【サラへの想い】
ナトーは女にしては背が高いが、それにしても子ギツネの様にチョロチョロと良く動き回るし、その動き方も美しい。
彼女の投げた瓦礫を撃ち返してやった時に見せる、真ん丸に見開かれた眼も可愛いらしい。
しかも不思議なことにナトーの瓦礫による攻撃は僕を傷つけるためのものではなく、まるで僕の心を落ち着かせるためのもののようにまるで殺気を感じられない。
まるでサラの妹として、僕が彼女に相応しい男かどうかを試しているようにも感じてしまう。
ナトーは本当にイラクやあのザリバン高原で数百人もの兵士の命を奪った、あの血も涙もないグリムリーパーなのだろうか?
実際にここで戦ってみて思うことがある。
それはナトーが僕の差し向けた部下を誰一人として殺していないこと。
殺していないどころか、刺してもいない。
この屋上の戦いにしても格闘戦だけで僕の部下を倒したあと、その部下が持っていた銃を奪えばこうして無駄に僕と戦う必要なないはずなのに……。
そう考えているときに、ナトーは瓦礫につまずいて尻もちをついた。
すかさず僕は斜め上から女の頭を目掛けて鉄パイプを振り降ろすが、サラの手を汚さないために彼女を殺すつもりだった僕は少し考えて、ナトーの肩にパイプの照準を合わせて振り下ろした。
ところが振り下したはずの場所に、もうナトーはいなくて彼女は踏み込んだ僕の懐に飛び込んで来た。
慌てて振り下ろした手から鉄パイプを離したが、もう遅かった。
ナトーは僕の左腕の袖を掴むと脇の間から頭を出して横向きになり、もう片方の手を股の間に入れ右足を抱えて持ち上げた。
“馬鹿な!”
たかが体重60kg程度の女に、100kg近くあるこの僕が持ち上げられるとは!
あっと言う間に僕の体は女の肩に担ぎ上げられたかと思うと、次の瞬間には大きく投げ飛ばされていた。
ドンッ!
僕の体が空中を漂った瞬間に、2度目の水蒸気爆発が起こった。
空中で爆圧に抗うことのできない僕の体は、そのまま飛ばされる。
この位置だと、着地地点は確実にビルの外。
“死ぬのか!?”
死ぬ覚悟はここに来たときからしていたはずなのに、いざ死ぬのなると無性に悔しくなる。
サラに会いたい!
人は死を目前にして知ることがある。
それは自身の愚かさ。
僕はあのケーニヒスベルク大聖堂で久し振りにサラと会ったとき、彼女と別れるのではなく彼女の傍にいてあげるべきだったことを。
更に過去を振り返るなら、ナトーを見つけ出したとき、彼女がサラの大切な人たちを殺したグリムリーパーであることを疑いサラから遠ざかるのではなく、サラにそのことを知らせて一緒に考えてあげるべきだったのだ。
死を迎えるとき、神様は沢山の時間を与えてくれる。
僕は空中に投げ出られて、爆風に押されたホンの1秒にも満たない時の中で様々なことを思い出していた。
正式にサラと出会う前から、僕は会社の命令でサラのことを調べていた。
その頃のサラはまさにアンビリバボーな少女だった。
もちろん彼女は今もそうだけど、まだ小学生のくせに自家製のテルミット爆弾を作ったりスクラップ置き場から事故で廃車になったオートバイを盗み出してレストアしてみたり、小学校の授業に飽きて毎日図書館に通って勉強したり。
サラは孤児院にいるうちから既に自身の未来を見据えて行動してきた。
誰も頼らずに、誰にも流されない。
自分だけの未来を……。
僕は独りきりで頑張るサラに感動した。
そして応援したくて堪らなくなった。
僕に与えられた使命は、サラに見込みがあるかどうかを確かめて、見込みがあるのならPOCの幹部候補生の試験を受けさせろという簡単なものだった。
試験に落ちてしまえば彼女は、その地でまた一からやり直すだけ。
僕はまた他の任務に付くだけ。
そんな単純な任務のはずだった。
国境のホテルでサラに声を掛けたとき、僕はただ興味本位で彼女に声を掛けただけだった。
この天才少女が、どれだけヘンテコな奴なのかと思い、少しからかうだけのつもりだった。
けれども僕はサラに咎められた。
その理由は人として、真っ当な理由。
興味本位でからかう目的で近付いた僕は、完全に12歳の少女に見抜かれていた。
僕はサラに惹かれた。
サラと関わるうちに更にその思いは強くなるばかり。
僕は決してロリコンではないし、サラを子供だと思って思っていたのは彼女に咎められたあのホテルであったときまでだった。
それ以降、僕は彼女を12歳の子供として見ていたのではなく、ひとりの大人として見てきたつもりだ。
なのに、どうしてだろう。
ナトーがグリムリーパーかも知れないと分かった途端、僕の中で大人としてサラと話し合うことをせず、まるで溺愛する我が子のために彼女を守るためにナトーを排除してしまおうとしてしまった。
僕は、愚かだった。




