1章9話 いざ旅立ち
「それで、エーデルワイスだったか?」
ギリアの言葉にエーデルワイスはハイと頷く。ギリアは指をさしながら言う。
「一人で行きゃ良いじゃねえか。なんでわざわざオレ達と?」
その言葉に反応したのは、エーデルワイスではなく、ギリアの横に立っていたベルギアだった。彼女は言い忘れてたわねと笑う。
「王宮の人が5人以上でチームを作るようにって言ってきたのよぅ。大罪宝具を持った人間相手に、しかも生け捕りですものねえ。絶対に捕まえてほしいのね、王宮としても」
「何だぁそれ、そんなの無視でいいじゃねえか」
うーん、と科を作りながらベルギアは言う。
「国境を越えるためには5人以上必要なのよう。別なルートで国を出る方法もあるにはあるけど、面倒だし時間が掛かるでしょう? いいのう? 他の人に先を越されちゃうわよう?」
「うっ……なるほどなあ。だから騎士様はオレの同行を認めたってわけかい?」
じと目で見つめてくるギリアをベロニカは軽くスルーして答える。再びエーデルワイスに向き合ったギリアは納得した様に頷いた。
「構わないだろ。オレだけで決める事でもないが、ここの連中は全員出会ったばっかだ。1人増えようが変わんねえよな?」
その言葉に全員が頷く。それを見てエーデルワイスが嬉しそうにお礼を言った。
「ありがとうございます! 僕の事はエディと呼んでください!」
「そうかい、よろしく、エディ」
スラリと伸びた背の高い体を大きく前に倒しお辞儀をするエーデルワイスに対して、ベルギアは嬉しそうに反応した。
「良いわねえ。なんか初々しいわ」
てめえは基本誰でも良いんだな、と苦笑したギリアに、そんなわけないじゃない、とベルギアは笑う。
「嫌よ。基本男しか狙わないわぁ。あなたはムカつくから狙ってるだけだしぃ。良いじゃない、歓迎よう。こんな美青年。素晴らしいわ!」
そう言ってベルギアはエーデルワイスに抱き着く。エーデルワイスの身長は、ベルギアを始め、この部屋の誰よりも高いので、ベルギアはエーデルワイスの胸に飛び込む形となった。
「……あれ?」
抱き着き、戸惑ったような声を上げるベルギアに向かって、呆れながらギリアは言う。
「……そいつ女だろ」
その言葉に、ロベリアとベロニカも少なからず驚いたような顔をする。同時にベルギアはエーデルワイスの胸に手を当て、
「ある」
とだけ呟いた。
戸惑ったようにギリアの方を振り向きながら、ギクシャクとした動きでベルギアは言う。
「だって、こんなに背が高いのよ? なのにこんなに胸がぺったんこで、何か巻いてるとかじゃないの! 声だって、男性っぽいじゃない!」
「確かに男性にも女性にも聞こえるな。胸の事は言ってやるなよ。アンバランス過ぎるが……」
「そんな残念な物を見る目で僕の胸を見ないでください!」
エーデルワイス(主に胸部)に憐みの視線を向けるベルギアとギリアに叫ぶ。そんな彼女の肩を叩いたロベリアは、微笑みながら
「これからですっ!」
とだけ言った。
「追い打ちじゃないですか!?」
「そう気に病むな。動きやすそうで良いじゃないか」
「それもフォローになってませんよね!」
おそらく本音であろうベロニカの言葉にエーデルワイスは叫ぶ。それを見てギリアはくすくすと笑い、緩やかな動作でエーデルワイスを指さした。
「決まったな。ここでのあんたの立場」
「決まっちゃったわねぇ」
「はい、決まってしまいました」
頷く3人。ベロニカは小さく首を傾げたが、それは無視した。
「けど、国境なんて越える必要あんのか?」
何事も無かったかのように軌道修正したギリアに、立ち直ったエーデルワイスが答える。
「あれ、目的地知らなかったんですか?」
「さっきまで寝てたんだよ」
ギリアに枕を投げつけられながら、エーデルワイスは話を続ける。
「目的地は『世界の中心』です。……えっと、この地方ではなんて呼ぶんでしたっけ?」
「『始まり場所』よぅ」
「私の地方では『神の塔』と呼ばれています」
ベルギアとロベリアの言葉に、ギリアは納得した様に頷いた。
このギリアの生まれた世界と、元々住んでいた世界の相違点を述べようとした場合、まず最初に上げるべきは、宗教がほとんど1つしかないという点だろうか。この世界の、属性と呼ばれるものも、そこからの話となっていく。しかし、もとからそういった話に興味が無く、なおかつこの世界でまともな教育を受けていなかったギリアは、聞いた事があるな、程度にしかわからなかった。
