われていると考えました。証拠不十分で処刑は免れたものの、事件主犯の容疑で軍を追われたのではないかと…。」
「そんな…。いくらなんでも…!?」
カナデはラクを擁護しようと声を上げたものの、ラクに静かに止められた。
否定も肯定もしないラクの様子に、カナデの表情にはさらに不安が募る。
「いかがでしょう、ラクさん。今回の魔獣騒動、貴方は事件解決の立役者ですが、マリナーク商会の取引先としては今後のことを考えるとあなたが危険人物でないという確証が欲しい。可能な範囲で事件の真相をお話しいただけませんか?」
「話したとして、嘘をついている可能性もあるのでは?」
「職業柄、人を見る目には一家言あるつもりです。真偽も含めて貴方の人となりを見定めたい。」
ヨウの言葉と態度には矛盾が伴っている。
もし本当にラクが事件の真犯人だった場合、証拠隠滅ためにここで口封じさせるれる可能性もあるのだ。
そんな危険人物に、直接真相を問うのはリスクが高すぎる。
おそらく言葉では疑惑を問うているものの、今回の一件から味方であると想定して話しているのだろう。
その確信を得ることができれば、今後ラクの活動に協力を得ることもできるかもしれない。
無視すればこの場はお茶を濁せるかもしれないが、マリナーク商会との信頼関係にもヒビが入りかねない。
確かにこれは、ラクにとって取引だった。
「わかりました。機密に関わるため情報は最低限に絞りますがお答えしましょう。」
ラクはヨウの説明を思い出しながら話せる範囲で、真相に関わる点を羅列する。
「まず、俺は責任を問われて免職されたわけではありません師団長から除隊するよう提案され、それを飲んだだけです。」
「法術士として功労者の一人であろう貴方を除隊させる理由とは?」
「命を狙われる可能性を少しでも減らすためです。」
思わぬラクの回答にヨウは驚いたように目を見開いた。
「つまり、ラクさんはあの事件について命を狙われる立場にあると…?」
「そうです。あのまま軍に籍を置き続ければ暗殺の危険がありました。」
「なるほど。本来なら事件解決の功労者となりうるラクさんを除隊させた理由はそこにあったのですな…。となれば、もう一つ気になる情報があります。」
スカイアーク商会は事件の概要について、事件解決の功労者に関する情報も手に入れていた。
曰く、死霊化した兵の数が100人というのは、ある法術士のおかげで被害が最小限に抑えられた結果であると。
曰く、死霊化に抵抗できる法術士が、たった一人で100人もの死霊兵の猛攻を防ぎ浄化したと。
曰く、それだけの功労者であるにもかかわらず、一切の理由を公表されることなく除隊されたと。
どれも真実味が薄い内容にも感じられるが、噂の数で言えば多い部類になる内容であった。
非現実的な内容の噂ほど口にする人数は少ない。
それでも一定の数流れたとなれば、噂の信憑性は高まる。
もしこの噂が真実であり、その人物こそラクなのだとすれば、ラクは危険人物どころか王都を救った英雄だったということになる。
その英雄が暗殺される可能性があるとすれば、ラクの存在を邪魔に思う人間がいるということだ。
真っ向から敵対していない理由は表面上味方である内部の人間、つまり真犯人は軍人かそれにまつわる立場である貴族の可能性が高い。
敵が部外者なのであれば、軍がラクを放逐する必要はないからだ。
「事件の責任を負って免職というのも、軍内部や貴族に向けた理由だったということですな。」
「それは機密です。ここから先は、知ればお二人の命も危なくなりかねない。」
ラクの言葉の意味を察したヨウは静かに頷いた。
「ラク殿の立場を見誤ったようですな。先程の失言、知らなかったとはいえお詫び申し上げます。」
「いえ、あの情報からの推測なら疑われても仕方ありません。むしろ、遠い王都の情報をここまで正確に集め、推測を立てる腕はさすが大手商会と舌を巻くばかりですよ。」
「ご配慮痛み入ります。」
ヨウは頭を下げたあと居住まいを正した。
「だとすれば、今回の一件も自作自演ではなくラク殿の実力だったわけですな。」
「そんなこと疑っていたんですか!?」
カナデは非難するように驚きの声を上げる。
自分の非を認めるヨウは居心地が悪そうに苦笑いを浮かべた。
「突然現れた人間がたった一人で100人もの無法者を倒し、街や取引先を助ける。他人事ならいざ知らず、身内の話ともなれば逆に信じ難いものです。」
言い訳じみた言葉だが、カナデは納得するように肩を落とすしかなかった。
目の前で事の真相を見ていた自分ですら、何が起きたのかわからず信じられなかったほどだ。
雷のような轟音と閃光が周囲を包んだと思ったら全員が倒れ伏していたのである。
人に話せば冗談としか受け取ってもらえないだろう。
しかし自分たちは彼に助けられたのだと信じて疑わなかった。
「ラク殿の言葉通り、『死霊兵事件』をたった一人で解決したのなら無法者の相手など赤子の手をひねるようなものでしょう。それに、これ以上疑えばせっかくの取引先を失いかねません。」
ヨウがカナデの方を一瞥すると、苦笑を浮かべながら頷いた。
「ラクさんの実力と信用は私たちが保証します。」
「本当に…我々は良い縁に恵まれたのですな。」
ようやく人心地ついたようにヨウは目を細めた。
「手のひらを返すようですが、今後はスカイアーク商会一同協力を惜しみません。何か困ったことがあれば相談ください。最大限の努力をしましょう。」
「ありがとうございます。」
ラクは差し出されたヨウの手を取り、固い握手を交わした。




