それは希望か嵐の前触れか
ラクは鑢鮫の死体を集めつつ海面に上がると、船上から呆然とした顔のカイ達に迎えられた。
あまりにボーッとして動かない様子にラクは怪訝な表情を浮かべる。
「え、なに?なんかあった?」
「え…あぁいや、違うんだ。ただその…あんまりにも驚いちまって。」
カイを含め漁師たちはもちろん、なんとジンまでラクの実力を見誤っていたらしい。
まさかここまで一方的な戦闘になるとは思っていなかったのだ。
ラクは心配して損したとばかりに肩をすくめると、手早くナイフで血抜きをしてから船に上がった。
「法術士が聞いて呆れるわい。とんでもない傑物になりおったの。」
「上には上がいるさ。師団長クラスには勝てる気がしない。」
「ぬかせ。残っとる者が数えられるほどしかおらんでないか。」
魔法騎士団は4つの師団から構成される。
それぞれ連隊・大隊・中隊・小隊・分隊にまで分けられ、ラクが所属時の階級は小隊長だった。
しかし、戦闘能力だけで言えば大隊長や連隊長と互角に戦うほど強く、同年代では飛び抜けていたと言っても良い。
それがまたラクが除隊になる原因となる事件の発端ともなるのだが、それはまた別の話だ。
「国内最強の名は伊達じゃねえってか。お前は本当に立派になりやがったな。」
しみじみと褒めるカイの言葉に、照れくさくなったラクは顔を背ける。
「とりあえず、余計な物を呼び寄せんうちに帰ったほうが良かろう。」
「違いねぇ。よし野郎ども、ボケっとすんのは終いだ!帰るぞ!」
おう、という掛け声とともに漁師たちは船を出すべく慌ただしく動き始める。
ラクたちは邪魔にならないように端によって周囲を警戒することにした。
太陽はまだ中点に差し掛かる頃。
ラクたちは港の皆を少しでも早く安心させるべく、船を走らせるのだった。
港では想像以上に早い帰港に最初は不安の声が上がったものの、船の後ろに繋がれた立派な獲物5つを確認すると大きな歓声が上がった。
感謝や労いの言葉が叫び声ほど高らかにかけられる中、ラクたちは無事な帰りを迎えられた。
ラクと同年代のミナトは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おいラク、やるじゃねぇか!心配して損したぜ。」
「お前が心配してたのは俺じゃねぇだろ。」
ラクがトウカの方を一瞥して視線で語る。
途端にミナトは焦ったように声を上ずらせた。
「バッ…!お前そんなっ…。ちっげーよ!!」
小さい頃と全く変わらない反応にラクは笑いがこみ上げる。
しばらく腹を抱えて笑ったラクに、ミナトは悔しそうに顔を歪めた。
トウカは船を降りて寄ってくると、ラクの様子に何事かと首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、二人とも変わんねぇなって話。」
目元に浮かぶ涙を拭いながら、ラクは今もなお笑いを噛み殺しながら答える。
何の話かわからないトウカは頭に疑問符を浮かべたあと、諦めたように頭を振った。
ようやく笑いが収まってきたラクは鑢鮫解体のためにミナトへ指示を出す。
「手の空いてる人を集めてくれ。解体を始める。」
「わかった。言われた通り道具の準備はできてるから、いつでも始められる。」
ミナトの呼びかけで集まってきた漁師たちは、順番に鑢鮫の解体に掛かり始めた。
基本的な体の構造はふつうの鮫とほとんど変わらない。
しかし、魔獣の皮や肉は強靭で硬いため処理にコツがいる。
ラクは軽く手本を見せてから実践させ、必要な度にアドバイスや手を貸して指揮していった。
カイは船の片付けを終えると、マリナーク商会に無事を伝えに出かけていった。
ジンはギルドへの素材持ち込み用馬車を借りにハンターズギルドへ向かっていく。
残った者たちもラクたちと漁場の安全、魔獣討伐を祝って誰からともなく宴の準備を始めた。
買い出しに行く者、料理の下ごしらえを始める者、外にお祭り用のテーブルや椅子、浜焼きの準備を始める者など周囲はにわかに騒がしくなる。
ラクはふと周りを見て、懐かしい故郷に帰ってきたのだとようやく思えたのだった。