「じゃあ目的地がわかったところでとっとと向かうとするか。急げば馬車に間に合うだろ? んで、馬車の中でその目的地の話聞かせてくれよ。オレそういうのあんまり詳しくないんだわ」
そう言って、ギリアは扉の方へと歩いて行った。
基本的な町同士の移動には馬車が用いられる。大昔からずっと馬車らしい。ロベリアの案内するままに、集団で移動するための公共の大型馬車に乗り込んだ5人は、端の方に固まって座っていた。
「なんだよ。ダチュラ行きかよ。そっかそっか」
馬車の行先を、妙に安心した様子で1人呟いたギリアに、からかう様にベルギアが言う。
「何よぅ。知らない場所に連れて行かれるんじゃないかと思ってひやひやしたのかしら?」
「そういうわけじゃねえよ」
ダチュラと呼ばれる街に行き、そこで一泊し次の街へ向かうらしいという話を聞き、苦笑した様にギリアは答える。
「今回の大罪宝具の情報。ダチュラの人間から聞いたんだよ。まあ、色欲のじゃあなかったけどな」
「なるほどねえ」
頷いて納得した様子のベルギアを見ながら、ロベリアは首を傾げて尋ねる。
「ダチュラの街にお知り合いがいらっしゃるんですか?」
「あら、あなたって見るからに良いとこのお嬢様って感じだものねぇ。ダチュラがどういった街かご存知かしら?」
「いいえ、知りません。ベロニカはどうです?」
「すいません。私もその知識は御座いません。……ギリアの出身地か?」
ロベリアとそれ以外には口調を変えるベロニカの様子を、少し可笑しそうに見ながらギリアは首を横に振る。
「僕も知らないですね。あの闘技場に来るまでの間にあった街ではあるんですけど、入らずに来ましたから」
あらあら、とベルギアは笑う。それと共に両腕を大きく広げながらギリアが答えた。
「ダチュラはこの国最大の歓楽街だ。オレはこれでも大罪人『色欲』だからなぁ、あの街じゃ良くしてもらったのさ」
「……歓楽街」
エーデルワイスがごくりと唾を飲む。それに対し、なんだよ気になるのか? とからかうようにギリアは笑った。あわてて顔を赤くしてうつむくエーデルワイスの横でロベリアが問う。
「どういった街なんですか?」
ロベリアの言葉にベルギアは良い街よぅと答える。
「ただ、ちょっとうるさいかも知れないわねえ」
「賑やかな街なんですか?」
「高級な方は壁が厚いんだが、安い方とか普通の宿屋は壁が薄いんだよ。しかもそこらへんの人間は無節操だからな。昼間でも関係なく声が響く」
ギリアの言葉に、エーデルワイスは顔を真っ赤にし、ベロニカは首を傾げ、ロベリアはなるほどと頷いた。
「それでも昔に比べれば安全になったって話だが、今でも夜の女性の1人歩きは危険らしいからな、夜は極力1人で出歩かないようにな」
「怖い街ですね」
エーデルワイスの言葉にギリアは笑いながら言った。
「エディは狙われねえよ」
「むしろ女性に狙われないように気を付けてよぅ?」
「失礼な話ですね! 僕もナンパされまくりますよきっと!」
横から入り込むようにベロニカが口をはさむ。
「気になったんだが。何故『僕』なんだ? 女っぽく見られない原因の1つじゃないか?」
「そうそう! 私もそれに引っかかったのよう! まったく紛らわしいのよぅ」
「そ、それならギリアさんの『オレ』だって変じゃないですか!?」
指をさしながら叫ぶエーデルワイスに、腕を組むようにして下から胸を持ち上げ、強調してみせたギリアは答える。
「ふふん、オレはどう見たって女だろう?」
「……ぐっ、小癪な真似をしてきますね!」
「今のギリアさんのポーズ、2ときめきポイントくらい入りました!」
意味不明なことを言うロベリアにチョップを軽くしながら、ギリアはエーデルワイスが話し始めるのを聞いた。
「僕の生まれた家は、どちらかというと裕福な方だったんです」
エーデルワイスの生まれた家は、子宝に恵まれず、エーデルワイス1人しか生まれなかった。このままではエーデルワイスを嫁に出すしかなくなってしまい、どこか良家の娘を嫁に迎え、更に家を大きくするという選択肢が取れなくなったエーデルワイスの両親。
その地域では婿養子は良いものではなく。また、1人しかいない子を嫁として手放してしまうのも両親は拒んだ。そこでエーデルワイスを男として育て、誰かを嫁に取ろうというアイデアを出したのだった。
