日常崩壊〜〜古強者動く〜
「はぁ……バッテリーが見つかったから、ここで通信を待っていれば助かると思ったが……。流石に、数十メートルもある巨人みたいな化け物に襲われたら、こんな民家なんて一瞬で潰されちまうな」
カンラは忌々しげに窓の外を一瞥し、重い溜息をついた。
「そうですね……」
このままここに隠れていても、いずれあの怪物に踏み潰されるか、見つかって殺されるだけだ。何か、何かないのだろうか……。
ハッ!
「軍人さん! そういえば、湖から水が溢れてきた時なんかに避難するための『高台』が、この村にあります!」
「馬鹿か。そんな高いところに登ったら目立ちすぎて、化け物どもに『殺してくれ』って言ってるようなもんだろうが」
カンラは呆れたように吐き捨てた。
「いや、違うんです。その高台には、緊急避難用の『船』が備え付けられているんです」
「……船、だと?」
カンラの色が変わる。
「ああ……確かに、西の橋が軍に封鎖されている以上、現状この森から外部へ脱出する手段は船以外にないな」
『――ピーッ、ガガッ』
次の行動の糸口が見えたその時、カンラの胸元で無機質な電子音が鳴った。復旧した通信機だ。
「ちょっと待て」
カンラは僕を手で制し、通信機に耳を傾ける。
『伝令、特殊部隊員カンラへ。当該区域の状況が、もはや人智を超えた領域にあるとの報告を受けた。これより、上層部は【コード07】の投下を決定する。貴君には詳細な状況報告の義務があるため、西橋に完全隔離車両を用意している。直ちにそこへ向かい、乗車せよ』
「やった……!」
僕は思わず声を弾ませた。
「その車に乗れば、僕も一緒に助けてもらえる!」
「……喜ぶのは早い。それより、この『コード07』の決定のほうが深刻だ」
カンラの顔には、一切の希望がなかった。むしろ、化物と対峙した時よりも深い絶望が刻まれているように見えた。
「コード07……? 何なんですか、それ」
「……簡単に言えば、核兵器だ。だが、通常のものより威力が桁違いに高い。この森や島くらいだったら、一瞬で完全に吹き飛んで地図から消え去るだろうな」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
(そんな……母さん……!)
あの場から消えてしまった母さん。生きている保証はない。それでも、この爆弾が落ちるまでに、母さんを見つけて助け出さないと、本当にすべてが灰になって終わってしまう。
「その爆弾……あとどれくらいで落ちてくるんですか!?」
僕はすがるようにカンラに詰め寄った。
「そうだな……。特殊兵器の輸送と安全確認、上層部の手続きにも手間取るだろう。投下までには早くても『一週間』はかかるはずだ」
一週間。
長くて短い、僕たちに残された最後の猶予。
「よかった……。一週間、それだけあれば!」
でも、どこを探せば……」
「東だ。俺はあっちに生存者がいると踏んでいる」
カンラはそう言って、煤けた窓の外を指さした。
「さっきからあの化物が、東の森で何かを追い回すように暴れている。獲物が逃げ回っている証拠だ。少なくとも、あそこに誰かがいる可能性は高い」
「確かに……行ってみましょう」
「ああ」
短く応じると、カンラは手際よく装備を整え始めた。その無駄のない動きに、ダルクは意を決して問いかけた。
「……こんな時に聞くことじゃないかもしれませんが、あなたのお名前は?」
「カンラだ。……お前は?」
「……すみません」
ダルクが言葉を濁すと、カンラは追及することなく、ただ短く頷いた。
「……事情があるようだな。いい、行くぞ」
「はい、カンラさん」
二人は静かに民家を抜け出し、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れた。
どれほど歩いただろうか。不意にカンラが鋭い動きで歩みを止め、ダルクを制した。
「止まれ」
「どうしたんですか、カンラさん……」
「……例の鬼だ。息を殺せ」
前方の暗がりに、あの「鬼武者」が佇んでいた。
その口から、およそ人間のものとは思えない、おぞましい掠れ声が漏れ出す。
「アワ、……ガフッ……ッガ、……アァ……。わかっておるぞ、餓鬼共。あの女の力はあまりに安直。鼻をつくほど分かりやすいからな」
「……今、あの鬼、何か言いませんでしたか?」
ダルクが震える声で囁く。しかし、カンラは前方の脅威から目を逸らさず、低く答えた。
「……気のせいだ。気にするな」
その直後だった。
「――断ッ!」
凄まじい衝撃音と共に、カンラの目の前にあった大木が、まるで紙切れのように一刀両断された。




