日常崩壊〜森の進化と希望との出会い〜
(確か、さっきのループではあの怪物はあそこにいたはずだ……)
記憶を頼りに慎重に歩みを進めると――いた。
「……何をやっているんだ?」
木々の隙間から覗き見ると、鬼武者の足元に村民が横たわっていた。助けなければ。そう直感し、反射的に駆け出そうとしたその瞬間だった。
『――ドサッ』
鈍い音と共に、目の前の村民が「袈裟斬り」によって鮮やかに真っ二つに分断された。
「はぁ、はぁ……っ!」
絶望的な実力差。見つかれば、今度こそ確実に殺される。
(やっぱり無理だ。俺にはできない、帰ろう……)
軍人としての誇りすらも、圧倒的な死の予感に塗りつぶされていく。
『――ゔぁぁぁぁーん!!』
また、あの咆哮だ。
あの怪物が発しているのかと思ったが、音の方向が違う。北の端にいる俺の耳に届いたのは、森の右端――湖の方角からの響きだった。
(まさか……もう一体、別の『何か』がいるのか?)
恐怖で足がすくみ、思考だけが空回りする。だが、幸か不幸か、その隙に鬼武者は音も立てずにその場から姿を消していた。
「い、今のうちにバッテリーを……!」
この広大な森で、どこにあるかもわからぬ予備電池。しかし、俺は導かれるように「下降ポイント」へと向かった。
そして、それはあった。
積もった落ち葉の上に、場違いなほど唐突に置かれたバッテリー。
「……あった。これで、民家で通信して待機すれば、いつか帰れる」
希望を掴み取ろうと、バッテリーへ手を伸ばした。
『――ガシャン!!』
「いっ、痛ええぇっ!!」
凄まじい衝撃が足を襲った。トラバサミだ。なぜこんなところに? 猟師の仕業か?
いや、違う。そう直感した時には、俺の身体は「奴」に掴み上げられていた。
「……お前は、斬ったはずだ」
鬼武者が、喋った。
「あ、ああ、あああ……き、きき、ききいっ……!!」
パニックに陥った俺は意味を成さない悲鳴を上げる。目の前の怪物は、俺が殺された記憶を持っているのか?
「……あの『女』の力か。また殺しても復活するのか?」
鬼武者は俺を値踏みするように見つめる。その手首には、不気味なドクロのマークと、『659721』という謎の数字が刻まれていた。
「あの女だと……? 知らねえ、離せっ!」
「……まあいい。とりあえず、殺すか」
無機質な言葉を最期に、世界が反転した。
首をはねられた俺の意識は、再び闇へと放り出された。
『……うーん。少しも進まないから、面白くないわね』
暗闇の中で、あの女の声が退屈そうに響く。
『いいわ。バッテリーだけは、持たせてあげましょう。……次は、もう少し楽しませてね?』
「ハッ……!」
また、あの冷たい畳の匂いと、静まり返った民家の空気が俺を迎え入れた。
何度目かの回帰。だが、今回は決定的に「異常」だった。
(……重い?)
握りしめた右手に、確かな重量感と冷たい金属の質触があった。恐る恐る手を開くと、そこには先ほどのループで死に際まで追い求めていた、あの予備バッテリーが鎮座していた。
「あ……あはは……あった。持ってる、俺、持ってるぞ……!」
本来、死と共に失われるはずの物品。それが手元にあるという事実は、物理法則を超えた何者かの介入を意味している。だが、今のカンラにそれを疑う余裕はなかった。
これでもう、あの狂った鬼武者が潜む森へ戻らなくてもいい。
あの怪物に怯えながら落ち葉を漁る必要もないのだ。
「これで……やっと、連絡が取れる。ここから出られるんだ……」
張り詰めていた緊張の糸が、音を立てて切れた。
数えきれないほどの死、首をはねられた衝撃、胸を貫かれた痛み。それらの精神的負荷が、一気に泥のような眠気となって押し寄せてくる。
カンラはバッテリーを胸に抱きしめたまま、崩れるように床に倒れ込んだ。
(次に目が覚める時は……この呪われた森の外であってくれ……)
薄れゆく意識の端で、彼はただそれだけを願った。
それが、残酷な「観測者」によって与えられた、束の間の休息であるとも知らずに。