ギリアの元住んでいた世界では通用しないような考えだったが、この世界ではあまり珍しくないものだった。それにベロニカは疑問の声を上げる。
「しかし、その育てられ方にしては少々女性として自分を意識し過ぎではないか?」
「そうかもしれません。けど僕は途中から女性として育てられたんです。たぶん、この性格はそれが理由です」
ターニングポイントはエーデルワイスの住んでいた街が大罪人『憤怒』によって滅ぼされたことだった。
「生き残った僕は母の親類の家に転がり込むことになりました。けどその家は、僕を女性として育てようとした」
育て方の急激な変化。周りの反応が違うのだ。今まで男性と扱われていたのに、突然女性として扱われ始める。
「どっちの仕草をすればいいのかも僕にはわかりませんでした。それで、気が付いたらこんな感じに育っていました」
「なるほどな。もう1つ気になったんだけどよ。あんたは何でわざわざ旅に出たんだ? 一応新しい家族もできたんだろう?」
ギリアが質問する。小さな窓以外からはまったく外の景色が見れない馬車の中、息の詰まりそうな空気の中でエーデルワイスは答える。
「父の望みは、僕が勇者になる事でした。それによって自分の家をより大きくしようとしていました。ならば、僕も自ら勇者までなって、無くなった家を復興するのが親孝行かと。……それに、復習もしたいですからね」
ただ、僕は弱いんです。と続ける。
「地元の闘技場でもめったに勝った事なんてないです。僕の実力不足は明白で、それをなんとかしたくて。今回だって、あなたがたの戦い方から何か盗めないかなと思ってお願いしたんです」
馬車が大きく2度揺れる。座りながら両手をつきバランスを取り、それぞれなるほどと頷いた。
「めんどくさそうな感じだけど良いんじゃなかしらぁ? まあ頑張ってちょうだいな」
ベルギアは笑いながら言った。ギリアは考えながら聞く。
「勇者ってのは、何だっけ?」
「大罪人みたいなもんよう。丁度良いわねぇ、私たちの目的地もそこに関係してくるし、これからレクチャーしてあげましょうか」
人差し指をぴんと上に立てながら、ベルギアは楽しそうに説明を始めた。
「まずはこの世界の始まりと言われている由縁からかしらぁ?」
そうですね、とエーデルワイスが引き継ぐ。
「ここは僕の方が良いでしょう。勇者の話しも出てきますから」
それでは、と軽く咳払いをして声を整えたエーデルワイスが説明を始めた。
「この世界の創造には、3人の人物が登場します。勇者と呼ばれる男性と巫女と呼ばれる女性、そして始まりの女神様です。勇者と巫女の活躍により、女神様はこの世界を創ったと言われています。そのような事が起こった場所であるとされる事から、あの場所は『始まりの場所』と呼ばれているらしいですよ」
「そう、それが始まりらしいのよう。もう何千年も前の話しなのに、どこで聞いてもこれ以外の世界の始まりの話しなんて出て来やしないわぁ」
彼女等の話しでは、ギリア達の目的地は世界の始まりの場所であるとの話だ。ギリアはその言葉に最早理解できるかの若干の不安を感じつつも続きを聞く。次の話しはロベリアが始めた。
「それでは次は私が。まずは神々の時代の話しから」
楽しそうにロベリアは、まるでお伽話を読み聞かせるように話し始める。何がそんなに楽しいのかと疑問に感じながら、理解しようとギリアは耳を傾けた。
「始まりの女神様によって、世界が生まれました。これによって最初に始まったのが神々の時代です。まず最初に幸運の女神様。彼女が生まれたことによって世界は幸運で満たされたそうです。それから様々な女神と男神が生まれました」
知恵、変化、愛、といくつか指折り数えながら例を挙げていく。
「生まれる度に、その要素が世界を満たしていきました。今で言う属性の原点となる神々はこの時点で全員生まれていたそうです。そして神様と人間たちの幸せな暮らしは続きます。その時代には、死というものは存在しなかったそうです。しかし、それは神話の時代の終わりを告げに生まれます」
そこでロベリアは一息つき、若干の間を置き話を再開した。
「生まれたのは、終焉と再誕を司る女神様でした。彼女の登場によって、彼女以外の全ての神々は死んでしまいました。そうしてこの世界には死が生まれたそうです。1人残った女神様は悲しみ、泣きました。これが神々の時代の終わりです」
