【踏み抜けてしまった階段⑦】
「急ぐわよ!」
「がってん!」
やはりカールは私に嘘をついていた。
図体のデカイ元殺し屋のくせに、まるでハムスターのような男。
崩れた階段を上って行くと、二階の踊り場にメェナードさんが壁にもたれて座っていた。
「おいメェナード大丈夫か!?」
カールは変わり果てたメェナードさんの姿にただオロオロするだけ。
いまはあてになりそうにないので放っておいて、まずは容態を確認する。
肌のぬくもりはまだあるが呼吸はしていない。
脈拍もゼロ。
負傷箇所は背中から胸部に抜けた銃弾による肺血管の損傷によるもので、幸いなことに穴の位置関係から心臓とその大動脈は無事のようだ。
私は持ってきたバッグの中からエアベストを取り出して、それをメェナードさんの体に装着させた。
エアベストの外周にパイプを組んだラックを取り付けて、そこに酸素ボンベを置いてホースをベストに繋いだ。
その後にエアベストについている方のホースをメェナードさんの喉の奥に突っ込んでからモーターのスイッチを入れ、エアベスト背中についている金具を伸ばして点滴用の棒に輸血用血液製剤を装着した。
幾つかの血液製剤の中から私が選んだものは、赤血球製剤。
これは出血及び赤血球が不足する状態や、その機能低下による酸素欠乏があるときに使用されるもの。
エアベストは酸素ボンベから入って来た酸素により膨らむときに胸部を強力に圧迫して、しぼむときにその酸素を患者の肺に送り込む。
酸素の送り出しなどは、エアベストのコントローラーの人工知能が初期の圧迫状態を覚えているから、圧迫から解放された状態でも穴の開いた血管から外に血液が漏れ出さない仕組み。
そして心臓部分には別の圧縮機による心臓マッサージが同時に行われる。
これは戦場などでの緊急性を要する負傷の際の延命措置のために私が考えた物。
まさか実際に使用する1番の患者がメェナードさんになるとは、思いもよらなかった。
アドレナリンを投与して、カールにメェナードさんを抱えさせて現場から脱出する。
こういう力仕事にはカールは非常に役に立ち、さっきまでのおどおどした情けない姿が嘘のように逞しく感じられた。
無事に建物の外まで出てカールに指示してメェナードさんを安全に外に運び出すための背負子を作らせ、その間に私はこっちに向かっている医療班に連絡をしていた。
メェナードさんの容体を伝え、どこをどのように手術するのか、そしてそれは今行わないといけないことを伝え準備を整えておくように指示をしていたときに視線の向うに建物に向かって狂ったように走ってくるナトーの姿が見えた。
今更何をしに来たのだろう?
既に全員が建物から脱出したのではなかったのか?
だがナトーは建物中には入らなかった。
かといって安全なところにいたわけでもない。
彼女は崩れかけている階段の前に立ち、そこから二階を見上げていた。
“二階に、何かあるのか……!”
ナトーが見上げている先、そこはメェナードさんがさっきまで居た場所だった。
たしかナトーは最後にこの建物から出たときに負傷者を担いでいた。
“もしかして、そのとき置き去りにしたメェナードさんを連れて行くために?”
いやメェナードさんはナトーの敵として戦ったのだから、グリムリーパーと呼ばれ多国籍軍を震撼させていたナトーが、間違ってもそのようなことはするはずもない。
ナトーはしばらく階段の前に立っていたが、あとからもう一人女性が後を追ってきた。
ナトーはそれに気がつかない様子で、階段の一段目に足をかけたとき、その女性がナトーの手を引いて止めた。
そのとき初めて顔が見え、後から追ってきた女性が何物であるかを悟った私は驚いた。
女の名前はレイラ・ハムダン。
かつてリビアのザリバン軍副司令官としてナトーと戦い破れて捕らえられた女。
その女がなぜここにいるのかも分らなかったが、それよりも分からなかったのはなぜ危険な場所に戻ってきたナトーを追って同じ危険な場所に彼女が来たのか。
そしてなぜナトーを止めるのか。
かつての敵。
復讐のためにナトーを討つために来たのなら話は簡単だけど、いったいどうなっているのだろう?
私が考えている間に、ナトーはレイラの手を引いて建物から離れ、そのすぐあとに建物は跡形もなく崩れた。
「できました。移動しましょう」
カールが言ったので振り向くと、もうメェナードさんは背負子に乗せられてご機嫌そうな顔をして目を瞑ったまま私を見ていた。
カールは後ろ向きになり私に早く行くように促している。
気が早い奴。
私は背負子を作り終えたら呼べと言っただけで、背負えとまでは言っていない。
まあ彼の体力なら問題ないだろうから、背負っていても問題はないことだけど。
私は立っているカールを一旦座らせて、各種の測定を始めた。
脈拍はエアベストの設定どおり50をキープしたままで、心臓マッサージは機能している。
血中酸素濃度も55と低いが赤血球製剤と人工呼吸器が機能していることがうかがえる。
血圧は低いが、命に係わる様な低さではない。
全てこれは医療器具が正常に作動している証拠。
けれどもメェナードさんは私の呼びかけにも応えてはくれないし、瞳孔も開いたまま。
つまり生きているわけではなく、かろうじて生きている状態を作られているに過ぎない状態。
出発前に私は酸素ボンベと赤血球製剤を新しいものに変えてバイクに乗った。
「えっ、俺だけ徒歩!?」
「当たり前でしょう。いつ転ぶか分からないバイクでメェナードさんを運べるとでも思っているの!」
わたしだってこんなに思いバイクなんて捨て帰りたかったが、そうなるとあとあと厄介なことになり兼ねない。
もっともそうなっても私は簡単に揉み消すことはできるが、いくらお金持ちになったからといって、物を好きなところに捨てて行っていいわけではないのだ。
私はカールに前をいかせて、気持ちよさそうにユラユラと揺れるメェナードさんを見ながらエンジンのかかったバイクをおして2人の後を着いて行った。




