【踏み抜けてしまった階段②】
それから僕たちは少し話をした。
ナトーは僕の今後のことについて心配してくれた。
今後のこととは、逮捕され収監されてからのこと。
つまり命を助けてもらったことと、犯した罪のことは関係ないということ。
情など微塵もない。
やはり彼女は神の仲間だ。
とても愉快だった。
久しく、このように愉快と感じたことはなかった。
あれはまだサラと、なんのわだかまりもなく話し合えていた頃のよう。
そういえばサラもナトーに似て、決して自分の信念を曲げない、一本筋の入った性格だった。
これから先の僕の未来が楽しみだ。
調べが進むうちに僕がイラクでバラクと共に多国籍軍と戦っていたことも、アフガニスタンでザリバン高原の戦いを指揮していたことも、ここパリでテロを企てていたこともわかる。
死刑のないフランスで僕の罪は終身刑となるだろう。
もう一生、外には出られない。
しかしサラは、忙しい仕事の合間に僕を尋ねてくれるに違いない。
そのことを思うと、僕は楽しみでたまらない。
住む世界が交わらなくなった場所で、唯一の接点となる強化ガラスの向うとこっちで、僕たちは何のわだかまりもなく話し合える機会を得る。
サラはこのさき好きな人ができて付き合うようになっても、結婚して子供が出来ても、その子供が大きくなって結婚して孫ができても回数は減るだろうが必ず僕に会いに来てくれるだろう。
僕は一生檻の中から出られないが、決して争うことのない永遠の繋がりを得ることができる。
おそらく最初はサラも僕のとった行動に怒るだろうけれど、彼女はどうしようもないことに議論を費やすことはしない。
「なにか、うれしそうに見えるが、どうした?」
ナトーが僕の感情に気付いてそう言ったので「なんでもない」と答えた。
ナトーは不思議な子だ。
僕のポーカーフェイスはサラも気がつかないことが多いのに、ほぼ所見の僕の感情に気付いてしまうとは、やはり彼女は本物の神なのかもしれないと思った。
ナトーから名前を聞かれたとき、遠くの森の陰から様子を窺うようにホバリングしているヘリを見つけた。
距離は600メートルほどだが、森とテルミット反応で燃える火の音が邪魔をしてヘリの音は聞こえない。
ヘリのシルエットは似てはいるが、あのヘリは僕がチャーターしたヘリではない。
“いったい誰?”
サラではない。
サラなら堂々と来るはずだし、水蒸気爆発に見舞われるような場所にヘリで来ることはない。
しかも来るなら来るで、あのように様子を窺うような真似はしない。
“クラウディ!”
彼女なら有り得る。
たとえサラの命令を無視しても、グリムリーパーを抹殺できるチャンスを逃がすような女ではない。
クラウディはただその一瞬のためだけに、いままで生きてきた女なのだから。
そしてそのヘリのキャビンが一瞬チカッと光った。
僕は何気なくナトーとの体の位置を入れ替えながら、そっちでは僕のことを何と呼んでいたか聞くと彼女は黒覆面または偽ミヤンと答えた。
愉快な名前だ。
偽という文字は付いているものの、僕をまるきりの悪党とみなしていない彼女らしいネーミングセンスだと思った。
そのとき僕の背中から胸にかけて激痛が走った。
“やはり、拳銃用の薄い防弾チョッキでは無理だったのか?”
しかし弾は僕の身を貫通したものの、この両面仕様の防弾チョッキの2枚目に当たる胸の部分は貫通しなかった。
僕は二枚目を貫通された場合に備えて、胸に当てていた手でそのことを確認してホッとした。
ナトーはかなり僕に気を許していてくれたらしく、銃声が聞こえるまで狙撃には気が付かなかった。
いい子だ。
年下だけあってサラより幼い。
一人で育ったくせに、なんとなくナトーに妹気質を感じた。
二人はきっと上手くいく。




