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小さなほころび ― 笑顔の裏側

朝、珠希はまた笑っていた。


昨日と同じように、

少しだけ口角を上げて、

「おはよう」と言う。


茜はその顔を見て、

ほんの少しだけ胸が軽くなった。


悠真も、

新聞から目を上げて頷く。


“昨日と同じなら、大丈夫。”


その判断が、

家の中に穏やかな空気を作っていた。


学校。


珠希は今日も“普通”を続ける。


授業中、

きちんとノートを取る。

休み時間、

クラスメイトの話に軽く相槌を打つ。


誰も、彼女を避けない。

でも、誰も深く踏み込まない。


それでいい。


目立たない。

波を立てない。


そのバランスを、

珠希は必死に保っていた。


昼休み。


机に向かっていると、

急に視界が少し揺れた。


一瞬だけ、

教室の音が遠くなる。


息が浅くなる。


“だめ。”


珠希は、

ペンを握りしめた。


深呼吸。

ゆっくり。


周囲は気づいていない。


それでいい。


数秒後、

視界は戻る。


何もなかった顔をして、

またノートに目を落とす。


放課後。


今日は、

音楽準備室にも寄らなかった。


まっすぐ帰る。


“逃げない。”


そう決めた。


でも、

帰り道の途中で、

足が止まる。


理由はない。


ただ、

胸の奥がざわつく。


家に近づくほど、

“ちゃんとしなきゃ”という意識が強くなる。


それが、

少しだけ息苦しい。


家。


「ただいま。」


声は明るい。


茜は振り返り、

微笑む。


「おかえり。」


悠真も、

リビングから顔を出す。


「今日はどうだった。」


「普通。」


その答えが、

あまりにも自然すぎて、

悠真はそれ以上聞かなかった。


夜。


珠希は、

部屋の机に向かっていた。


ペンを持つ手が、

少し震える。


文字が、

うまく揃わない。


“昨日より、

 少しきつい。”


でも、

声には出さない。


出せば、

全部崩れる気がする。


リビング。


茜は、

ふと気づく。


「最近、あの子、

 笑う回数増えたね。」


悠真は、

安心したように言う。


「慣れてきたんだろ。」


その言葉に、

茜は小さく頷いた。


“よかった。”


その安心が、

ほころびを見逃す理由になった。


深夜。


珠希は、

布団の中で目を開けていた。


胸の奥が、

じんわりと重い。


昨日より、

確実に。


“笑えるけど、

 楽じゃない。”


それが、

自分の正直な感覚だった。


でも、

その感覚は、

誰にも共有されない。


笑っている限り、

誰も疑わない。


小さなほころびは、

まだ表面には出ていない。


家族は、

今日も穏やかに眠る。


珠希も、

目を閉じる。


その笑顔の裏で、

少しずつ、

何かが削れていくことに、


誰もまだ、

気づいていなかった。

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