13,選挙演説でも負けられない
「はあ、帰りたい。」
只今舞台袖で待機中。そう。今日は全校生徒の前で行う選挙演説だ。約七百人の前でこれから話さなければならない。目立つことを避けてきた俺にとっては、今日が最大の試練である。
「いやあ、緊張するね。渡辺君!」
「ああ...。」
そわそわしながら待っている横で、ニコニコしながら俺に話しかけてきているのは、もう一人の立候補者である金城豊だ。奴は女子受けが良いらしい。そういう奴は、男に愛想が悪いというのが相場で決まっているはずだが、対戦相手である俺にすごく気さくにしてくる。
「勝ち負けをつけないといけないことだから仕方がないけれど、正直僕はあまりこういうの好きじゃないんだ。だから、競い合うことは一度忘れて後悔しないよう最善を尽くそうよ。」
「そうだな。よろしく頼むよ。」
これが裏表のない人間というやつか。嫌な奴だったら一泡吹かせるチャンスもあるかと思ったが、そんな期待さえもなくなってしまった。そして噂通りのイケメン。果たして勝てるのだろうか。まあ、俺も今まで怠けていたわけではない。副会長が立ててくれた作戦を毎日休まず取り組んできた。雨が降る日も校門前に立ち、笑われてもくじけずに慣れない笑顔を振りまいた。時には運動部の手伝いをして汗を流した。相手にとって不足はないはずだ。西園寺の思いも背負っている。悪いが、俺は勝ちにこだわらせてもらうぞ。
「二人とも、準備はできているか。」
脇のほうから会長が歩いてきた。今日の候補者演説の準備もそうだが、役員選挙活動に関しては生徒会長も立候補者と同じぐらい忙しいらしく、あの人と会うのは暫く振りだ。
「大勢の前で緊張するだろうが、人生でそう何度も経験できないことだ。成長できるチャンスだと思ってベストを尽くしてくれ。では、健闘を祈る。」
会長が言い終えると、舞台中央の教壇へと向かって歩いていった。やはりこういう場に慣れているからか、その背中は凛々しく堂々としている。今はかっこいい会長モードになっている。本当は変態であるとは思えないほどに。
「ご静粛に。これから生徒会役員庶務の立候補者演説を始めさせていただきます。候補者はお二人ですが、学校のために自ら手を挙げ立ち上がった、誇りのある人たちです。その勇気ある立候補者二人は選挙に向けて血の滲むような努力をしてきています。今日の立候補者演説をするにあたって、おそらく二人とも大勢の観衆の前で緊張していると思うので、温かくお聞きいただくようにお願い致します。」
さすがの話しぶりだ。あんなしっかりしたことをスラスラと言えるなんて。そして、あそこまで俺たちのことを立ててくれると気分も上がるし、自然と胸も張れる。不思議と緊張もしなくなってきた。
「では、一年B組の金城豊君です。拍手でお出迎えください。」
「よし!じゃあ、先に行ってくるよ。お互い頑張ろう!」
「ああ、そうだな。」
爽やかな奴だ。口では緊張していると言っていたが、俺のことも気遣ってくれた。内心余裕なんじゃないのか?
「キャー!金城くーん!」
「金城君頑張ってー!」
「金城くーん!リラックスリラックス!」
男女から飛び交う黄色い声援。とんだ人気者だな。俺もさっき初対面で少しの間話しただけだが、一言でいうといい奴だった。こいつと関わった人間はファンになっていくんだろうかとも思ったが、声援は全員女子。どうせ顔がいいからだ。まったく、行く前に戦意喪失だよ。
「みなさんこんにちは。生徒会の庶務に立候補しました、一年B組の金城豊です。いきなりですが、僕はこの学校が大好きです。入学してからそんなに経っていないですが、ありがたいことにたくさんの友達もできました。だから友達も含めて、生徒たちの学校生活を楽しいものにしたい。こういった思いで立候補しました。僕はこれまで、クラス代表などの役割を積極的にしてきました。中学生の時にもキャプテンとして頑張ってきました。サッカーが一番うまいからという理由で任命され、たくさんの苦労をしてきたのですが...」
ここから長々と金城が部活でしてきたことを話し始めた。なるほど。そっちの方向で進めていくのか。
「...といったことに取り組んできました。生徒会でもより成長できるように頑張っていくつもりです。学校生活をみんなで楽しくするためには、学年の壁を越えた行事というのがあったほうがいいと思います。僕が生徒会に入ったら、全学年が交流できるもの、例えば校内でできるレクリエーションとか、野外活動とかを企画したいと考えています。そのためにどうか僕に清き一票をよろしくお願いします。以上です。ご清聴ありがとうございました。」
