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1章 眷属 1-11 眷属の儀

また夢を見た。

いつもの夢だ。

見知らぬ不思議な場所で、穴へと飛び込む。

何故怖くないのだろう?

不思議と、懐かしい気持ちになった。

どんどん落ちていく。光も届かぬ深淵へ。

落ちて…落ちて…



――――――――――――――――――



「いい加減起きなさい!!」


 衝撃が走った。


「いってえ」


 頭に熱い痛みを感じる。母さんに殴られたらしい。


「起こす時に殴るのはやめてくれっていつも言っているだろ…」


 意識がまだ朦朧としているが、反抗はしておきたい。


「殴る以外で起きた試しがないでしょうが?」

「それはまあ…いや、でもなんか他に方法あるだろ」


 と言いつつ、自分でも思いつかないので説得力はない。


「もういいから、さっさと起きて着替えなさい。今日が出発なんだから」

「そうだった」

「緊張感がないわねえ…誰に似たのかしら。」


 俺は今日から、都市部―ドゥ・アザグへと向かう。

 この國で12歳、つまり成人となった者たちが、

 広大な集会場へ集められ、重要な儀式が行われる。


 『眷属の儀式』


 この國を統治する神イナンナからの正式な眷属と認めてもらうための儀式だ。

 この儀式を通じて、神イナンナが持つ「治癒の神術」、その力の一部が俺たちに分け与えられる。

 とはいえ、俺は神術が使えないので、儀式自体の意味はないが…。


 そう、あの事件から半年、俺はリルに続いて神術が使えるようになるべく、

 2人に付きっきりで特訓してもらっていた。

 だが俺は12歳になっても、神通力に目覚めることはなかった。


 俺もダメ元で訓練をやっていたとはいえ、全くショックではないかと言われれば嘘になる。

 この國において神術が使えない不便さは母さんを見てよく知っていた。

 だが…どちらかというと、付き合ってくれた2人に申し訳ないなと思う。

 2人の期待に応えることが出来なかった自分が情けない。

 とは言え、神術が使えようが使えまいが、眷属の儀には参加する必要がある。

 この國に身を置く以上、神イナンナの眷属であることに違いはないのだから。

 俺たち3人は、そのまま都市部の学術院へ進学するため、荷物をまとめないといけない。


「儀式用の服はあそこに掛けてあるから」

「ありがとう」


 そう言って母親は朝食の準備に戻っていった。


 儀式用の服…といっても大したものではない。すっぽりと全身が収まる、シンプルな白い服だ。

 着替えを済ませ、朝食を食べ終える頃、家の外から声が聞こえた。


「おーい、迎えに来たぞー!」

「きたよー」


 アンネとリルが迎えに来た。


「今行く!」


家の外へと向かおうとしたとき。


「ちょっと待って」


母さんが引き出しを漁っていた。


「これを着けて行きなさい。」

「あれ?これ母さんがいつも身につけてるやつじゃない?」


不思議な形をした石だった。石には穴が空いており、そこに紐が通されている。


「そう。母さんが眷属の儀式のとき、着けていたお守りだよ。

 石は2つあるから、片方はお前に、片方は母さんが持っておくからね。

 どんなに遠く離れていても、この石がきっと私達を繋いでくれる」


母さんはそう言って俺の首に掛けた。

次に母さんに会えるのはいつだろうか…。

進学してしまうと、3年は会えないだろう。

許可なく都市部から出ることが禁止されているからだ。


「…ありがとう」

「私は駄目だったけど、あんたは諦めるんじゃないよ。…それに神術が使えなかったとしても、必ず道はある。それを学術院でしっかり学んできな。」

「うん…。じゃあ、行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」



 そこから俺たちは、他の村の子供達、

 そして村長や教師を始めとした大人達と一緒に都市部を目指すべく、一同集まっていた。

 しかし…その中にモートの姿は見えなかった。

(あいつ…どこに行ったんだ…?)


