日常崩壊〜終演〜
井戸の底には、このレンガ造りの町には似つかわしくないエレベーターがあった。
「このまちには、似つかわしくないな。」
異質な雰囲気をもったこのエレベーターはこの先に少年がいるということを、確信させるのは容易かった。
「ダン」という重苦しい閉鎖音と共に、エレベーターは沈んでいった。
扉一枚を隔てた先にあるはずの森のざわめきも、湿った土の匂いも、今はもう届かない。カンラを包んでいるのは、潤滑油の焼ける臭いと、耳を圧迫するような人工的な静寂だけだった。
「……ここが、軍の心臓部か」
銃を構え、指をトリガーにかける。
この先に待つのは、国を揺るがすようなスキャンダルか、あるいは人知を超えた悪夢か。どちらにせよ、あの少年を消した「エラー」の正体がここにあることだけは確信していた。
【空白の数日間:少年の彷徨】
時は、カンラが地下に降りる数日前まで遡る。
「ここは、どこ……? カンラさんは?」
頭が割れるように痛い。脳の内側で巨大な鐘を打ち鳴らされているような、不快な振動が止まらない。
あの日、耳をつんざくサイレンが鳴り響き、カンラさんの顔が歪んで見えた……そこから先の記憶が、まるで焼け焦げた写真のように抜け落ちている。
「森じゃない。……冷たい。なんなの、この場所」
手を触れれば指の熱を奪っていく、鉄の壁。
どこまで歩いても景色が変わらない。化け物の気配はしないが、代わりに「生きている人間」の気配も微塵も感じられなかった。
「カンラさんに、会いたいよ……」
少年の呟きは、冷たいダクトを伝って虚しく響くだけだった。彼はまだ知らない。自分が今、この世界の苗床である、最深部に囚われているということを。
【地下2階:冷徹なる研究室】
「チーン」
無機質な電子音と共に扉が開く。
B2フロア――そこは、カンラの想像を絶する光景だった。
「一面の、鉄か。まるで巨大な棺桶の中に放り込まれた気分だな」
目の前には、どこまでも続くかのような一本の長い廊下。
等間隔に埋め込まれた青白い照明が、磨き抜かれた床に自身の影を長く伸ばしている。奥の方は暗闇に溶け込み、そこから何かがこちらを覗いているのではないかという錯覚を抱かせた。
カンラは慎重に一歩を踏み出した。ブーツが鉄板を叩く音が、静まり返った廊下に異様に大きく反響する。
「……研究室、か。何を調べてやがる」
壁に並ぶ重厚な扉には、プレートすらついていない。
だが、その沈黙こそが、ここで語るに堪えない非人道的な行いが行われてきたことを雄弁に物語っていた。
「おそらくだが、まだ地下があるだろうな」
大抵の研究施設や軍事施設は、侵攻を受けた際の防衛力を高めるため、階段やエレベーターが意図的にバラバラに配置されている。
おそらくここも、侵入者の足止めを狙った同様の構造なのだろう。
「このまま進むしか手はないな」
カンラは全神経を研ぎ澄ませたまま、底の見えない廊下を歩み続けた。その背中は、やがて重苦しい廊下の暗闇へと溶け込み、消えていった。




