1章 眷属 1-5 幼少期5
「ーーーーーーーー」
何か喋っているようだ。と、いうか。
化け物だと思っていた存在の正体。
それは黒髪の少女だった。
身長は俺よりも断然低い…。8歳くらいだろうか…?
俺の目の前に立って、じっと不思議そうに見ている。
「ゴホッ…ご、ごめん。ちょっとビックリしちゃって…」
なんとか声を絞り出して女の子に言う。
「ーーーーーーー?」
しかし、聞いたことのない言葉で語りかけてきた。
なんだこれは…。そもそも言葉なのか?
「えっと…」
「ーー…」
お互いに言語が分からないことに気づいたようで、黙ってしまった。
「ご、ごめん。とにかく、助けてくれないか…?クソッ、どう伝えればいいんだこんな状態で…。」
俺は横たわった姿勢のまま、少女に懇願した。
「…!!」
ようやく彼女は俺がボロボロである事に気づいたらしい。
若干暗いからな。仕方がない。
俺の右手からはかなりの量の血が流れていて、地面にどんどん広がっていた。
右肩はパンパンに腫れ上がっており、赤黒く内出血しているのがわかる。
少女はそれを見た瞬間。俺の前に座り、バッ!と手を突き出した。
(な、何する気だ…?)
淡い光が彼女の手から発せられ、それが俺の右手へ、足へと光が移っていく。
(まさか、治癒の神術…!?!)
こんな小さな子が、神術を使えるだなんて。
いや、そんなことよりも…。
みるみるうちに俺の傷は癒えていき、破れた服以外、完全に治ってしまった。
相当な技術だ。
俺は目の前の光景が信じられず。彼女の目をボーっと見つめていた。
「…!!」
すっ、と彼女は目を反らした。しまった。流石に見つめすぎた。
「あ…ありがとう!!君は凄い神術使いなんだな!」
お礼が伝わったかどうかはわからないが、
少女は嬉しそうに笑った。
「俺はジン、君は…つってもわからないか。どうしよう。」
しょうがないので自分のことを指さしながら
「ジン、ジン!」
と強烈にアピールした。
すると、少女の方も俺の方を指さし、
「ジン。」
と言った。伝わったようだ!
「君の名前は…」
と、聞く前に、少女は彼女自身の方に指をさし
「イナ」
「イナ、いい名前だ。本当にありがとう。」
身振り手振りで話していると、少し気分も落ち着き、今頃気づいたが、少女は、見たことのない服を着ている。
造りは俺たちの服に似ているが、もっと刺繍が多く、繊細で、鮮やかな赤色をしていた。
随分とひらひらとしていて、あまり実用的には見えない。
と考えている間に、自分が置かれている状況を思い出した。
「やばい。そうだ。今すぐ村に帰らないと行けないんだった。」
「ー…?」
首を傾げる少女。どうやって伝えればいいんだ…!
「えっと、なんだ、村、ムラ。寝たり。食べたり。トモダチ。カアチャン。…わかる?」
全力の手振り身振りで村を表現する。
「…」
「ごめん。わかんねえよな…。」
「ーーーー、ーーー。」
―その時、俺の脳内に謎の衝撃が走った。
揺れるというか、何か鈍器で殴られたような…といっても痛いわけではなく…。
なんとなく、この少女が何を話したいのか、わかった気がしたのだ。
「え、この先…?」
少女は、真っ直ぐ指を差していた。
俺が想定していた村の方向とは真逆に。
「こっちに…行けばいいのか?」
「……」
俺の言ってることは理解してない…。いや、それはそうか…。
「ーーーーー。ーーーーーーーー。」
大丈夫。そっちで合ってるよ。
「ーーーーーーー、ーーーーーー。」
もしまた迷ったら。ここに来て。
そう言っているような気がして、俺は
「ありがとう!」
その子を信じることにした。
そうと決まればそっちに全力で走るしかない。
俺は無我夢中で森を駆け抜けた―
……
「なんだよ…」
5分もしないうちに、村に辿り着いた。
周辺に誰もいないことを確認し、
心の中で、少女への最大限の感謝をしながら、縄を来たときと同様にくぐる。
そこからまた、全力で走って、家に着いた…が、
家の前には母さんが立ち塞がっていた。
「ジン、こんな時間まで何してたんだ!!」
当然の反応だ。
午後6時までに家についていればいいというわけではない。
午後6時を過ぎたら懲罰の対象であるわけだから、
午後5時半くらいになっても家に戻らなければ、大抵の大人は自分の子供を捜索に出る場合が多い。
今は午後5時25分…。母さんも気が気でなかっただろう…。
「ご、ごめん…寄り道してたら迷っちゃって…。」
「……」
無言で殴られ、そのまま首根っこを掴まれたまま、ズルズルと家の中へ引きずり込まれた。
……
「やれやれ…自業自得とは言え、ひどい目に遭った」
母さんにガミガミと小一時間叱られ、ようやく自分の部屋まで戻ってきた。
―ともかく、時間までに家に戻れたことに、心から安堵した。
寝台に寝転がり、今日の衝撃的な出来事を思い返していた。
恐らく、この村では俺だけが知る事実だ。
化け物なんていなかった!その代わりに黒髪の小さな女の子がいた!