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「…どうなっている!?」
バロン商会の一室、商会長の執務室では一人息子のアクが怒鳴り声とともに机に拳を叩きつけていた。
つい先程までニヤニヤと粘りつくような笑みを浮かべていたのが一転、港へ偵察に出ていた従業員の報告で機嫌は一気に悪くなった。
息子のアクの様子に小さくため息をつきながらも、商会長のジャークは彼の行動を窘めた。
「落ち着け、アク。予定外のことが起きると癇癪を起こすのはお前の悪い癖だ。」
「しかし、父上!これでは話が違うではありませんか。」
「確かに、予想と違う結果だったのは事実だな。」
つい朝方までマリナーク商会が魔獣の討伐依頼を取り下げたと聞いて、自分たちを頼ってくるものだと思っていたのだ。
マリナーク商会の一人娘、カナデを見初めたアクは彼女を自分の好きにできる日を心待ちにしていた。
にもかかわらず、蓋を開けてみれば魔獣は討伐され、彼女を手に入れるチャンスは水の泡になっていた。
商会長ジャークにとっても、娘を人質にマリナーク商会を傘下に入れられるのは大歓迎だった。
塩の専売権をもつ老舗として長い間地位を保ってきたバロン商会だったが、その地位に胡座をかいた高圧的な商売は周囲からの不好を買い業績が落ち始めていた。
特に人が良く人気のあるマリナーク商会は、同じ海産物を扱う商会として目の上のたんこぶであった。
ついには領主館での御用商人の座まで奪われ、いたくプライドを傷つけられていたのである。
そんな商会の娘に現を抜かす息子にも辟易していたが、今回の魔獣騒動で利用するには丁度いい駒だった。
しかし結果的には当初の計画も失敗に終わってしまった。
それでもジャークには後ろ暗い手に躊躇わなければ、手段はいくらでもあると感じていた。
そんなジャークの内心をよそに、アクは目の前の失敗に騒ぎ立てている。
息子とはいえ商人として明らかに未熟な態度に、ジャークは舌打ちをしたくなる。
「しかし、やりようはいくらでもあるだろう。まずは落ち着け。」
そんなジャークの言葉も耳に入らず、なおもラクは怒りの言葉を吐き続ける。
「オゥノの奴がしくじらなければこうは…。」
「俺が…なんだって?」
アクの言葉に被せるように、ドスの利いた声が部屋に響く。
いつの間にか開けられた扉から、筋骨隆々で頬に傷の入った男が入ってきた。
背中には両手用ほどある大きさの斧が二振り背負われている。
「オゥノ…貴様…!?」
「俺のせいみたいに言ってんじゃねぇよ、クソガキ。」
「なんだと!?お前が他のハンターの受注を妨害できると言ったんじゃないか。」
「誰も受注はしてねぇだろ。」
「屁理屈を…!」
なおもオゥノを責め立てようとするアクに、耐えかねたオゥノが胸ぐらを掴んで締め上げる。
「頭にきてんのがお前だけだと思うなよ…!?」
「待ってくれ、オゥノ。バカ息子には私がよく言って聞かせる。だから、その手を離してやってくれ。」
恐怖と窒息で顔を青くして暴れるアクを、オゥノは壁へ叩きつけて黙らせた。
ジャークは乱暴な扱いに顔をしかめたものの、自業自得でもあるためそれ以上の苦言は控えた。
「話は聞いてるかね。」
「あぁ…。鑢鮫を五頭だってな。爺と小娘の手に負えるとは思えねぇ。」
「ふむ…。ならば噂のもう一人の男のほうか…?」
オゥノの意見を素直に聞き入れたジャークは、部下から聞いていた話を思い出す。
「余所者がいんのか?」
「うむ…、漁師の息子が王都から帰ってきたらしい。」
「ならその可能性はたけぇだろう。上京してたならハンターか、最悪軍人崩れかもな。」
一人で戦局を変える男の実力にオゥノは舌打ちをする。
しかし自分たちの戦力を持ってすれば、一人ではどうにもならないだろうと考えていた。
凶悪な笑みを浮かべて、オゥノは拳を鳴らした。
「余所者が…運の悪いこって。」
「殺すなよ。人質にすれば交渉に使える。」
ジャークの言葉に片手を上げて応えると、オゥノは部屋を出ていった。




