1章 眷属 1-14 学術院3
その日、俺たちは大騒ぎした。
小さくはあるが、実際にアンネが雷を出せたのだ。
俺のやり方が正しいということが証明されてしまった。
今は寮の俺の部屋に、アンネとリルが集まっている。
「アンネの才能が物凄いのか、俺の画力が凄まじいのかわからんが…とりあえず、やったな!」
手に持ったグラスの中にはみかんジュースが入っていた。
「「「乾杯!」」」
ちなみに、この國において、16歳未満の飲酒は禁止されている。
「13歳で雷の神術を使えたやつはいないんじゃないか?」
「そうかもね」
「ジンのおかげだ」
「いや、アンネが俺を信じてずっと努力してくれたおかげだ!」
生まれてはじめて、何かを成し遂げたという気持ちになった。
俺の用いた手法は、勿論図書館のどの本にも載っていなかった、完全にオリジナルだ。
つまり、アンネこそがこの方法で雷の神術を成功させた初の人間となる。
「ジン、僕嬉しいよ。ジンが学術院に入って、神術が使えない中、1年間ずっと一人で勉強してて…ジンは絶対に何か成し遂げるやつだって、信じていたんだ!」
お前最初めちゃくちゃ疑っていただろ…と内心思いつつ、
俺を推薦してくれたのは紛れもなくリルであり、
その期待に応えられたのかと思うと、誇らしい。
「ジン、きっとこれは、この國の財産になる。本当によく頑張ったな」
2人とちゃんとした友だちになってから、2年。
はじめて、2人の役に立てたのだ。
泣けてきた。
「ああ、本当に良かった…この風の書が無駄にならなくて…」
スッと、懐からもう1冊本を取り出す。
パラパラと本をめくると、俺にそっくりの男が、巨大な風を操っている絵が動き出した。
「も、もう用意してたんだ…」
「すごい」
リルは若干引いているようだが、アンネは素直に感心している。
「アンネよ、雷の書をリルに渡し、この風の書を受け取るのだ。くれぐれも、雷の訓練も怠らぬように。」
「わかった」
アンネは素直に風の書を受け取り、雷の書をリルに渡してくれた。
…
そこから更に1年経ち、俺たちは14歳となった。
結果から言って、アンネもリルも完全に雷と風、そして土の神術を使いこなせるようになった。
しかし、どれも威力が強くなるにつれ、裏の林で特訓するのが厳しくなってきてしまった。
このままだと学術院側に気づかれる可能性がある。
特にやましいことをしているつもりはないが、
どうせなら完成形を披露して皆を驚かせたかったのだ。
半年に1度行われる、神術の実技試験で派手にブチかまして、
教師たちの度肝を抜いてやろうという魂胆だ。
まあやるのはアンネとリルなんだけども。
ちなみに俺は実技試験で成績が残せないので、0点扱いとなる。
なので、他の教科で満点をとるつもりで勉強しなければ、卒業できない。
かなりハードだが、今の所実技以外はオール満点で来れた。
皆が実技を頑張ってる時間、勉強しかしていなかったのだから当然といえば当然である。
とりあえず、この調子で行けば卒業自体は問題ないだろう。
…
さて、雷、風、土以外でも研究を続けてきた俺だが、ここに来て大きな躓きをすることになった。
神術、神通力に関する、ある特定の情報が、全然見当たらないのだ。
意図的に隠蔽されているとしか思えない。
具体的に言うと、神通力の根源である「極小の精霊」について書かれている本があまりに少なすぎる。
半年前に読んだ「力の根源」という本以外、図書館には存在しなかった。
それ以外にも、一定のレベルを超えた複雑な神術について書かれた書籍がない。
俺の推測では、雷、風、土以外にも存在するはずなのだ。
火と水と、神イナンナの治癒を合わせて、この世に6種類だけとは到底思えない。
系統外―ともいえる神術が、きっとある。
この図書館以外にも本なら沢山あるんじゃないか?と思うかも知れないが、
この國において、ここ以上に本が集まる場所はないと言っていい。
何故なら、俺たちが通う学術院こそが、國内トップの教育機関であり、
神イナンナが直轄で運営している以上、この國の全ての叡智が集まっていないとおかしいのだ。
もしこれ以上調べたいなら別の國に行く必要があった。
まあ、俺たちは眷属である以上、神の許可なく他國へ渡ることは禁じられているだろうが…。
…別の國…?
自然と出てきたその言葉に違和感を覚えた。
ともかく、もしかすると、より簡単に雷、風、土の神術を習得できる方法が書かれた本が本来あるのでは。
俺がわざわざ頑張って雷の書なんていうものを描かなくても良かったのかも……と疑ってしまう。
他の連中は疑問に思わないのか?