 俺達と会いたくないのだろうか。少し離れたところにいるかもしれない。

 あまり気にし過ぎないようにした。


 そして俺たちはそこから都市部へ向かって歩みを進めた。

 どんなに早くても、2日はかかる。

 いくら神術が使えるようになったと言っても、

 12歳になったばかりの子供たちだけで向かわせるのは危険だ。

 出来る限り集団で移動をすることになっている。


 これでも俺たちは都市部に近いほうだ。

 5日以上かけて来る奴らもいるらしい。


 生まれてこの方、アンネもリルは村の外へ出たことがなかったはずだ。俺はこっそりと出てしまったことはあるが…。

 あのイナという子、あの子は元気だろうか。

 都市部に行けば、あの子が何者なのか、分かるのかもしれない。


 3人はソワソワしながら都市部へ向かっていった。




 そして2日後、無事に到着した。

 服はボロボロだし、皆疲労困憊、といった様子だ。

 特に俺たちは、他の奴らよりも荷物が多い。

 学術院の寮に滞在するため、かなり多くの準備が必要だった。


 大人たちとともに、城門をくぐる。


「ここがドゥ・アザグ…」

リルが目を輝かせる。

「都市部かぁ」

「そして、神の聖域…」

 アンネが呟く。 


 俺たちは街の風景を楽しみながら、そのまま集会場へと、皆で向かっていた。


「すごい、綺麗だ」


 アンネがそう呟く。まったくもって同感だ。まるで森と街が一体化しているようだ。

 不思議な建築方法で、木に寄り添う形で家が建てられている。

 神秘的ともいえるその家の造りに感動しつつ、その尋常でない家の数に驚いた。

 一体何人がこの都市に住んでいるのか、全く検討もつかなかった。


 更に歩くこと1時間半ほど、ようやく集会場へ辿り着いた。

 もうヘトヘトだ。


「もう結構皆集まってるね」

「ああ。思ったより多いな。」


 傍らのリルが話しかける。

 ざっと見たところ、2000人は居るようだった。

 これから皆儀式を受ける子供たちだ。

 他の國の事情などはよくわからないが、とても多く感じる。


「イナンナ様はまだいらっしゃらないみたいだね」

「まあ、まだ定刻になってないからな。」


 集会場にある日時計―これもまた、村のそれとは比較にもならないほど巨大で、豪奢な造りをしていた。

 現在の時刻、9時30分―まだ半刻ほど時間はある。


 とりあえず、すでに整列している子供たちに倣い、俺たちも並ぶことにした。


 そして30分後。

 10時だ。

 リン…と澄んだ鈴の音が鳴る。

 集会場へゆっくりとした足取りで、30人もの従者を引き連れ、神イナンナが現れた。


「きた…」

「イナンナ様だ」


 皆その場で跪き、頭を垂れた。

 そして集会場の奥へ進んだ神イナンナは、俺たちに振り向き、凛とした声で告げる。


「面を上げよ」

一同跪いたまま、顔だけを神へと向ける。


「今日はよく集まってくれた」

一人一人の顔を見るように、柔らかな笑みを浮かべながら続けた。


「まずは、成人となる者たちに祝福を」

そう言い、空に手をかざすと集会場が光りに包まれた。


(これは…)


 儀式の最中なので誰も口を開くことはなかったが、皆驚きの表情を浮かべていた。

 俺たちの全て…つまり、俺たちの肉体と、俺たちが所持する全てのものを「癒やした」からだ。

 体から疲れはなくなり、身につけていた服、靴、鞄などは全て新品と同様に元に戻ったのだ。

 殆どが遠方から数日掛けて来ているため、より遠くから来た者ほど、効果を実感しているだろう。


(やはり…神の力は本物だったか…)


 以前俺たちの村にやってきた時には、特にこうして力を見せてくれはしなかった。

だが、圧倒的な奇跡を見せられ、改めてあの方は神なのだと、心から理解した。

通常、治癒の神術が使える対象は1人、多くても2~3人が限度だ。

それ以上は神通力が足りず、まともに治癒など出来やしない。

しかしこの神は、2000人という大規模な人数、そして物質に対し、一度に治癒の神術を行使した。

一体どれほどの神通力をこの神は持っているというのか。

神にしかできない離れ業を目にし、誰に言われるまでもなく皆また頭を垂れていた。


「よいよい。面は上げたままでよい…。ともかく、成人となったお前たちには眷属となる権利が生まれた。聞いていると思うが、眷属には私の『力』の一部を与える。その意味はわかっているな?」


力の一部…つまり、神イナンナの治癒の神術を俺たち眷属も使えるようになるということ。

元々神通力の無い俺には治癒の神術を使いこなすことすら出来ないが…。


「「はい、神よ」」


一同が同時に答える。事前に母さんから聞いたとおり、神からの問いがあれば、はっきりと答えるようにした。


「よろしい。」


 神イナンナは、そう言うと再び―今度は両手を空にかざした。

 まるで太陽から力を借りているかのごとく、光が集まっていく。

 光はどんどんと大きくなっていく。

 やがて、巨大な光はこの集会場全体を包み込んだ。


 俺たちは一つになる。

 そんな錯覚を覚えた。


 気がつくと、光は消え、胸に不思議な刻印が施されていた。

 眷属の証。生涯消えることのない刻印だ。


「今よりお前たちは余の正式な眷属、そして成人となった。

 余の力の一部、決して誤って行使することないよう、存分に気をつけよ。」


「「はい、神よ」」


 それを聞き、神イナンナは集会場を去った。


 一同の緊張がほぐれる。

 改めて自分の胸に刻まれた刻印を見てみた。


 この刻印は単なる入れ墨ではない。

神イナンナの眷属となり、その力の一部を得る代わりに、

決して神を()()()裏切ることのできない枷そのものなのだ。

 

 神が下した命令に背くことはできない。命令に反した瞬間、この刻印が俺たちを文字通り()()

 次に、神に対してウソを付くこともできない。嘘をついた瞬間、同様に死ぬ。

そして、裏切っていないとしても、神が念じるだけでこの刻印を通じて俺たちは死ぬだろう。

 要するに、神に対し決して逆らえない体となったのだ。

この枷のおかげで、この國は秩序が保たれている。


今後ドゥ・アザグで暮らす俺たちは、より一層気をつけなければいけない。

今まで住んでいた村とは比べ物にならないほど神に近い場所であり、

そして神の監視者が大勢街を見回っている。


「よし、行くか。」

「うん!」


 俺たちは学術院へ入学する為に、様々な手続きを行う必要があった。

まずは学術院に顔を出し、挨拶をしなければならない。

また、今日から寝泊まりする寮で入寮の申請を行わなければいけない。

事前に連絡してあったので、どれも特に問題なく終わるはずだ。


 新たな生活が始まる。


お読みいただきありがとうございます。


しばらくは毎日更新予定です。


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よろしくお願いします。

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