格の違い
ラクの指揮のもと、鑢鮫の解体が終わったのは夕焼け空に夜の紺青が混ざり始めた頃だった。
すっかり宴会の準備も済んだようで、屋外のテーブルには春祭りと思わんばかりの豪勢な食事と酒が所狭しと並んでいる。
今回の獲物である鑢鮫の肉はもちろんのこと、調子に乗った買い出し班の男たちが市場から大量の食材と酒を買ってきたからだ。
最初こそ男たちは各ご家庭の奥様方からこってり絞られたものの、いまではみんな笑顔で食事を取り分けている。
マリナーク商会へ討伐成功の報せに行っていたカイは、そのままヒビキ達ご家族を連れ帰ってきてしまった。
報告を聞いて喜んだ商会長ヒビキが仕事を早めに切り上げてきてしまったらしい。
解体の終わった素材を検分していたラクの元へやってくる。
「ラク君、本当にありがとう。無事で良かった。親子揃って私達を助けてくれた二人には感謝しかない。」
「妻のウタと申します。娘のために本当にありがとうございました。」
夫妻はラクに向かって深々と頭を下げた。
ラクはヒビキたちの頭を上げさせて首を横に振る。
「日頃父がお世話になってますから、そのお礼ですよ。」
「まさか!そんなことで礼になるとは思っていないよ。我々は取引先である前に対等な友人だ。利益も対等でなくてはならない。」
「お父様の言うとおりです。ラクさんにお約束通り報酬をお支払いしないといけませんね。」
そう言ったカナデはラクに駆け寄る。
何事か予想できていなかったラクの頬に柔らかな感触がもたらされる。
事情を察したラクは緊張のあまり固まった。
離れたカナデもまた頬を真っ赤にして俯いた。
二人の様子を見ていたヒビキは、さっきと打って変わってラクに意地悪な笑みを浮かべた。
「これで少しは返せたかね?」
「参りましたよ…。お返しどころか借金になりそうです。」
「それはいい。どれカナデ、反対側にもしてあげたらどうかね。」
(娘に何てことやらせようとするんだ!?)
思わぬ提案にラクはぎょっとする。
先程の感触を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。
カナデもまたほっぺたを林檎のように紅く染めたまま口を尖らせる。
「お父様!からかうにも程があります。」
「そうかい?満更でもなさそうだったが。」
なおも笑みを浮かべたままヒビキは探るように言い返す。
口では勝てないと悟ったのか、カナデは火照った頬を冷ますように手を当てて後ろを向いてしまった。
ラクの珍しい姿を見たトウカとミナトは嬉しそうにニヤけ顔でからかいに来た。
「ラク兄、嬉しそうじゃーん。」
「羨ましいな、おい。恋の相談なら聞いてやるぜぇ?」
二人のムカつくような笑顔と態度に、ラクは仕返しを仕掛けにかかる。
「悔しかったらお前らもやったらどうだ?」
一瞬二人は固まったあと、互いに一瞥して慌てたように口を揃えた。
「「なんで俺ら(私ら)が!?」」
「別に二人でとは言ってねぇけど?」
まんまと罠に引っかかった、とラクはほくそ笑む。
無意識に別の誰かではなくお互いでやることを想像していたのを言い当てられ、二人は口をもごもごさせて口ごもる。
見事返り討ちにあった二人を見て、その微笑ましさにヒビキたちは声を上げて笑った。
「今日は本当にいい日だ。頭を悩ませていた魔獣は狩られ、娘の婚約者まで見つかった。」
「まだしてませんよ。」
「まだ、というからには期待してもいいのかしら?」
ウタ夫人が口元を抑えて期待の笑みを向けてくる。
あからさまな外堀埋めにラクは苦笑を抑えきれなかった。
「じゃなきゃ、さっきのキスに高値はつけません。」
「ふふ…。良かったわね、カナデ。夫共々、ご挨拶にいらっしゃるのを楽しみにしてますね。」
「父親にとって、娘が婚約者を連れてくるというのは悪夢なのでは?」
「そうでもないさ。『娘はやらん』という台詞は世界中の父親にとって憧れに違いない。」
今度練習しておこうと呟くヒビキに、ラクは悔し紛れに言い返す。
「商人から役者に転職されてはいかがです?」
「それはいい。孫が生まれたら、ぜひそうさせてもらおう。」
鋭い切り返しに、ラクはとんだ藪蛇だったと頭を抱えた。
その様子を見た夫妻は愉快そうに笑った。
カナデも未だ頬を赤らめてはいたものの、釣られて口元を抑えて笑っていた。
そんな和やかな雰囲気のラクたちのもとへ、下卑た笑いと共に人相の悪い男たちがゾロゾロと現れた。
目を向けると短剣・長剣・斧に棍棒と、様々な武器が男たちの手に掲げられていた。
人数にして100人ほどだろうか。
如何にも盗賊然とした身なりや人相に、漁師たちやヒビキたちから笑顔が消え緊張が走る。
ラクはカナデたちを庇うようにゆっくりと前へ進むと、集団の中心人物らしき男の元へ向かう。
ラクの動きを警戒した下っ端が剣を向けて牽制してきた。
「止まれ!動くんじゃねぇ。」
「"首断ち"ってのあんたのことか?」
男たちの姿からして他は皆『斬頭会』の構成員だろう。
無視された下っ端が頬をひくつかせて怒りをあらわにする。
しかし頬に傷のある男が睨みをきかせると、納得いかなそうに矛を収めた。
男はラクのことを値踏みするように睨みつけ、何かを察したのか物知り顔で答えを返した。