アンネもリルも、あまり勉強好きではないので、図書館に来て自主的に勉強することはめったに無い。
あの2人が俺と同じ考えを持たないのはわかる。
しかし、この学術院の生徒は、おおよそ300人だ。
その中の誰一人として俺と同じ考えに至らなかったのか?
もし本当に情報が隠蔽されているとして、
そもそも何故そんなことをする必要があるのか。
神イナンナ自身で情報を制限している可能性がある。
神による絶対の統治により、この國の治安は守られている。
それを脅かす知識があるとするなら、制限するのも当然と言えた。
眷属の刻印解除に関する知識や、神イナンナの力の源に関する情報など、色々と思いつきはする。
もし万が一、推測が正しいとするなら、これ以上研究を続けると身を滅ぼすかもしれない。
…そこまでして俺は研究を続けたいのか?
―答えはイエスだ。
俺自身の知的好奇心も無論存在するが、
アンネとリルの力に頼りながら暮らしている現状を変えたかった。
この気持ちは入学当時から変わっていない。
今でこそ学術院の生徒の中で、神術に関して誰よりも詳しい自信はあるが、
実生活にはなんら活かせていない。
結局2年前と同じだ。
そして、この隠匿された情報でなら、現状を打破できるかもしれない。
ならば、どのようにして情報を得るべきか。
恐らく、今よりも地位を向上させて、神イナンナに近づくのが現実的だろう。
つまりこの國を支配する層に、自分もなるということだ。
神術が使えない俺にとって至難の業と思えた。
俺自身が國にとって、大きな利益であるということをアピールしなければいけない。
しかし1点、解せない事がある。
隠匿するならば、何故精霊について書かれていた本を野放しにしておいたのか?
あれこそ、神の力の根源に関わってくる情報であり、
俺がこうしてその情報を元に、雷の書という妙な本を作ってしまうに至ったのだ。
あの本だけ図書館から撤去し忘れたのだろうか?
…よくわからない。
その後、俺は寝る間も惜しんで研究に没頭した。
だが、周りに知識をひけらかさないように気をつけていた。
俺が得ようとしている知識が、本当に禁忌とされていた場合、
周りの同級生、大人達を通じて監視者たちに伝わったらまずい。
そんなことに注意しながら生活していたある日、ふと例の精霊について書かれていた本、「力の根源」を、もう一度読みたくなった。
なにか見落としていることがあるのではないか…。
図書館の3階の奥の方にあったはずだ。
「確かこの辺りに…」
1年半年前の記憶を頼りに、本を探す。
「あれ?」
見つからない。
誰かが借りていったのだろうか?
そうかもしれない。
「また今度にするか…」
そして次の日、もう返却されているんじゃないかという淡い期待を持って、図書館へ向かった。
しかし…
「やっぱりないか…」
まぁ、1日じゃ戻ってこないわな。
一応図書館の受付に、もし返却されたら教えてくれ、と伝えておいた。
受付の男は、訝しげな顔で、はぁ。とだけ返事した。
そして1週間後。
「え?まだ返却されてない?」
「そのようです。」
「実は1度返却されて、また誰かが借りたなんてことは?」
「ないです。」
「そうですか…」
妙だ。
基本的に図書館に貯蔵されている本は、受付を通せば1週間の期限付きで借りることが出来る。
つまり、借りパクでもしていない限りもう返却されていないとおかしいのだ。
「そもそもなんですが…」
俺が悩んでいると、受付の男は不思議そうな面持ちで話し始めた。
「『力の根源』という本に関してですが…実は私は見たことがなくてですね」
「え?」
「この図書館にある大抵の本のタイトルは記憶しています。もうこの仕事も20年以上続けてますからね。ですがその本を入荷した記憶も、誰かが借りていったなんていう記憶もないのです。」
「え…??」
どういうことだ?
混乱してきた。
つまり、この図書館には存在しないはずの本を、俺は一時期借りて、知識を得ていたというのか。
もうわけがわからん。
俺は、「力の根源」に関しては一旦忘れることにした。
ないものはない。
尿意を感じてきたのもあり、俺は一旦寮に戻ることにした。
共同便所に向かう途中に自室があるので、ついでに荷物を置いてくることにした。
はぁ~とため息をつきながら、部屋のドアを開ける。
「いっそ神に相談すれば…一番偉いんだし…いやいや、それはないか…」
「何を相談したいのじゃ」
「何をってそりゃ…」
…?
俺の部屋の椅子に、褐色の美女が座っていた。
「…」
「どうした。さっさと入ってこい。先ずドアを閉めろ。」
たっぷり10秒程硬直し、
ようやくそれが神イナンナであるということに気づいた。
なぜ、神が、俺の部屋に。
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