1章8話 大罪宝具とムカつく男
模擬試合は、ギリアの落とした瓦礫の撤去が終了次第行われることになった。担当の者に、本当に軽いものだから安心してください、上と下じゃルールも変わってきますので、と言われ一安心したギリアは、撤去終了を待つことにした。
控室で座りながら先ほどの試合を思い出す。正確には試合終了時、ギリアはヴァイオレットが大罪人に選ばれたことを本能で理解したのだ。
「なんっつうか、不安定になる感じだったな……」
今まで着けていた命綱を気が付かないうちに手放してしまったような不安がギリアを襲う。
「他のやつも感じたのかぁ? 思い違いだったらヤだな……」
自分の想定外の出来事で他人に奇異の目で見られるのは避けたい、ギリアはそう強く思った。だから自分から予防線を張っているのだ。男口調のままなのも、これが理由の一つだ。誰かと親しくなってから中身が男の様だと勘繰られるくらいならば、最初から自分はこういう人間だと周りに示した方が負担が少ない、というのがギリアの考えだった。その生き方も、未だに安定していないあたり、ギリアの情緒不安定さがにじみ出てしまうが。
「もうそろか」
撤去が終わったという知らせを受け立ち上がり、そのまま闘技場のフィールドへと向かう。地上の方はギリアがぶち抜いてしまったので、模擬試合は地下で行われることになったらしい。観客席を見渡しても、観客たちには試合観戦の時の様な緊張感は無い。闘技場の運営の人間もリラックスしたような表情だ。完全に全て終わった状態で、後はもう消化試合の様なものなのだろう。
向かい合う様に立つギリアとベロニカの間に、ずっとギリアの試合を担当していた実況の女性の声が響く。
『さて、それでは今年度の闘技場大会の終了を祝いまして、この闘技場の主であるツリフ様より御挨拶がございます』
その言葉にギリアはツリフと呼ばれた男の方を見る。観客席の中に大きく作られた専用のエリアに、白髪交じりの髪にきっちりとした礼装を着込んだ年齢にして50前後の男が立っていた。その横には半透明な立方体の結界で守られた片刃の大剣が飾られている。ギリアは見上げる形で大きく目を見開いた。
「あれが大罪宝具か……ッ」
ようやく、初めて実物を見る事が出来た。ギリアは思わずにやける口元を隠そうともせず結界の中の体験を見つめる。
『この世界の創生より、最初の勇者が造り、始まりの女神様からこの地にこの大罪宝具が納められ長い年月が過ぎ、今なおこの地を守るこの宝具に感謝と祈りを。そして日々切磋琢磨し、我々の為に戦ってくれている戦士の皆にも感謝を』
お前らの為じゃないけどな、とギリアは心中で呟く。そんなギリアに、横からベロニカが話しかける。
「この後の模擬試合ですが、あなたは怪我をしているようですが?」
ベロニカから声をかけられたことに驚きながらも、苦笑してギリアが返す。
「そうなんだよ。だからオレ本気で行くけど全力が出ないから」
「いえ、本気じゃなくて結構です。どうせ模擬試合ですので」
「あぁ? あんたってそういうのに厳しいのかと思ったけどな」
ベロニカは無表情のまま軽く首を左右に振る。
「いえ、ただ怪我をしたあなたを相手にしても、というだけです」
「ああ、そうかい……」
呆れたようにギリアは溜息をついた。その向こうで、闘技場の主は意気揚々と話を続けている。
『素晴らしい戦いを見せてくれた選手2名は――――』
と、これからギリアとベロニカの戦いぶりについて話を移そうとした瞬間、何か強い衝撃を受けたかのように男は横に大きく吹き飛んだ。
「何だぁ!?」
ギリアは突然の出来事に声を上げながら大罪宝具の置かれている方へと走る。観客席に飛び移ろうとしたとき、ギリアの目に結界の傍に立つ一人の男の姿が映った。金色の髪を持つ男、ジアの姿が。
