【踏み抜けてしまった階段⑥】
「カール! あ、あんた、なぜここに!?」
「さあな。フラっと街を出てみたら、いつの間にかここに居た。それじゃあいけないか?」
いけなくはない。
だいいちカールはもう、私との契約が切れているから何をしようが勝手だが、カールに私を止める権利もないことを分からせるために肩に乗せたカールの手を私は叩くように掃い落として建物内に突進するために腰を浮かした。
カールの手がもう一度、今度は強く肩を掴もうとしたので、私は体を捩ってその手を避けたついでに拳銃を持った手をカールの顔面に目掛けで横に振り回した。
この行為は社内では、いかに臨時の契約社員が相手といえども重大なハラスメントに当たる。
けれども今はお互いの社会的な関係性はない。
巨大商社POCの優秀な東欧統括部長と、定職のない元殺し屋。
小柄な女と、屈強な体格の男。
美人と、おっさん。
もしカールがそのことについて裁判を起こしたとしても、100%以上彼に勝ち目はない。
ところが次の瞬間、草の上に寝そべっていたのは私のほうだった。
カールは私の繰り出したパンチを逆手にとって、私を草の上に押し倒したのだ。
更に私の両手は私の上に乗った彼の手に押さえつけられていて、胸から腰に掛けては彼の体が私の自由を奪っていた。
足だけはかろうじて自由に動かすことができるが、それはただバタバタと動かせるというだけで、とても自由に動くとは言えない。
「アンタこんなことをしていいと思っているの!」
激しい口調でカールを睨めつけて私は言うと、カールはいま私を自由にしてしまうと建物内で外人部隊と銃撃戦になりメェナード共々殺されてしまうと言った。
たかが外人部隊のザコどもにやられるような私ではないことと、もしそうなってメェナードさんといっしょに死ねるなら私は本望だと伝えた。
すると突然カールは、今まで私に見せたこともない恐ろしい殺し屋の顔になり、こう言った。
「どうしても今行くというのなら、そんな清らかなことを二度と言えねえように、辱めを受けさせてやるぜ!それでもいいのか」と。
辱めがレイプということは、すぐに分かった。
私は処女ではないが、愛情のないセックスをするような女でもない。
むしろそんなセックスを軽蔑しているほうの女。
経験だって15歳のときにローランドとしただけで、彼とは楽しくて何回もしたというのに、彼が死んでからはそのような気持ちになったことさえない。
言ってみれば私の容姿同様に、純情可憐な美少女そのもの。
しかもプライドの高さは大気圏を軽く超える。
そんな私がレイプの屈辱に耐えられるはずもない。
カールは殺し屋で何人もの人間を殺めてきた悪魔のような男だけど、決して私に対して、そのようなことはしない。
あの醜く怖い顔だって無理して作ったに違いない。
そう信じているが、性的なことに関して男は信用できない。
街のチンピラだけでなく、教育者であろうが警察官であろうが聖職者であろうが多くの人から尊敬される人であろうが、性的な衝動を抑えきれなくなるのが男。
私は負けを認めるしかなかった。
それは私の清純な心を守るために必要だったから。
女は一度の過ちで、身を滅ぼしてしまうから。
カールに従い、最後の一人が建物を出るまで待ってから建物の中に入ることにした。
最後の一人は負傷者を担いだナトーだった。
そして最後の一人になるまでメェナードさんの姿はなかった。




