1章 眷属 1-3 幼少期3
―記憶はあらゆる物事の宝であり、守護者なり
Method of lociをご存知だろうか。
マインドパレス、記憶の神殿(宮殿)とも言われ、効率的に記憶を定着させるテクニックである。
神殿―あなたの大事な場所を想像して、そこを歩き回る。
自分の部屋、通っていた学校…。
一つ一つ、そこに置いてあるものが思い出せるはずだ。
忘れたくないものは、神殿に保管しておこう。
どんな月日が経っても、必ず思い出せるから…。
―――――――――
それから、俺たちはいつも一緒に行動するようになった。
アンネとは今まであまり交流したことはなかったし、
正直なところ少し遠い存在だと感じていた。
最初は俺もリルも戸惑っていた。
実際に付き合ってみると、驚くほど物事の些事は気にしない性格で、
神術の才能こそあるが、とんでもなく頭が悪いということがわかった。
いや、勉強が出来ないというわけではない。
むしろ授業はちゃんと聞いているし、成績も随一だ。
しかし、簡潔に表現するならば正義感の強いド天然。
良く言えば直感で行動する天才だが、
悪く言えば何も考えないで行動するバカだった。
いじめられている俺たちを見て、考えるよりも先に助けてしまったのだと思う。
そんなアンネを俺もリルもとても気持ちの良い存在に感じていた。
生まれてきて、初めて友達と呼べる存在同士で遊べて、楽しいと心から思えた。
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2ヶ月ほど経ち、秋となった。
いじめの主犯格だったモートが手を出さなくなったおかげで、
俺たちはあの日から一度もいじめらしいいじめを受けていない。
すれ違いざまに睨まれ、
「ハッ。情けねえ。女に守られてるなんてよ。」
などと、嫌味を言われる程度だ。
実際その通りで、俺とリルは、強くなる必要があった。
アンネの力を借りずとも、やっていけるようにならなければ。
そんなわけである日、俺とリルはアンネに教えを請うことにした。
「何?神術が使えるようになりたい?」
「ああ、俺もリルも、まだ”天啓”を得ていないだけで、使える可能性はあるだろ?」
こくこく、と俺の言葉に頷くリル。
「僕も、いつまでもアンネちゃんに頼ったままっていうのは、いやなんだ。」
「そうか、うーん…。」
腕を組みながら考えるアンネ。
「神術授業で年齢のことは勉強したはずだ。それはわかるよな?」
「うん。…神術は全て神からの恩恵。普通は9歳~11歳の間に神通力に目覚め、12歳になっても”天啓”を得ることができなかった子供は…その後も一生神術を使うことができない…。」
リルが答える。
「うむ、そうだ。」
「でも俺たちはまだ11歳だ。可能性は残ってるだろ?」
「まあ、それはそうだな…。」
俺のポジティブな意見に、戸惑いつつもアンネは肯定する。
「私は7歳の冬、突然神術に使えるようになったんだ。だから、どうやったらお前たちが使えるようになるか、授業で習ったこと以外で手がかりがない。」
「授業でって、確か、大きな感情の揺れ幅がどうのって…。」
リルが、思い出しながら言う。
「そうだ。なにか大きく心が動く出来事があれば、もしかしたら…」
うーむと手を組むアンネ。
「能力が開花したとき、アンネはどんなことがあったんだ?」
「…私が初めて行使した神術は、火の神術だった。
あの頃、とてつもない寒波が来ていたのは覚えているか」
懐かしむように、同時に、少し辛そうな表情をしながらアンネは答える
「うーん、よく覚えてないけど、確かにそうだったような…。」
「あの夜、家には私一人しか居なかった。突然の猛吹雪で父も母も中々家に帰れず、私は炉の前で震えていた。…いつ2人が戻るかわからない状況で、風と雪の勢いはどんどん強くなっていったのに、炉に火を点けられず私は不安になっていた…。」
「大人がいないと火を起こせないからね」
「そうだ。隣の家に助けを求めようと外に出ようともしたが、扉が雪に埋もれて開かなかったんだ。
その時思ったんだ。もしかしたらこのまま凍え死ぬんじゃないかって…。
今思うとそんなわけないんだけどな。両親はその1時間後には帰ってきた。だがその1時間は、当時の私にはとてつもなく長く感じたんだ。」
反芻するうち、当時のことを鮮明に思い出してきたのか、より苦しげな表情をアンネは見せた。
「私はどうにかして暖がとれないかと必死に家の中を駆け回った。
