1章 眷属 1-15 学術院4
「ももも、申し訳ありません!!!!」
俺は大急ぎでドアを閉め、物凄い勢いで神イナンナの正面へ回り込み、跪いた。
「よいよい。そうかしこまるでない。どうせ誰も見とらん。」
確かに、今は俺たち以外、この部屋には誰もいない。
一体何がどうして、こんな状況になっているのか。
神と部屋で2人(…1人と1柱とでもいうべきか?)という、あまりにイレギュラーな状況に、頭は破裂しそうだった。
「で、ですが…」
「いいから普通に座れ。おちおち話もできん。」
「わ、わかりました…。」
おずおずと、俺はベッドの端にちょこんと座る。
こうして間近に見るのは初めてだ。
例の事件の審問の際も、周りに近衛兵がズラッと並んでいたので、近距離とは言い難かった。
無礼だとは思いつつも、その姿をじっくりと観察してしまった。
肌の色は浅黒く、キリッとした目つき。
黒い髪の毛は腰まで伸びており、全身に不思議な紋様のタトゥーが施されていた。
頭には國の統治者としての証とも言える、金色に光る豪奢な冠が乗っている。
こうして同じ目線になってみて、意外と神イナンナは身長が低いということがわかった。
しかし、そんな小柄な体から放たれている到底思えぬ、
異常としか言いようがない重圧感がこの部屋を支配していた。
審問の時よりも近距離な分、更に空気は重く感じる。
この方に逆らってはならない。逆らえば死ぬ。
本能がそう訴えてくる。
「そ、それでその…神は一体どのようなご用件で…」
「ん?そうじゃな。まあその前に、先程お前が言っていたことの続きが聞きたいのぉ」
「さ、先程の続きというと…」
「余に相談したいことがあったのではないか?」
「そ、そうでした。」
どうしても、100%どもり口調になってしまう。
もしかしなくても、今とてつもない危機に瀕しているのではないか?
俺の脳みそはフル回転していた。
この前から疑問に思っていたこと―
意図的な一部の神術に関する情報の隠蔽疑惑―
それを、正直に話すべきか?
シミュレーションしてみよう。
1. 正直に話す
「神に対して疑問を抱いたのか?不敬な!死ね!処刑じゃ!」
2. ごまかす
「神に対して隠し事か?不敬な!死ね!さらし首じゃ!」
だ、だめだ。どちらにせよ死ぬ。
特に2の場合、もし万が一話の中に嘘を盛り込んでしまった場合、胸の刻印が自動的に俺を殺す。
眷属は、神に対して嘘を付くことは出来ないからだ。
2番はめちゃくちゃリスキーと言えた。
よって俺が選んだ回答は…。
→1. 正直に話す
「ふ、不敬なのを重々承知でお伺いします。」
「なんじゃ」
「…この國において、神術に関する特定の情報が、い、隠蔽されてはいないでしょうか?」
どうせ死ぬなら、正直に行くぞ。
心臓はバクバクだ。
「……ほう…?どうしてそう思う?」
「わ、私は独自に、神術に関する研究を行っていました。図書館においてある本の、特に神術に関して記述されているものは、全て読んだと思います。」
「というと…3階にある本全てをか?」
「は、はい。」
「少なめに見積もっても600冊はあったと思うが」
「そ、そうですね。内容がその、重複しているものも結構ありましたので、そう言ったものはある程度飛ばしていたので、実質読んでいて意味があったのはせいぜい200冊でしたが…。」
「…まあよい。続けよ」
神イナンナは訝しんでいる様子だが、今のところ発言を許してくれている。
もうここまで話したら、全てを正直に言わねばなるまい。
「は、はい。学んでから2年程度の私でも思いつくような、神術の応用に関する本、例えば複合神術ですが…それらが一切見当たらなかったのと、火、水、雷、風、土以外の神術に関して記述された本もありませんでした」
「それ以外にも神術があると、お前は考えているのか?」
「はい。5種類の神術以外にもイナンナ様の恩恵による治癒の神術があるわけですから、その他もあるのではないか…いえ、ないとおかしい、と私は感じました。」
「なるほど、しかしそれらの情報が見当たらないだけで、隠蔽されていると判断したのか?」
や、やばい。怒らせてないか…??
超絶不安になりつつ、俺は続けた。
「い、いえ。お、私が一番不思議に感じたのは、1冊だけ、神通力に関して非常に詳細に書かれた本があったのです。その本によると極小の精霊が神通力の根源であるらしいのです。しかし、そのようなことが書かれた本は、それ以外に見当たりませんでした。」
「…その本がデタラメを書いていただけ、という可能性もあるじゃろう?」
「そ、そうかもしれません…ですが、実際に精霊が存在すると仮定すると、色々と辻褄があってくるのです。ま、まず、神術で引き起こせる全ての現象の説明ができます。その仮定はもはや神術だけでなく、あまねく世界の現象、その根本を言い表すことも可能なのではないか、そう考えています。」
「随分と大胆な仮説じゃな。精霊について相当入れ込んでいるようじゃ。」
「何故かは自分でもわからないのですが、直感的にこれは正しい理論だ、と感じました。」
「直感か…ククク。まさか直感だけで余の教育体制に疑問を持たれるとはな。」
「も、申し訳ありません!そ、それにもう一つ、前から不思議に思っていたことがあるのです。」
「なんじゃ?」
「こ、この國以外の土地に関する本が、ありませんよね?」
妙だと思っていた。この世界は広いのに、何故この狭い國に関する資料しかないのだろうと。
國外の伝承や、風土の話など、一切聞いたことがない。
俺がそう疑問を呈すると、神イナンナの雰囲気が一変した。
先ほどでも十分に重苦しかった空気が、ズン、と質量を増したように更に重くなった。
「お前…そうか、お前に関して抱いていた違和感はそれか。」
「え??」
「そもそも…お前は一体どうしてこの國の外があるなどと思うのだ?」
「そ、それは」
それはそうでしょう。だってこの世界は…
そう言いかけて、俺は神が言いたいことを理解した。
同時に、自分が理解できなくなった。
その通りだ。
何故、世界が広いと思ったんだ?
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日更新予定です。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
よろしくお願いします。




