1章 眷属 1-8 幼少期8
アンネの家は村の中でも特に大きく、立派な造りをしていた。
高位の土の神術を行使すれば、果たしてこんなに堅牢な建物を造れるのだろうか。
少し入るのに勇気が要ったが、アンネの両親は暖かく迎え入れてくれた。
二人が言うには、昨日は眠りこけていて何時まで経っても起きず、少し心配していたが、
朝起きたらとても元気だったので安心していたようだ。
そのままアンネの部屋へ案内される。
「…よう」
「ああ、ジンか。わざわざすまないな」
「気にすんな。…大丈夫か?…その…」
昨日のことをあまり思い出させるのも良くないかもしれない、と思い、
言い淀んでしまった。
「平気だ。…それよりリルはどうだった?」
「…まだ少し元気がないが、まあ普通に喋られるようにはなったよ」
「そうか…よかった。私が不甲斐ないせいで、大変なことになってしまった」
あれだけのことがあったのに、直ぐにリルを心配する辺り相変わらずだ。
どいつもこいつもお人好しで、もっと早く駆けつけていれば…と思わざるを得なかった。
しかし、発見が遅くなったからこそリルの神術は開花したのであって…なんとも皮肉な話である。
「…怪我は問題ないのか」
「ああ、全く問題ない。それどころか前よりも調子がいいくらいだ。治癒の神術というのは凄いな」
「そうか…」
確かに見た目では、昨日あんな事があったとは思えないくらい綺麗だ。
しかし怪我は元通りだが、修復できないものもある。
リルが人に向けて炎の神術を使ってしまった、という事実だ。
「これからリルは…どうなるんだろうな」
アンネは不安そうに呟いた。
俺は気休めを言う性分ではないので、ハッキリと思っていた内容を伝えることにした。
「これだけの大事になると、村の内輪もめで済ませられないかも知れない。
村長の判断によっては國へ調査の為に誰かしら人を呼ぶかもな。
その調査する人次第だけど…なんらかの懲罰を受けることになる可能性がある」
リルの家族ごと中央都市の牢屋行きか、強制労働か…。
國は平和そのもので、こういった事例はほとんど起きないのため、どんな懲罰がくだされるのか、予想ができない。
「そうか…そうかもな…。あまり酷い懲罰でなければいいんだが…。」
「だけど、モートがお前にしたこと、リルへ今まで行ってきたことを調査員に正直に伝えればもしかしたら…」
何かしらの恩赦がある。そう信じたい。あれは間違いなく正当防衛だ。
ただリルは力のコントロールが出来なかった。それだけだ。
子供のしでかした事故。そう主張するしかない。
「1つ、気になっているのは…あの時リルが放った神術の凄まじさだ」
「ああ。3人同時に燃やしていたってことだよな。やはり難しいことなのか?」
「難しいなんてものじゃない。大抵神術の対象は1つに限定される。皆1つを思念することで手一杯なのだ。…だが、リルは3人を同時に、しかもとてつもない威力の炎を作り出した。
この村でそんな事ができる者は…リルの父上以外、私は知らない…。」
前にも聞いたが、リルの父親は村1番の神術の使い手だそうだ。
昔都市部の神官として一時期配属されていたらしく、その内包している神通力の多さも桁違いらしい。
だからこそ昨日、3人を同時に一瞬に治療することが出来たのだ。
通常では、1人が限界らしい。
「神術を使えない俺にはよくわからないが、とにかくすごいんだな…。」
(リルに置いていかれちまったな…)
これで、リルは12歳までに神通力を開花できたことになる。
後は俺だけだが…まあ、多分無理だろうな。
アンネに修行を頼み込んだのは、実際はリルのためというのが大きく、
修業を受けたからといって俺自身が使えるようになるとはあまり思っていない。
とにかくリルが間に合ってよかった。そう心から思えた。
「それと…」
「ん?」
「あ、ありがとう」
俺の顔を何故か直視せず、アンネは少し俯きながら礼を言った。
「なんのことだ?」
「昨日、駆けつけてくれたことだ。お前の声が聞こえた時、姿が見えた時、とても心強かった。」
アンネはそう言いながら、その時のことを思い出したのか、少し震えていた。
やはりまだ恐怖は払拭できていない。
いくらアンネが強いからと言って、11際の女の子には変わりないのだ。
「本当に、本当にありがとう。お前が来ていなかったら、3人は死んでしまっていた。
取り返しのつかないことになっていた。」
「いや、俺も必死だっただけで…それに…」
元々、アンネとリルを二人きりにさせようと画策したのは俺だ。
そのせいで危険な目にあったわけだから、本来感謝されるべきではない…。
「俺もあの時一緒にいれば、そもそもこんなことにはならなかったわけで…」
「ジン」
凛とした顔で、アンネは俺に向き直った。
「お前がどう思っているのか、私には関係ないんだ。
リルの両親を呼んできてくれて、本当にありがとう。」
そう言って、ビシッと俺に頭を下げてきた。
そういえばこいつはこんなやつだった。
「ああ…いや…どういたしまして…でいいのかわかんねえけど…。
それに…お前もよく耐えたな。本当に頑張ったな。
リルのために、ありがとう。」
俺がそう言うと、アンネの瞳からスーッと涙が溢れてくるのが見えた。
きっと、アンネも、自分を責めていたのだろう。
少しでも心が軽くなればいいのだが…。
「やはり…いいやつだな。ジン」
「お前らほどじゃないぞ」
「ふふ」
今日初めての笑顔だ。
アンネのこの美しい笑顔をまた見ることが出来て、本当に良かった。
…
そして数日後。
都市部から調査のため使者が来る、という旨の通達が村全体に行き渡った。
俺の予想通りではあるが、それはつまり、リル達の処遇が決まる。ということだ。
心なしか、村全体がピリピリしていた。
…
そして1週間後、当日。
朝9時頃に使者が到着するという話だったので、
村の野次馬共が村の出入り口に集まっていた。
俺もその野次馬の一人だ。
遠くから馬が駆ける音が聞こえる。
だが様子がおかしい。明らかに、1頭や2頭という音ではない。
もっと沢山の…集団で移動する音だ。
(たかが調査に大掛かりすぎないか…?)
だが、その疑問は直ぐ解消することになった。
ざわめく村の中で誰かが言った。
神イナンナが来た、と。
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