日常崩壊〜対抗の始まり〜
もう何時間走り続けただろうか。
なんなんだ、あの怪物は。数秒前までそこにいた母さんが消え、入れ替わるようにあの場所に出現した。まさか、母さんが……。いや、違う。そんなわけがない。
逃げなきゃ。あの化け物は、僕が見ている間にもどんどん巨大化していた。今や数十メートルはある巨躯となり、森を見下ろしている。
「そうだ、この先に民家があったはずだ。あそこに逃げ込めば、ひとまず距離を取れる!」
僕は必死の思いで、村の北にある民家へと向かった。
扉を叩き、中へ滑り込む。
「すいませーん! 誰かいませんか!?」
返事はない。僕は藁をも掴む思いで、奥の一室を勢いよく開けた。
「何者だ!」
鋭い声と共に、暗がりから銃口が突きつけられた。部屋の中にいたのは、一人の軍人だった。彼は全身を強張らせ、僕を鋭く警戒している。
「ここの村民です! あなた、軍人さんですよね。助けてください、この森から出たいんです!」
「……住民だと? それなら俺より出口に詳しいはずだ。こっちが教えてほしいくらいだ」
「違うんです。村の西にある橋を、他の軍人たちが占拠しているんです。説得して、僕達を通してもらえるようにしてもらえませんか?」
「無理だ」
軍人は吐き捨てるように言った。
「今、この島では未知のウイルスの感染が疑われている。そのため、俺を含めた全員の脱出が禁じられているんだ」
「そんな……ウイルスなんてありませんよ! みんな、さっきまで普通に――っ」
言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。さっき見た、母の消失と怪物の出現。
「……ふむ。途中で言い淀んだってことは、何か心当たりがあるようだな。少し情報を交換しないか? 一般人には秘匿すべき情報も含まれているが、今はそんなことを言っていられる状況じゃない」
そう言って、軍人――カンラは重い口を開いた。
【回想】
「特殊部隊員カンラよ」
「はい。何用でしょうか」
電子音が鳴り響く司令部。上官の声が冷たく響く。
「例の『怪物化事件』については知っているな」
「ニューネークで発生した事件のことですね。存じ上げております」
「あのような事件が全米各地で頻発している。そして、その変異者たちの共通点が、ある特定の『森』の出身者であることなのだ」
「なるほど。それで、私に何を?」
「単刀直入に言う。その森に潜入し、原因を突き止めてもらいたい」
「了解しました。人数と期間は」
「部隊を丸ごと一つ貸し出す。期間は一ヶ月だ。その後、西にある橋で合流する。それでいいな?」
潜入当日。ヘリの機内は、どこか楽観的な空気が流れていた。
「じゃあ、行ってこいよ。野郎ども」
「ああ、任せとけ」
パイロットが軽口を叩く。
「お前らを投下したあと、基地に戻って一人で一杯やるのが楽しみだぜ」
「ふふ、俺たちが帰るまで待ってろよ」
「だまってろ。……よし、時間だ。投下開始!」
俺たちは次々と森へ飛び出した。
ちょっとした旅行気分ですらあった俺たちが、一人残らず惨殺されることになるとは、この時は思いもしなかった。
【回想終了】
「……現状はこんな感じだ。その後、俺たちを送り届けてくれたヘリも、鬼のような仮面を被った奴が投げた刀によって墜落した」
カンラの告白に、僕は息を呑んで応えた。
「僕は、さっき話した出口の近くで、数十メートルはある『人形の化け物』を見ました。目まで大きく裂けた口をした、不気味なやつを……」
「……この時点で、この森には少なくとも二つの怪物がいることが判明したわけだ。刀を使う『鬼武者』と、巨大な『人形』か」
カンラは銃を強く握り直した。外では、またあの不快なノイズが響き始めていた。




