探求せしもの〜森を学び、操る術を〜
時は、カンラが研究所に立ち入る数時間前まで遡る。
「……これも、だめか」
無機質な白磁のタイルに囲まれた研究室で、所長の声が冷たく響いた。
端末のモニターには、理解を絶する速度で流動するバイナリデータと、森の数々の怪物のものと思われる複雑な遺伝子コードが映し出されている。
「あまりにも、人間の常識を超えすぎているな」
所長は眼鏡の奥の瞳を細め、思考の海に沈んだ。
彼の脳内で行われる超高速の暗算ですら、この『被検体』の全貌を解析するには8割が限界だった。残りの2割――そこに潜む「不確定要素」こそが、この世界の理を覆す鍵なのだ。
だが、彼と同格の演算速度と正確性を併せ持つ量子コンピューターは、この閉鎖された地下施設には存在しない。
「……一芝居、打つとしようか」
薄く笑みを浮かべ、所長は細長い指先でコンソールを叩いた。
画面上では、封鎖されていた各フロアのゲートが次々と開放され、休眠状態にあった「実験体」たちのステータスが「Active」へと書き換えられていく。
「化け物の一匹や二匹、外に放っておけば、軍部は出し惜しみせずに金を注ぎ込む。恐怖こそが、最も効率的な投資の呼び水だ」
モニターに映る森の影、そしてそこへ足を踏み入れようとするカンラの姿を眺めながら、男は低く、歪んだ声を漏らした。
「くく……。は、は、は、は……!」
狂気に満ちた笑い声が、誰にも届くことなく冷たい回廊へと吸い込まれていった。