金城が礼をし終えると、会長は舞台の脇にある椅子に案内し、着席させた。演説をした後はそこに待機するらしい。その間はずっと金城への拍手が鳴りやまなかった。外国のスタンディングオベーションとまではいかないが、それはまあ割れんばかりの大きなものだった。
「ありがとうございました。それでは、次の候補者は一年F組の渡辺剣人君です。大きな拍手でお出迎えください。」
金城への拍手が終わらないうちに俺の紹介がされた。一度拍手とかも落ち着いてから次に移るべきなのに、鬼か、あの人は。紹介されてしまったのなら仕方がない。俺への拍手なのか金城への拍手なのかよく分からんのを聞きながら、教壇へ着き、静かになるのを待ってからすうっと息を吸って演説を始めた。
「皆様、こんにちは。この度、生徒会の庶務に立候補しました渡辺剣人です。私、渡辺の友人が現会長と接点があるということもあり、生徒会の方々と顔を合わせる機会が何度かありました。そこで目にしたのは、人数不足によって仕事に手を回し切れていないという現状です。生徒会に不満を持っている方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、会長方も決して手を抜いているわけではありません。人の助けがあれば生徒会の本来の機能を取り戻すはずです。なので私、渡辺は縁の下の力持ちとして庶務の役割を果たし、皆様の学校生活に還元したいと考えております。ただの雑用係として働こうとは一切思っておりません。私自身取り組もうと考えているのは、目安箱を設置して可能な限りその意見を反映させること。そして、部活動の活動経費を充実させることを考えております。最後ですが、私、渡辺は庶務として皆様の学校生活を楽しく充実させたいと思っています。ぜひ、渡辺剣人、渡辺剣人に温かい一票をよろしくお願いいたします。ご清聴ありがとうございました。」
話し始めの時は金城の声援などで体育館内はざわざわしていたが、途中から静寂になり、その後に深々とお辞儀をしている間、金城に向けられたものの数倍以上の大きな拍手が巻き起こった。チャレンジャーが最高のパフォーマンスをした後のアメリカのオーディション番組のように。
「候補者演説は以上になります。もちろん今回の演説で全てが決まるわけではありませんが、二人の人物像や信念を知る大きなきっかけになったはずです。選挙当日まで残り一週間です。今後の活動にもぜひ注目してください。それでは、お集まりいただきありがとうございました。終了とさせていただきます。」
会長の締めの言葉で生徒たちは教室へ帰っていった。
「では、私たちも戻るか。二人とも、いい演説だったぞ。残り短い期間ではあるが、精を出して頑張ってくれ。」
「はい!ありがとうございます!頑張ります!」
「...頑張ります。」
それにしても、元気で明るい奴だ。つい引き気味になってしまう。こういうのの前にいてると、自分が陰の存在であることを改めて思い知らされる。正直言って苦手なタイプである。
「ところでさ渡辺君、演説すげえうまいね!人前で話すの得意なの?」
「いや、そんなことないよ。」
「へえ、俺も聞いてて票入れたくなっちゃったよ。まあ、残りの期間お互い頑張ろうぜ。」
「ああ。」
こんな感じで別れてそれぞれの教室へと向かった。どっと疲れた。大勢の前で話すのもそうだが、金城みたいな人気者で誰にでも気さくに話しかける人とは一緒にいるだけでも気を張ってしまう。悪い奴ではないのは分かっているのだが、暑苦しく感じる。
一足遅れてドアをガラガラと開けて教室に入った。
「お、主役の登場だ。」
「お疲れ!渡辺君。」
またも大きな拍手を受けながら教室に入場した。お疲れとか良かったよとかの労いをたくさんもらったが、さっきから言っているように普段の俺は陰の存在。クラスの中でもそれは変わらないのだ。だから、こんなに目立っていることは違和感でしかない。本当に労ってくれている人もいるのかもしれないが、ほとんどの奴がただの興味本位で、話題にでもしておこうと思っているだけに違いない。つまり、面白がっているだけだ。こんなうわべだけの拍手なんて嬉しくないし、ただ無駄に目立って恥ずかしい。とっとと席について狸寝入りでもしておこう。
「静かに!次の授業の準備をしておくようにね!」
もうそんな時間だったのか。それなら安心だ。休み時間中にまで仲良くもない奴の話題を続けることはそうそうない。ましてや、俺の周りに集まってくる物好きもいないしな。さっさと次の授業の教室にでも行くか。