こうやって話すのも面白いですね、と微笑むロベリアを、様になってたぜとギリアが褒める。
「そうですか? それでは、このままもう少し」
この馬車の行先である歓楽街、ダチュラに付くまではまだ随分と時間がある。小刻みに揺れる馬車の中で、ロベリアは話を再開した。
「しかし、この女神様は終焉の女神さまであると同時に再誕の女神でもあったんです。彼女の誕生によって世界の循環システムが完成しました」
「魂の循環、だったか?」
ギリアの言葉にロベリアが頷く。
「そうです。死んだ人の魂は世界に1度消え、綺麗にされてから再び人として生を受ける。これが循環です。つまり魂の絶対数は最初から決まっている、という事ですね」
これだろうか、とギリアは考えた。この循環するシステムの中に、別の世界から来た自分の魂が割り込んだのかと、そう考えた。
「記憶とかはどうなんだ?」
「記憶は肉体の頭部に保管されますから、魂には薄くしか刻まれないんだそうです。魂の分野はどちらかというと性格や性質の方です。だから魂の方の記憶はすべて綺麗にされてしまいます。次の誕生には影響しないそうです」
つまり、誕生の瞬間に割り込んだってことか? と首を捻りながらも続きを聞く。
「しかし性質は同じなのですから、最後に残った女神様はそこ期待をしました。そして『始まりの場所』に高い高い塔を建てました。世界中どこからでも見え、私の元へ来れるように、と。これが『神の塔』と呼ばれる由縁ですね」
そして、と更に話を続ける。
「それから随分と後の話しになりますが、本当にかつての神々の時代の生まれ変わりの人たちが現れ始めたのです。それから、大きな戦争があったそうです。この時代の記述はどれも曖昧で、良くわからないものばかりのようですが……」
世界を揺るがすほど大きな事があったらしいという事は確かなことです、とロベリアが言う。その始まりはモンクスフッドと呼ばれる土地からだったらしいが、ギリアは聞いたことのない場所だった。
「その大きな出来事によって、ほとんどの神々の魂が世界から除外されました。それと同時に、人間たちが今では当然と言われている、属性と能力に目覚めていったそうです。と言っても、本当に僅かな物だったらしいですが、当時は全員に与えられていたものではなかったそうですよ」
「そして、それから長い時を経て、とうとう現れたそうです」
「現れたって、誰がだ?」
「誰って、そりゃあ始まりの女神様の生まれ変わりとされている御方よぅ」
当たり前じゃないの、と言うベルギアは、随分疎いのねえと笑った。
「始まりの女神様の生まれ変わり。その御方の登場によって再び世界が動きました。そのころには、『神の塔』を本部として、始まりの女神を信仰していた教会と呼ばれる組織によってほぼ世界の全てが握られているような状況でした。そんな時代に、実際に始まりの女神様の生まれ変わりが現れたのですから、また大騒動有ったようです。何が起きたのかは私はわかりませんが……」
この出来事によって、始まりの女神を含む全ての神様の魂が世界の循環から抜けたらしい。この女神様の置き土産が、属性なのだと横からベルギアが簡単に説明した。
「私の知っている今回の目的地の知識はこの程度でしょうか。これまでの歴史の重要な事件は、おおよそそこで起きているという場所です。何が起きるのかワクワクしてしまいますね」
そう言い、ロベリアは説明を締めくくった。おおざっぱではあるが、ギリアは目的地について理解する。しかしそこまで聞いて、ギリアは大事なことを聞いていなかったと思い出す。
「なあ、結局場所はどの辺なんだ? ここから遠いのか?」
そうねえ、と少し思案したベルギアが答える。
「ここからいくつかの街を馬車で経由して、国境を越えて少しってところかしら。もう少し近づいたら塔が見えてくるから、ひたすら近づくだけねぇ。何のトラブルも無ければ1ヶ月掛からないんじゃないかしら?」
「そうか、ありがとう。なるほどなあ」
「とりあえず明日馬車がダチュラに着いたら、明後日の馬車で次のにって流れねぇ」
今日は馬車の中で寝るのかと呟くギリアは、じっと堅そうな床を見つめた。
「ダチュラ、楽しみですわ。どんな街なのかしら!」
両の掌を合わせ、嬉しそうに微笑むロベリアに、ベロニカは素直に、エーデルワイスは顔を少し赤くしながら頷くのだった。