そうしているうちにふと思いついたんだ。父と母と同じ様に、神術は使えないかと。
ガタガタと手が震えながらも頑張って火の神術を使う2人の姿を想像したよ。そうしたらあっさりと手から火が出たんだ。」
「マジか…。」
「さ、流石だね…。」
俺とリルが驚愕していると、困ったようにアンネが続けた。
「だからその、明確にこうしたから使えるようになった、というのはわからないんだ。ただ必死だっただけで…。
それが、私の心が動いたきっかけだったんだろうな。」
なるほど、と俺たちは他に何か自分たちに足りないものがないか、頭をひねってみた。
「あとはそうだな…。親が使っているところを思い出せと授業でいつも言われるな。」
…とすると、俺の場合は、母さんが神術を使えないし、イメージするのは難しいだろう。
だが、それは逆に言えば、リルは神術を使える可能性が高いということだ。
何故ならリルの両親は、この村でも指折りの神術使いなのだから。
日頃から神術を使う姿をよく目にしている筈だ。
「あんなに俺たちは殴られたりして、大変な目にあってるっていうのに、それじゃ申述が使えるほど心は動いてないってことか?」
「そういうことになる…のかもね…。」
俺とリルがガッカリしているため、アンネは申し訳無さそうな顔をしていた。
「すまない。他に何も思いつかなくて…。2人が神術を使えるよう、できる限りのことはするつもりだ。」
「まあ、リルが12歳になるまでまだ半年以上ある。俺はこの前11歳になったばかりだ。気楽にやるさ」
不安がないと言えば嘘になるが、
アンネと一緒にいればそのうち使えるようになるんじゃないか。
そういう気持ちになってきた。
今までネガティブに考えていたのが、良くなかったのかも知れない。
「そうだな、12歳になって、眷属の儀に間に合いさえすれば、恩恵を授かれる。」
「眷属の儀か…」
神術を使うことなど、半ば諦めていたから、完全に頭から抜けていた。
12歳になった子供はこの國の統治者である神イナンナから眷属として認められ、
同時に成人となる。更に、眷属の証である神の力の一部を恩恵として授かることができる。
そして眷属は神イナンナの恩恵である治癒の神術を行使できるようになるのだ。
治癒の神術――
それは、俺たちの生活に欠かせない、神イナンナの奇跡。
治癒の神術を以ってすればどんな傷も病も直ぐに治すことが出来る。 そのように母親や授業で習った。
母親も使えないし、自分は大きな怪我をした経験が無いので半信半疑だが…。
昔軽い怪我だったら、治療してもらったことはある。
膝をすりむいて、大泣きしていたが、あっという間に傷が塞がるのを見て、驚愕したものだ。
だが、もっと深い傷が治るのかどうかは、見たことがないからわからない。
本当にそうだとすれば…俺たちは寿命や病気以外で死ぬことがないんじゃないか?
とてつもない力。それを授かるのにあと半年…。
「子供気分でいられるのも今のうちだな」
「ジンって、たまにおじさんくさいこと言うよね。」
「うるせえ」
リルが俺にツッコミを入れた時、
遠くで鐘の音が響いた。
ゴーーーーン……
…午後5時の知らせだ。
「まずい、そろそろ帰る時間だ。じゃあ、また明日。」
アンネがそういうと、少し名残惜しそうな顔でリルは答える。
「うん。また明日。」
「暗くならないうちに、家に帰るんだぞ。怪我しないようにな。」
「お前は親か…」
アンネはどうやら俺たちのことが心配でたまらないらしい。
「この時間になればもうあいつらも家に帰ってるだろ。大丈夫大丈夫」
「…そうだな」
この時間になると辺り一帯は暗くなり始めるため、火の神術が使えない子供だけで外を歩かせるのは危険だ。なので、午後5時時に鐘が鳴り、午後6時までに家に帰るよう義務付けられている。それ以降の外出は、大人ですら神の法により制限され、違反した場合、親も子供も一緒に懲罰を受けることになる。
モート達もそんなリスクを負ってまで、俺たちをいじめに来るとは思えない。
「だから気にすんな。んじゃまた明日。」
「ああ」
アンネが安心したのを確認し、俺たちは別れた。
………
それから3ヶ月、授業が終わってから俺たちはああでもないこうでもないと、毎日試行錯誤を繰り返していた。全く天啓を得る気配はなかったが、それでも色々と試している時間は楽しく、俺たちにとってかけがえのないものだった。
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