【踏み抜けてしまった階段③】
「おいっ大丈夫か!」
一瞬コンゴで死んだミヤンの事が脳裏をよぎったが、今一番大切なのはミヤン事ではなく、目の前で撃たれた偽ミヤン。
あの時は助けられなかったが、こんどは助けたい。
「どこをやられた!?」
触った手に生暖かい血がべっとりと付いた。
「メントス!!」
思わずここに居ないはずの、衛生兵のメントスの名前を大声で叫ぶ。
するとどう言う訳か、閉められていた防火シャッターの開く音がしたかと思うと「軍曹!」と叫ぶメントスの声がした。
トーニがまたテルミット反応で防火シャッターを壊して開けたのかと思ったら、どうやらハンス、ブラーム、モンタナ、フランソワたちの怪力と知恵を合わせて鍵を壊して明けたらしい。
メントスは血相を変えて俺に大丈夫か聞いて来た。
「俺じゃあない。撃たれたのはこの男だ」
「ミヤン!?」
男の顔を見た皆が驚いて、足を止める。
「似ているが別人だ、さあ早く手当てを!」
「あっ、はいっ!」
肩に掛けた鞄から、医療用具を慌てて広げるメントス。
「誰に撃たれた!?」と、ハンスが聞いた。
「向こうのヘリ!」と、私は答えて指さすと、まださっきのヘリがそのまま居た。
「ヘリを狙え!!」
ハンスの声と共に、幾つもの銃声が響く。
「逆方向からですが、ミヤンと同じ個所ですね……」
傷を見たメントスの言葉が、絶望的な響きに聞こえた。
内臓を貫通した傷は、両側から止めどなく流れ、傷口を押さえても止まることは無い。
「すまねえな……まさか、仲間に撃ち殺されるとは思っていなかった」
偽ミヤンが苦しい息の中で喋る。
仲間に撃ち殺されたわけではない。
彼は、仲間が俺を狙っているのを知っていた。
知っていたから、何気なく私と位置を変えた。
あれだけ離れた場所からの狙撃だから、必ずしも弾が狙い通りの場所に当たるとは限らない。
だから防弾ベストを着用している自分が盾になる方が、確実に俺を守ることができると思ったのだろう。
たしかに、それは正解だが、並々ならない勇気がいる。
彼はそのような素振りを微塵もみせず、平然とやってのけた。
「なあ、君はいったい何者なんだ?」
俺が聞きたいことを、彼が俺に聞いてきた。
俺は知らないとだけ答えた。
ほかに言いようがない。
俺は自分が何物なのか知らない。
「家族は?」
「いない」
「欲しいとは?」
彼の言葉に冷静でいたつもりの心が動揺した。
“家族”……今まで考えたこともなかった。
傷口を押さえていた手の力が一瞬緩んでしまった事に気が付き、慌てて強く押さえなおした。
「もう、喋るな! 痛むか? 今は治療に専念しろ!」
偽ミヤンが、少し苦しそうに目をつむる。
治療に当たっていたメントスが俺の方を向いて、首を横に振り鞄からモルヒネを取り出し、それを男の腕に注射した。
「俺の名はナトー。それしか知らない。君の名前を教えてくれ」
「俺の名か……君は俺の事をなんて呼んでいた?」
「Fake Miyan(偽ミヤン)」彼の問いに俺が正直に答えると、彼は薄っすらと笑い、軽く死にたくなったと言った。
「すまない。俺には君みたいなセンスが無い」
「いいよ。俺が君の部下だったミヤンに瓜二つだと言う事は知っていた。でもせめて“Revived Miyan(復活のミヤン)”くらい付けて欲しかったな」
「それもダサいな」
「ああ、俺もそう思う……」
ようやく建物まで辿り着き、オートバイのスタンドを立てて止めた。
ヘルメットを脱いだとき、辺りには炎が燃える音以外に争うような音は何も聞こえなかった。
おそらくもう戦いは終わったのかもしれないが、私は背負っていたリュックに装着していたSIG SAUER MPX Kサブマシンガンを手に持ち、マガジンを装着した。
別に心を乱していたわけではないが、マガジンを挿したつもりがロックされずに外れた。
地面にゆっくりと落ちていくマガジンを見つめながら、私は何かとてつもないことがメェナードさんの身に起こっていることを感じ、落ちていくマガジンに手を伸ばすことなく建物の入口へと向かった。