ジアは結界に腕を叩きつけ割ると、置かれた大剣を手に取った。
「ああッ!?」
その様子を見ていたギリアが叫ぶ。指を刺し抗議の言葉をぶつけ様としたギリアを無視しながら、大剣を高く掲げ、恍惚の表情でジアは闘技場中を見渡した。
「何を」
ジアはそのまま闘技場の主の男に近づき、大剣を男へと向ける。
「何を、大罪宝具がここにあることが貴様の手柄であるかのようにベラベラと長ったらしく話しているんだ? この大罪宝具は俺の物だろうが。それを貴様は、大した傲慢だなあ」
「はぁ!? 俺の? それはオレのだよ!!」
観客席に飛び込んだギリアが、未だ男の首に大剣を向けているジアに向かって叫ぶ。それを聞いたジアは嘲笑うようにギリアを見た後、大剣を見た。
「おい『色欲』。わかっていない様だから言ってやろう。これは『傲慢』の大罪宝具。『傲慢のルシファー』という名の大剣だ。貴様の求める『色欲のアスモデウス』ではない」
「ここまで戦ってきてハズレかよ!」
ギリアの叫びを無視し、ジアは大剣を持ったまま歩き出す。
「……って、ルシファー? なんか聞いたことある名前だな」
ギリアはルシファーという宝具の名前に呟く。もともとあまりそういうものに興味が無かったので詳しくはないが、それでも友人がそういうものが好きだったので会話の中で聞いたことのある名前だ。天使の名か悪魔の名かはギリアは覚えてはいなかったが。最初の勇者も何故このような名前を付けたのだろうか、とギリアは首を傾げる。その間にもジアは闘技場から出て行こうとしている。
「いやいや待てって! つうかお前誰だァ!?」
初対面で突然登場して大罪宝具を持っていこうとするジアに向かってギリアがつっこむ。それに面倒くさそうな顔をしたジアは答えた。
「大罪人『傲慢』のジア、だ。いずれ俺の名前は全世界中に知れ渡ることになるから今は覚える必要は無いぞ『色欲』」
「ああわかった。あんたはムカつく男だな」
そのまま拳を握りジアに向かって殴りかかる。観客席を飛び飛びで進み、加速して拳を振り下ろすギリアとジアの間に黒髪の青年が割り込み拳を受け止める。
「ッ!? テメエは!!」
「ようヒース、遅かったじゃねえか」
すみませんでした、と頭を下げるヒースの姿を見て、ギリアはその見覚えのある顔を息をのんで見つめた。その男は、いつもギリアに試合の際に案内等を行っていた運営側の人間だった。ちなみにですが、とヒースはギリアに向かって言う。
「ここで1つネタばらしをさせて頂きますと、あの闘技場の選手を狙った事件というのは、実は私が起こしていたものだったんです。ジア様に早く大罪宝具を手にしていただく為にもさっさと大会に終わって欲しかったので」
「なら、オレを狙わなかった理由は?」
「『色欲』に死なれてしまっては困るのです」
実に嫌な理由だ、とギリアは思った。この男が犯人だとして、試合の始まる前や、不戦勝を告げに来た時など、チャンスはいくらでもあったというのに、自分を狙わないというのは侮辱だ。
「ようするにあんたらは2人ともオレにとってめちゃくちゃムカつく男ってわけだ。そこ動くなよ、今一発殴る」
「俺を殴るなんて傲慢っぷりもいいのだが、あいにく今は急ぎなのだ。俺がわざわざ殴られる理由もねえし、付き合ってやる義理もねえ」
そう言い、ジアはそのまま闘技場から出て行こうとする。その時、開場中に声が響き渡る。
『さあ大変です! 何と突然の自供により、選手に怪我を負わせていた犯人が判明してしまいました!!』
実況の女性の声と共に、ジアとヒースの眼前に、一人の女性が舞い降りた。右手に拡声の為の道具を握った彼女は、体をくねらせポーズを決めたまま叫ぶ。
