鬼哭啾啾〜頼れる背中を追うために〜
「ここは、どこなんだろう……」
カンラと引き離され、あのおぞましい「エラー」という宣告を受けてから、どれほどの時間が経ったのか。
少年の震える声は、無機質な壁に跳ね返り、冷たく消えていく。
「カンラさんに会いたい。……一人は、寂しいよ」
胸の奥をかき乱すのは、底なしの不安と孤独だ。
会いに行かなくては。ここを抜け出して、あの湿った土の匂いがする森へ戻らなくては。けれど、今の彼にはその手段も、自分がいま世界のどこにいるのかを知る術もなかった。
少年は今、天井から床まですべてが鈍い銀色の鉄に覆われた、四角い小部屋に閉じ込められていた。
窓もなければ、隙間もない。呼吸をするたびに、自分の肺が冷え切っていくような錯覚に襲われる。
「でも、出るためには……あのドアしかないよね」
唯一の希望、あるいは絶望への入り口。
少年の目の前には、装甲車のように分厚く、重厚な鉄の扉が沈黙を守っていた。
「無理だ……開ける方法なんて、どこにもない」
少年は膝を抱え、冷たい床に顔を埋めた。
きっと、カンラさんが助けに来てくれる。あの強くて不器用な背中が、この絶望を打ち破ってくれるはずだ――そんな、淡い希望に縋り付くようにして、少年は深い眠りへと落ちていった。
数時間後。
『――自分で切り拓け。お前にならできる。今のお前なら、できるはずだ』
「はっ……! 夢、か……」
脳裏に響いたのは、突き放すようでいて、背中を押してくれるようなカンラの声だった。
怒られちゃったな、と少年は苦笑する。いつまでも助けを待つだけの「守られるだけの子供」のままでは、この過酷な世界では生きていけない。
「……やってみるよ、カンラさん」
無理だとは思う。けれど、自分を変えるための最初の一歩として、少年はあの重厚な鉄の扉に両手を添えた。
――スゥ……。
「えっ……開いた?」
力を込めるまでもなかった。装甲板のように見えたその扉は、まるで紙細工のように軽く、子供の力でも呆気ないほど滑らかに開いたのだ。そのあまりの軽さに、少年は言いようのない不気味さを覚える。
「ここは……地下……?」
部屋の外に広がっていたのは、薄暗く、どこまでも続くような長い廊下だった。
ふと見れば、廊下の奥から微かな明かりが漏れ出している。
「あれ……? 何か、奥の方に……」
吸い寄せられるように、少年はその光の方へと歩き出した。その先に何が待っているのか、それが救いなのか、あるいは更なる深淵なのかも知らぬまま。
「3、2、1……。予定通りだ。ようこそ、我が研究所のメインルームへ。『F-5』くん」
光の先、部屋の中心で待ち構えていたのは、一人の男だった。
名前ではなく、無機質な記号の羅列で呼ばれたことに、少年の全身に冷たい戦慄が走る。
「……なんで、僕の名前を? あなたは誰? それに……ずっと僕を見張っていたの?」
「俺はこの研究所の所長だ。……ずっと見張っていたのかという質問に対しては、『いいえ』だな」
「嘘だ! ずっと見ていなかったら、僕がここに来るタイミングなんてわかるはずがない!」
少年の叫びを、男は感情の欠片もない瞳で受け止める。
「本当のことだ。それが真実だよ」
「そんなわけ……」
「本当に、『見て』はいないのだ」
何なんだ、この人は。
得体の知れない、奇妙な静謐さを纏った男。敵意は感じられない。だが、その言葉には、抗いようのない「絶対的な確定事項」を告げるような重みがあった。
「だが、この時間に君に起きていられると不都合でね。……今の君は、まだその『力』をコントロールできていない」
男が静かに右手を上げた。その先には、黒光りする銃口が少年の眉間を捉えている。
――バンッ!!
乾いた音が、円形の広間に反響する。
熱い衝撃。視界が急速に反転し、真っ白なノイズに塗り潰されていく。
自分が流したのか、誰かのものなのかも分からぬ血の匂いを感じながら、少年の意識は深い暗淵へと突き落とされた。




