12,このハプニングは経験したことない
嫌な予感が的中した。締め出しを食らってしまった。早めに終わったといっても十八時は過ぎてしまっている。おそらく見回りに来た先生が、生徒がカギを開けっぱなしにしていると思って閉めていったのだろう。しかし、中を確認せずに閉めていくのもどうかと思うぞ。何にせよ、帰ろうとしたと同時に起こってしまった出来事だ。さっきとは一転、運が悪すぎる。
「帰れなくなっちゃったね。」
「ああ、ごめんな。西園寺。」
そう、せっかく手伝いに来てくれたっていうのにこんなハプニングに巻き込んでしまった。俺一人ならともかく、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「渡辺君が謝ることないよ。仕方がない仕方がない。とりあえず一回落ち着こう。」
「そ、そうだな。申し訳ない。」
確かに慌てても何も始まらない。西園寺はかわいいだけでなく頼りにもなる。ますます惚れてしまうじゃないか。そんなことを言っている俺は情けない気もするが。
クールダウンしてふっと遠くを見ると、高い位置のところに小窓があった。頭の中でぱっと閃いて、俺の中でこれしかないという考えが思い浮かんだ。
「西園寺、あれだ。あの窓から出れるかもしれない。」
ちょうど人が一人抜けれそうな幅で、幸いここは体育館の用具入れだ。踏み台になりそうなものはたくさんあることだし、高さの弊害も問題ない。
「よし、この跳び箱を使おう。俺が支えておくから先に出てみてくれ。」
「うん、わかった。」
跳び箱の一番上に登ってもらうためにマットを何枚か重ねて踏み場を作り、そのマットの上にロイター板も乗せて高さを付けた。危なげなく登れたみたいだが、万が一跳び箱が崩れて怪我でもさせてしまったら大変だ。念を入れて、跳び箱が動かないように自分の腕でしっかりと抑える。
「どうだ?出られそうか?」
「この窓、開閉できないみたい。」
想定外だ。はめ殺し窓ってのを聞いたことがある。光を部屋の中に入れるためとか、型を取ってガラスをはめる作りでおしゃれさを出すためにあるらしい。それが体育館の用具入れにあるというのはおかしな話だ。こんな場所に日の当たりやデザインなんて意味ないだろうに。しかも訳の分からない位置に小さく。まあ、文句を言って西園寺をいつまでも危ないところにいさせるわけにもいかない。
「分かった。悪いけど降りてきてもらえるか。」
「じゃ、降りるね。よいしょ。」
「は!」
「え?どうかした?」
「あ、い、いや、何でもない。」
見上げた視線の先にスカートの中にある、見てはいけないものが見えそうになった。とっさに目を下へ逸らす。通常であればこういうラッキーハプニングは喜んで受け入れるのが男の本能なんだろうが、好きな人に対しては話が変わってくる。この状況で目を逸らさなければ、見えてラッキーではなく見てしまったという罪悪感に苛まれ、後悔しながら後ろめたい気持ちでこれから西園寺と向き合っていくことになる。しかし、幸いなことにこの部屋の中が暗かったおかげでスカートの中はブラックホールと化していた。何も見えなかったからセーフだ。
「よいしょ、よいしょっと。」
「困ったな。どうしたものか。」
冷静になって考えてはみたものの、唯一抜け道になりそうなのが小窓だったわけだ。脱出案は一個しか出ていないが、正直な所すでに万策尽きてしまっている。何も思いつかない。床にあったマットに崩れるようにして座り込み、せめて西園寺を退屈させない話をしようと考えてみた。
「副会長の悪ノリだったらいいのにな。しばらくたったら戻ってきて、これも当選するための試練よとか言ってさ。」
「ふふ、確かに言いそうだね。」
「ああ。まあ、ずっとこのままってこともないだろう。気長で待っていれば誰か来てくれるさ。早く出られるといいな。」
「私はしばらくこのままでもいいかな。」
「え?」
ん?それってどういうことだ?少なからず、俺と二人きりのこの状況が嫌ではないってことだよな。もしかして、これはあれか。告白じゃないのか?だって、この雰囲気でこの流れでの発言。自分の都合のいいように考えてしまう悪い俺の悪い癖はあるが、これは勘違いではないはずだ。一緒に喋れるようになってからしばらく経つ。男渡辺、一歩踏み込むべきだ。ここが勝負に出るタイミングに違いない。
「西園寺、俺は君のことが…」
「じーー。」
「あ、レイお姉ちゃん!」
「なに?」
扉のほうをよく見るといつの間にか鍵が開いていて、ほんの数センチだけ開かれていた。そしてその先に、キラッと光るスナイパーのように狙いを定めている人間の目。暗闇で分かりづらいが、のぞき見しそうな人ってことも踏まえると、間違いなく会長のようだ。
「や、やあ。気付かれてしまったか。」