不思議な言葉を喋っていて、きっと仲良くなれそうだった!
綺麗な服を着ていて、もしかすると、身分が高いお嬢様なのかも…?
村の外に出たという事実、そして誰も知らないであろう女の子との対話は、一晩俺を興奮させるのに十分過ぎるほどの体験だった。
その後の夕食中に、こっぴどく怒られたはずの息子がニコニコしていて、母さんから気味悪がられたが…。
またあの少女に出会えるだろうか…。
もう一度森へ行きたい気持ちに駆られるが、次も同じように村まで帰ってこられる保証はない。
きっと今日と体験は二度と出来ないだろう…。そんな予感がした。
俺は母さんのことを考えて、もう村の外へ出ることはやめよう、と思った。
きっとあの子は…本来俺が関わっちゃいけない存在なんだろう。
……
当然、次の日は寝不足だった。
丸太で作られた簡素な教室。地べたに座りながら子供たちは先生の話を聞いている。
だが俺は、上の空で色々なことに思いを巡らせていた。
昨日の少女のことも気がかりだったが、まずはそれよりも、神通力のことを優先的に考えなければ…。
そろそろ―…具体的には、後2週間でリルが誕生日を迎える。
つまり、タイムリミットが近づいているということだ。
12歳―俺たちにとって、特別な意味を持つ年齢だ。
何故かはわからないが、12歳を超えてから神術の才能が顕現することはないらしい。
そう授業で習ったし、母さんも同じことを言っていた。
母さんは今でも神術が使えないから、きっと本当なんだろう…。
リルは…本人は口に出さないが、今頃、相当焦っている筈だ。
授業後も毎日アンネと特訓のようなことをしているが、全く才能が開花する気配はない。
俺もあいつも、このまま神術が使えないまま生きていくのだろうか。
俺はとうに覚悟していたからいいが、
リルはあの引っ込み思案のまま生きていくのは大変だろうと思う。
なんとかしなければ―
そんなことを考えながら、今日も一人で家に着いた。
「ただいま」
「おかえり」
まだ午後4時。いつもならこれくらいに帰っているから、
今日は特に母さんは怒っちゃいない。
ホッとしつつ、自分の部屋で思考を巡らせていた。
リルとアンネは今頃二人で特訓をしているだろうか。
あと2週間どうするべきか―リルと後で話し合うべきかもしれない。
「母さん、ちょっと今日はリルの家で少し話してくるから、ちょっとだけ出かけてくる。」
「いいけど、絶対に早く帰ってきなさいよ。あんたは昨日も…」
「大丈夫大丈夫!」
母さんの言葉を最後まで聞かないまま家を出て、リルの家の前で帰りを待つことにした。
…
ゴーーーーン……
遠くで鐘の音が鳴った。
…午後5時だ。
……
15分後。まだ帰ってこない。
(アンネとの特訓が長引いているのか?)
……
更に15分経ったが、リルが帰ってこない。
家の中から心配した様子でリルの母親が出てきた。
「ああ、ジン。リルはどうしているか知らないかい?もうすぐ6時だっていうのに、どこをほっつき歩いているんだか…」
「多分アンネと一緒にいると思うんだけど、わからない。ちょっと探してくる」
「私も行くよ」
午後6時を過ぎたら、よっぽどの理由がない限り懲罰は免れない。
親が探すのは当然といえた。
しかし残されている時間はたった半刻だ。そんなに広い村でないとはいえ、急いで探さなければ。
アンネもリルも、子供にしてはしっかりとした、模範的な性格をしている。
そんな二人が理由もなしにこの時間まで家に戻らないなんてことはあり得ない。
どこかで怪我でもしたのか―
そう考えたとき、ある一つの可能性に思い至った。
…いやしかし。
まさか。
信じたくはないが、否定しきれない。
その瞬間、俺は家へ向かって走り出していた。
「母さん!ごめん!リルがまだ戻ってないんだ!!」
「…リルが…?」
突然の事に、母さんは理解が追いついていないようだ。
「探してくる!!でも、6時には絶対戻るから!!!」
「ちょ、ちょっとジン!」
母さんが引き留めようとしていたが、俺は全力で家を飛び出した。
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