敵影いまだ見ず
帰って来たリョジュンでは、ひたすらバルチック艦隊を待つ日々だった。
とりあえず敵が到着しないことには、天宮緋影も七生報国も無い。
しかもそのバルチック艦隊が西に入るか東に回るか、確たる情報は入っていない。
連合艦隊としては、やきもきとする毎日である。
まあ緋影の祈祷に疑問をまったく持っていない俺は、「必ずツシマ海峡に入ってくるバルチック艦隊」の動向にやきもきする参謀本部の気が知れない、というところだった。
そして敵を待つ日々とはいえ、ブラブラしていた訳ではない。
轟音、砲煙、また轟音。
一年間の弾代を三日で使いきるという、猛烈な射撃訓練につき合い………。
「おーーもかーーじ!」
なにもかもが傾き、胃袋の内容物が逆流しそうになる、艦隊行動訓練につき合いしていた。
まさしく月月火水木金金、休日返上な上に長官までが弁当持参で船から降りず、陣頭指揮を執るという入れ込み具合であった。
そして毎朝の整列朝礼では、緋影が必勝祈願というのもまた日課。
なにがなんでもバルチック艦隊を討ち取るのだという気概が、艦内のみならず連合艦隊全体にあふれている。
戦意旺盛、意気軒昂。
必死三昧、信念必勝。
この空気に輝夜などは上機嫌。
「………………………………」
いつも以上に無口、いつも以上に眼差しが鋭く、肩の辺りから戦気が立ち上っていようとも、咲夜が言うには「輝夜はえらく上機嫌じゃね」とのことらしい。
「やあやあ大矢くん、上機嫌なのは輝夜だけじゃないよ?」
主砲による射撃訓練の最中、芙蓉はほがらかに語った。
「ややや、私じゃないよ! もちろん私もお祭りみたいな射撃訓練は大好きだけどね? それでも私以上に上機嫌なのが………」
戦艦三笠が誇る、30.5センチ連装砲の第一砲塔を指差した。
第一砲塔の上に、瑠璃が座っている。もちろん正座だ。
そしてお茶をすすっていた。
誰が煎れたお茶なのか? それはわからない。
第一砲塔が旋回を始めるが、瑠璃も一緒に旋回した。
砲身が怒龍のように首を持ち上げる。
伝声管から「発射準備よし」の声が聞こえてくる。
艦長の、「よければ撃て」という号令。
しばしの間。
カランカランという、「撃ち方はじめ」を知らせる鐘。
露天艦橋の将校たちが耳をふさいだ。
緋影もそれに習い、俺も耳をふさぐ。
砲声轟き煙が暴れる。
しかし瑠璃はどこ吹く風。
お茶を飲みながら砲弾の行方を眺めていた。
「着弾ーー………いまっ!」
双眼鏡の中で水柱が上がる。標的はほぼ粉々だ。
すばらしい結果である。
ならば瑠璃は?
「ほう………」
なんだか知らないけど、すごく満足そうな顔をしていた。
あの、瑠璃さん?
射撃の結果とあなたの満足と、因果関係はあるのですか?
「やーやー、瑠璃も決戦に血湧き肉踊ってるねぇ」
うんうん芙蓉さん。
俺にはあなたが何を根拠に、瑠璃の状態を計っているのか、まるでわからないんだけどね。
すると緋影も言う。
「瑠璃も御満悦のようですね」
「何を根拠に?」
緋影はキョトンとした顔で言う。
「わかりませんか、お兄さま?」
「まったくわからんな」
「なんなにイキイキしてるのですが」
「俺は瑠璃初心者。瑠璃黒帯の緋影とは、年季が違うからな」
そんな会話を交わしても、バルチック艦隊はやって来ない。