「会長...。いつからいたんですか?」
「花蓮が跳び箱から降りようとしている時からだ。」
めちゃくちゃ前からじゃないか。しかも、一番恥ずかしい瞬間だ。まず心配して声をかけろ。
「取り組み中だったようだから、声はかけるべきでないと思ってな。二人でこんな真っ暗なところにマットの上で…な。へへ、邪魔してしまったか。」
確かに邪魔はされた。だが俺よりもこの人は何歩も先のことを妄想している。さすがに飛躍しすぎだ。俺がさっき考えていたことが、かわいらしく感じてくる。
「あんたが考えているようなことは何もしていませんよ。」
「何だ。そうなのか。もったいない。男が廃るぞ。」
うるせえ。
「二人とも、なんの話をしているの?」
「いや、何でもないんだ。聞かなかったことにしてくれ。」
西園寺が鈍感で助かった。変な勘違いをされたらたまったもんじゃない。間違いなく嫌われて変態認定される。あと、ガンガンぶっこんできているが、会長も西園寺に対しての面子が立たなくなってしまうことを忘れてはいないか。
「でも、どうしてお姉ちゃんもこの時間にいるの?」
「私はいつもこの時間までいるぞ。生徒が全員いなくなってから私も帰るようにしていてな。完全下校時間の三十分前ぐらいにこうして部屋を開けて誰もいないか見回っているのだ。まさかこんなところに君たちがいると思わなかったが。いい雰囲気だったものでつい見守っていたのだ。」
何が見守っていただ。あんたの鋭い眼光のせいで、俺の決心も無駄になった。その前に、鍵を開けて中に人がいたら、普通の人なら驚いて心配するだろう。変な事が起きていたらどうするつもりだったんだ。そんなことは全くなかったけど!
だが、これで会長がいつも俺たちと一緒に帰らずに学校に残っている理由もわかった。生徒会長らしいことも一応している。
「とりあえずそういうことだから、君たちも早く帰るのだぞ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
何はともあれ、この中で一泊することは免れたわけだ。そのことに関しては感謝しておこう。会長はまだほかにも見回りが残っているということで、体育館を出たところで別れた。背中を向けてからもチラチラこっちを見ながら顔を少し赤くしてへへっと笑っていたが、面倒くさいから無視しておいた。
「いろいろあったけど、頼まれていたことは西園寺のおかげでやり終えた。ありがとうな。」
本音を言うと、さっきの西園寺の「このままでもいい」という言葉の意味を知りたくて仕方がなかった。だが、今聞くのは野暮というものだ。女の子に可愛いと言った後に、その本人から「どういう所が?」とか聞き返して来たら面倒くさいだろう?それと同じだ。あれは聞かなかったことにするべきなんだ。
「いいの。私は楽しかったから。そういえば、三日後に候補者演説があるんだよね。」
「あ、そうか。三日後か。演説で話す内容、全然考えてないや。大勢の前で考えて話すの苦手でさ。」
得意不得意はあまりなく、平均的に物事をこなす方なのだが、文章を考えるのだけはどうも苦手なのだ。夏休みの宿題でよく出ていた読書感想文。あれが本当に嫌で、毎回休みが終わるギリギリまで手を付けずに残していた記憶がある。
「あの、これ、よかったら。」
西園寺が渡してきたのは四、五枚ぐらいの紙。その中には細かくぎっしりと文字が書かれていた。ただ書かれていただけじゃない。所々に太く書かれた文字があり、矢印で引っ張って「協調!」と示されていたり、斜線を入れて「一呼吸置く!」と読みやすくなるよう工夫が加えられているのだ。
「こ、これって…。」
「実は勝手に演説内容を考えてみたの。レイお姉ちゃんと貴子さんが渡辺君のお手伝いをたくさんしていたから、私も何か力になりたいと思って。余計なことしたかな?」
「とんでもない!すげえ助かるよ!」
お世辞抜きで今までで一番ありがたい。今までアピールするためにいろいろな策を講じてきたが、選挙演説が最も生徒たちに訴えかけることができ、これが響くかどうかで勝負が決するといっても過言ではないのだ。副会長も俺を当選させるためにたくさん協力してくれたが、西園寺みたいに俺の苦手分野をカバーしてくれるのは本当に助かる。もはやこの演説の台本がラブレターに思えてきた。
「私ね、渡辺君に生徒会に入ってほしいんだ。だから、一緒にがんばろ!」
「は、はい!頑張らせていただきます!」
決めた。今日から俺は本気になる。西園寺が俺のためにここまでしてくれたんだ。そして一緒に頑張ろうというとどめの一撃。心の奥深くまでしっかりと突き刺さった。この期待に応えないと男じゃない。
「じゃ、またね。」
「おう、じゃあな。」
西園寺と別れた後、俺はスキップして帰っていった。早く帰って熟読しないとな。さて、忙しくなるぞ!