「俺の名前は知ってるらしいな、余所者。」
「余所者とはひどい言い草だ。生まれも育ちもこの街なんだが。」
「王都から来た、って情報は掴んでる。何者だ。」
男は背中に担いだ両手斧2本をそれぞれ片手で抜いてラクに向けると、ドスの効いた声で脅しをかけるように問い詰めた。
そんな状況でもラクは飄々とした態度を崩さず質問に答える。
「軍人さ。元だけどな…。」
"元"という言葉に周囲が小さく息を呑む。
そこで初めて、ラクは国軍を除隊されたと伝え忘れていたことに気づいた。
余計なことを口にするあたり、今の状況に多少なりとも緊張や動揺があるらしい。
そんな自分の心境に気づいたラクは、自分自身に苦笑した。
数は不利、守るべき人も多く戦況も不利。
それでも自分の力を遺憾なく発揮すれば、身内は誰も傷つけないで済むはずだ。
余計な緊張をほぐすように、ラクは小さく息を吐いた。
その様子を不安や焦りからくるため息と受け取ったのか、『斬頭会』の面々はせせら笑いを上げた。
元とはいえ軍人という言葉にオゥノは内心舌打ちしたものの、目の前のラクの姿にその不安も消え失せる。
魔獣討伐の実績はあれども、目の前のガキに負ける要素があるとは思えない。
相性だけで仕留めたのだと予想して、オゥノはラクを見下しながら斧を構えた。
「軍人崩れなだけあって、多少は腕が立つかもしれんが…。俺を敵に回したのは間違いだったな。」
「そうでもないさ。」
「…何?」
思わぬ返答にオゥノは眉をひそめる。
ラクは冷めた目付きでオゥノたちの欠点を羅列した。
「獲物を前に力量差を見抜く鼻も効かない、あまつさえ奇襲はおろか急襲もしてこない。ハンターとしても盗賊としても三流以下で相手になるとは思えんよ。」
ただでさえ人を喰ったような態度に苛ついていた『斬頭会』の面々は、ラクの散々な評価を聞いていよいよ怒りを爆発させた。
「調子に乗るなよ、クソガキ!」
「一人で何ができるってんだ!!」
「ブチ殺せ!!!」
男たちは怒声を上げながら武器を手に、一斉にラクへと襲いかかる。
カイを始めとした漁師たちは、せめて家族や女子供だけでも守ろうと身構える。
カナデは目の前で起ころうとする惨劇に悲鳴を上げそうになった。
誰もが皆、『斬頭会』の襲撃が始まることを疑わなかった。
盗賊たちは殺戮と陵辱を与える喜びに、住民たちは惨劇が始まる恐怖に顔を染めていた。
怒声をかき消す耳をつんざくほどの雷鳴を耳にするまでは…。
眩い稲光に住民も盗賊も見境なく、誰もが目を覆う。
オゥノはただ一人、背筋を駆け抜けた悪寒を頼りに武器で自分の身を守った。
武器を伝って襲ってきた衝撃に、自分の勘が正しかったことを確信する。
受け身を取って転がったオゥノが周囲に目を向けると、『斬頭会』のメンバーのうち自分以外立っている人間は一人もいなかった。
「雷撃の魔術か…!?」
呟いてから即座に自ら否定する。
先程自分を襲った衝撃は間違いなく物理的な攻撃だ。
しかし、音と光からして雷属性であることは間違いない。
そこから導き出される答えはオゥノにとってそれほど多くない。
「雷の属性強化。いや、魔道具か…?」
オゥノの知る雷の属性強化は反応速度の上昇程度だ。
それ以上の効果をもたらすには魔道具以外ありえない。
なんにせよ、オゥノにとって想像以上に厄介な敵であることに変わりはなかった。
「このスピードだとついてくるのか。Aランカーってのも伊達じゃないわけだな。」
(冗談じゃねぇ…!)
オゥノは内心毒づいた。
今の防御は完全に勘でしかない。
もう一度避けろと言われても自信が持てないほどに、ラクの動きは捉えきれていなかった。
それでも勝機がないわけではない。
オゥノの属性は風。
雷の反応速度上昇に対して、風は移動速度を上げる属性強化だ。
自分のあらゆる動作に追い風が吹くように風が味方する。
暴風雨のように斬りつけられる斧の斬撃は、あらゆる獲物の首を跳ね飛ばしてきた。
相手の反射神経が早くても、自らがより早く動いて仕留めれば結果は同じはずだ。
先程自分を襲った速度と衝撃は棚に上げて自らを鼓舞する。
オゥノは風の属性強化を纏うと、即座に決着をつけるためラクに向けて2本の斧を振りかぶった。
対してラクは余裕を崩さず立ち止まっている。
オゥノは相手の油断を察知し、勝利の笑みを浮かべた。
暴風の如き勢いに任せて2本の斧が首に向かって十字に振り落とされる。
尋常でない速度の斬撃にラクの首は切り落とされる
………はずだった。
「…な!?」
わざと首を晒したラクはオゥノの斬撃をその身で受けきっていた。
斧の刃は標的の硬さに負けて砕け散る。
もちろんオゥノの腕もその衝撃に耐えられず、手首を痛めて武器を取り落とし膝をついた。
全身の痺れるような痛みに為すすべなくオゥノはラクを睨みつけた。
「何しやがった…?」
「見たとおり、受け止めただけさ。【地式強化 鉄】その程度の斬撃じゃ薄皮一枚切れやしない。」
オゥノは言葉の意味が理解できなかった。
しかし目の前の状況はオゥノに決定的な事実を突きつける。
自分の攻撃は、相手に小さな傷一つつけられるレベルですらなかったのだと…。
圧倒的な格の違いにオゥノのプライドは粉々に砕かれ、肩を落として項垂れることしかできなかった。




