天宮緋影
長官は口をへの字に曲げた。
「そうじゃったのう、この二人は戦さが終わったら、元の暮らしに帰っていくんじゃったのう」
どうにかならんか参謀、と大佐に顔をむける。
「ワシらはヤワラギの平和と独立を守るために戦っちょるんじゃが、それでもこんな娘御の願いひとつかなえられんとなると、それもまた問題じゃろ」
腕を組み、しきりと長官は首をひねる。
「長官、おっしゃることはわかりますが、ここは………」
「おう、そうじゃったな」
長官は思い出したように取り繕った。
緋影も駄々をこねている場合でないと察したか、俺の胸から離れた。
「おほん、ワシが連合艦隊司令長官じゃ」
「海軍少尉、大矢健治郎と民間人天宮緋影です」
「君たち二人に来てもらったのは、他でもない。我が国としてはなんとしても、バルチック艦隊を殲滅せにゃならん。そこで、天宮さん。貴女の不思議な力をお貸しいただきたいのじゃが、いかがかな?」
バルチック艦隊がどこから来るのか?
来たとしても殲滅できるのか?
いやそれ以前に、勝つことができるのか?
それを可能にしたい。
藁にもすがるような思いで、勝利を渇望している。
それ故に、天宮緋影を呼び寄せたのだろう。
もちろん緋影は、ハイと頭を下げる。
「長官がお望みとあれば天宮緋影、軍艦に乗りヤワラギ艦隊に寿を、バルチック艦隊には呪を賜りましょう」
長官はカラカラと笑った。
「なかなかに勇ましい娘さんだ。連合艦隊司令長官として、戦艦三笠に歓迎するよ」
「おまかせ下さい!」
と、ここで長官は話を区切り。
「ここからは、私人東郷の話になるのだが、緋影さん」
「なんでしょう、長官?」
「申し訳ない………この東郷、この通り頭を下げます」
いきなり脱帽、長官は頭を下げた。
「本来ならば守られなければならない緋影さんを、軍艦に乗せてともに戦火をくぐらせなければならないのは、ひとえに帝国海軍の………いや、この東郷のだらしなさが原因。どうぞお許しください」
当たり前のことだが、ヤワラギ帝国海軍連合艦隊司令長官は、たった一人しかいない。
昨今の世界情勢においては、我が国の内閣総理大臣よりも重職にある人間だ。
その長官が、若い娘に頭を下げている。
大臣か帝か、そのくらいしか頭を下げる相手のいない、連合艦隊司令長官がだ。
「お顔をおあげください、長官」
緋影はそっと微笑む。
まるで叱られることを恐れる子供に、慈しみをおぼえた母のように。
「長官がお気になさる必要は、まったくございません。………天宮緋影という職は、そういうものなのですから」
国難あらば立つ。
立ちて国に報ゆ。
例え死すとも。
何度でも人としてよみがえり、必ずや皇の大恩に報ゆ。
それこそが、天宮緋影であると優しく述べた。
「天宮緋影は一人ではありません。代々子々孫々、天宮緋影は受け継がれてゆきます。幸いなことに私のような、国難に挑む天宮緋影もいれば、なにごともなく平穏に次の世代へ名を引き継ぎ、残念と肩を落とす天宮緋影もいました。例え身は、ヤワラギの海に消えるとも、天宮緋影は滅ぶことなしです」
「天宮緋影とは………それほどまでに過酷なものなのですか………。個人の欲を棄て、希望を棄て、ただ一途に国を思う。そのような生き方しか、許されとらんとか!」
「欲をかなえるためには、かくしてかくすればかなうと知りながら、それより重い天宮の名です」
長官の節くれ立った手をとる。
「などと申しておきながら、私の役割はバルチック艦隊を呼び寄せることだけ。………そのあとの戦さは、お願いしますね」
きっとヤワラギ帝国に、吉報を届けてください。
それこそが乙女・天宮緋影の切なる願いであった。




