鬼哭啾啾〜1体目との遭遇〜
「どこまで続くんだ、この廊下は……」
数時間は歩き続けたはずだが、階段はおろか、階下へ続くエレベーターの気配すらない。侵入者の精神を削るために設計されたかのような、あまりに単調で、あまりに長い回廊。
――ペタ。ペタ。ペタ。
静寂を切り裂き、廊下の先から「音」が響いた。
湿った何かが鉄板を叩くような、不気味な足音。
「何者だ!」
軍人として叩き込まれた本能が、思考より先に体を動かす。カンラは即座に廊下の角に身を潜め、銃のサイト越しに音の発生源を凝視した。
――ペタ。ペタ……。ペタ。
「止まれ! それ以上近づけば撃つぞ!」
警告は無視された。足音は迷いなく、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
「3……」
「2……」
「1……!」
――ダダダダダダダダダッ!!
マズルフラッシュが暗闇を切り裂き、爆音とともに薬莢が鉄の床に弾ける。カンラは音のする方向へ向けて、正確に全弾を叩き込んだ。
弾倉の最後の一発を撃ち尽くすと同時にリロードを完了させ、硝煙の向こう側へと駆け寄る。
「……なんだ、これは」
廊下のど真ん中に、それは横たわっていた。
真っ黒な、人型の異形。全身が蜂の巣のように撃ち抜かれ、体からはどす黒い液体が溢れ出している。
「化物……。やはり、あの森の奴らはここから流出していたのか?」
答えを出す暇はなかった。
――ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ!!
「な、何だと……!?」
先ほどの発砲音が合図になったのか。
廊下の奥、闇の向こう側から、無数の「湿った足音」が雪崩のように押し寄せてくる。
「な、何体いやがる……!」
響き渡る音の奔流。少なくとも、数百。
一人きりの弾薬では到底捌ききれない死の群れが、カンラを飲み込もうと迫っていた。
――ダダダダダダダッ!!
吐き出される火薬の光が、鉄の回廊を断続的に照らし出す。撃っても、撃っても、闇の向こうから這い出してくる黒い影が減る気配はない。
「くそっ、なんなんだ、こいつらは……!」
不幸中の幸いか、奴らの攻撃は噛みつきや引っ掻きといった、獣じみた原始的なものに限られていた。あの「鬼」のような、理不尽なまでの戦闘力を持つ個体が混ざっていなかったことだけが、今のカンラを辛うじて繋ぎ止めている。
だが、このまま足を止めて迎撃していても、化け物の数より先に弾薬が底を突くのは明白だった。
「……奇跡に賭けて、廊下を走り抜ける。それしかない」
カンラは腰のポーチから手榴弾を引き抜き、迷いなく前進方向へと放り投げた。
――ドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が狭い廊下を駆け抜け、前方を埋め尽くしていた怪物の大半が肉片となって吹き飛ぶ。しかし、それほどの爆圧を受けながらも、研究所の壁や床には傷一つついていなかった。
「……なんて硬さだ。化け物だけじゃなく、建物まで異常かよ」
驚愕を押し殺し、カンラは爆炎の中を突き進んだ。
――ペタペタペタペタペタペタペタペタ!!
背後からは、生き残った無数の足音が執拗に追いすがってくる。心臓の鼓動が早まり、肺が焼けるような熱を帯びる中、暗闇の先に「それ」は見えた。
「あった……エレベーターだ!」
滑り込むように乗り込み、迷わず「B3」のボタンを叩きつける。
扉が閉まるまでの数秒間、カンラは迫りくる群れを撃退しようと銃口を向けた。しかし、そこで奇妙な光景を目にする。
猛スピードで突進してきた化け物たちが、エレベーターのわずか1メートル手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのようにピタリと足を止めたのだ。
「……なんだ? なぜ追ってこない」
奴らは飢えた獣のような声を上げながらも、その「境界線」から先へは一歩も踏み出そうとしない。まるで、その先に自分たちよりも遥かに恐ろしい「何か」が君臨していることを知っているかのように。
「……なんなんだ。この先に、何があるっていうんだ?」
冷たい戦慄が背筋を走り抜ける。
扉が閉まり、カンラの意識を乗せた箱は、さらなる絶望が待つ深淵へと静かに沈んでいった。