「お疲れ様、渡辺君!すごく良かったよ!みんなに真っすぐ伝えてる感じがあって、うなずきながら聞いちゃった。」
君からの労いならいつでも大歓迎だ、西園寺。
「ありがとう。全部西園寺のおかげだよ。俺なんて西園寺が考えてくれた文章をただ読んだだけみたいなもんだ。」
「ううん。私が考えたのは筋書だけだもの。私だったらあんなに分かりやすい文章は思いつかなかった。あくまでもサポートみたいなものだから、渡辺君の力だよ!」
実は、西園寺が用意してくれたのは台本ではない。ここでこういうことを書いてはどうかという説明書きみたいなものだった。
庶務になりたい理由、庶務になってからの政策、意気込みの三つで組み立ててみようというのがその筋書にあった。ただ、これを長々と話し続けてしまうと必ず飽きられてしまい、内容も生徒たちの耳に入らなくなってしまうから気を付けてねという注意書きがあったのだが、まさしくそれを金城が体現していた。あいつが主に話していたのは自分のことだ。あいつのサッカー部でしていたことなど興味ないし、成長したいと言われても知ったこっちゃない。まあ、一部の女子は食いつくのかもしれないが。この人が庶務になることでどういったことをしてくれるのかという具体的なことが全く伝わってこなかったのだ。
そして、俺にはあって金城にはないもの。それは生徒会との接点である。短いながらもこれまで生徒会の仕事を雑務であるが多く手伝ってきた。これをアピールポイントとして使ってはどうかということも、西園寺の受け売りである。
加えて俺は金城の弱点を突いた。それは女性に人気ということだ。これは決して強がっているわけではない。一見ただの羨ましくて妬ましい要素だが、今回の選挙に関してはそうではないのだ。
この学校は男女比が七対四で男子が多い。つまり、男性票の数が勝敗を決する分かれ道になると言ってもいい。正直なところ、今回俺は男性に向けて話していたといっても過言ではない。学校の習わしで、多くの生徒は運動部に所属しているのだが、こういった奴らは上下関係というのが好きだ。だから、先輩を立てながら自分もその人のために働きたいという姿勢を見せると心をつかむことができる。
また、運動部男子は主張をしたがる生態があるため、目安箱設置というもう一つの案も提示した。極めつけに、演説で一貫していたのは自分の名前を売り出すことである。内容のいたるところに俺は自分の名前を入れまくった。名前を覚えてもらう。印象を残すのは必須なのだ。あの感じだと、おそらく軍配は俺に上がった。全部西園寺のおかげだ。
「文章を考えるの苦手だったはずなんだけどな。西園寺は教える才能あるよ。」
「そんな。私は大したことしていないよ。私の書いてる意味も分からないって言う人の方が多いと思うけど、渡辺君はすぐに理解して、あれだけ堂々とスピーチ出来たんだもん。何だか私も自信がついちゃった。渡辺君は頭がいいんだよ。」
「うん。私もそう思うわ。」
「ふ、副会長!どうしてここに?!いや、いつからここにいたんですか?!」
「あなたが次の授業に向かおうとした時ぐらいかしらね。」
チャイムが鳴ったと同時にここへ走ってきたのか?いや、それにしても早すぎる。瞬間移動でもできるのだろうか。この人も会長もさっさと声をかけてくれればいいのに、人を驚かさないと気が済まないらしい。
「そんなことより、さっきはお疲れ様。私も素晴らしい演説だったと思うわ。生徒会当選にぐっと近づいたってとこかしらね。」
「まだ気が早いですよ。人気や知名度は向こうの方がありますし、俺なんてやっと名前を憶えられた程度です。このままだと結局負けてしまうと思います。」
「そう!その心意気よ!!これから一週間がとても大事になるわ!!」
圧が凄い。よく分からないが、今の一言で火を付けてしまったようだ。
「そうと決まれば、今日から気合を入れ直すわよ!学校中に貼ったポスターを小さく印刷した宣伝用のビラをたくさん印刷してきたの。朝の登校と夕方の下校時に毎日配っていく。あなたたちに渡しておくから、放課後に生徒会室に集合ね。たくさんあるんだから!」
副会長が走って帰っていった。あの人は走るのが好きみたいだ。だが、廊下は走るんじゃない。しかも大量のビラがあると言っていたが、小さく印刷された俺の顔がうじゃうじゃいるということだよな。恥ずかしい上に、生徒会室に行くのも怖い。まあ、副会長もあれだけやる気になってくれている。その気持ちは素直に嬉しいし、応えてあげたいとも思う。
「...もう少し頑張るか。」