『ここで逃がしてしまっては闘技場の女として恥になってしまいます! ああ!! そこで大罪宝具を向けられて無様に腰を抜かしている主様に顔向けできません!!』
おいと小さく抗議の声を上げる闘技場の主の男を無視して女性は続ける。
『さあ! 生きてここから出るつもりなら全力でかかってきなさい!! 相手が男じゃやる気は起きませんが、女性の前です、私も全力で相対しましょう!!』
同時に、運営側の人間が何人も雪崩の様にジアとヒースに向かっていく。
『実況だからって舐めないでくださいよ! 闘技場で働くっていう事がどれだけ大変か、わからせてあげましょう!』
同時に、女性が右手の拡声用宝具に向かって強く叫ぶ。するとその声が波となりジアとヒースに襲い掛かる。
『さあお客様は離れていてください! ギリア様は応援してください私の活躍を!! 勝ったらキスでもしてくださいな! じゃあ、行くわよみんな!!』
おう! という声と共に人垣がジアとヒースに襲い掛かる。それに対し、ジアは大罪宝具『傲慢のルシファー』を構えることで応じた。
「『明けの明星』」
ジアがそう呟くと同時に、『傲慢のルシファー』から眩いほどの光が発せられる。その光に包まれるように、周りの人間たちが次々に切り刻まれていく。
「ッ!?」
傷ついた体を庇いながらギリアは避けるように後ろに跳ぶが、ジアを中心とした光の渦はそのような事はお構いなしにギリアも包み込んでいく。
闘技場内を静けさが満たす。
「なるほどな。まあ、初めてにしては上出来だろう」
確かめるようにして大剣を握り直したジアとヒースの周りには、実況の女性以外の運営側の全員が倒れていた。ギリアも全身を一瞬のうちに切り付けられ、前のめりに倒れ込む。
「この男たちは生きているぞ。もちろん『色欲』もな。今こいつを殺してしまっては全てが水の泡」
ジアは自らが切りつけた人間を見て、実況の女性に言う。
「俺は本当に急いでいるのだ。さあ、選べ。こいつらの治療をすぐにしてやるか、肉壁として一瞬俺の行く手を阻むか」
そのままジアは、ヒース、と短く名を呼ぶ。それに反応したヒースが妙なものを取り出す。取り出した時は立方体だったそれは、瞬時に巨大な板へと変わり、宙に浮く。
「貴様の迷いに付き合っている暇はないのでな」
『行かせるはずか――――』
ない、と言おうとした実況が、大剣の峰打ちによって倒される。ジアとヒースはそのまま宙に浮いた板に乗る。
「これから長旅になるのでな、今貴様などに精力を無駄遣いするわけにはいかないのだ」
これもまた俺の傲慢か、と一人呟いたジアは、舞い上がる板の上で闘技場の人間を見下ろしながら言った。
「では諸君! また近いうちに会おうではないか! その時こそ全ての始まりなのだよ諸君! 楽しみにしていたまえ!!」
遠ざかるジアの声を聞きながら、傷だらけのギリアはゆっくりと意識を手放した。
目を覚ますと、闘技場の医務室のベッドの上だった。急ぎ跳ね起きて状況を確認する。どうやら丸1日経っているらしい。ギリアが上体を起こし、昨日の出来事を考える。
ジアと名乗った男は、ギリアを殺さなかった。今は殺してはならないと言う様な口ぶりだったが、と思案していたギリアの体に影が差す。影の方を向いてみると、そこにはベルギアが経っていた。
「気が付いたみたいねえ」
胸を強調するような前屈みの体勢でベルギアが言う。ベルギアの存在に疑問を覚えたギリアは首を捻った。
「なんでテメエがオレのベッドの隣に立ってるんだよ」
「あなたにお知らせがあったのよう」
「知らせだ?」
そうなの、と頷いたベルギアは、ベッドの端に腰かけながら話を続ける。
「イワニガーナの王宮からの直々の御達しよう。ジアと名乗った大罪人『傲慢』の男を、目的地到着前に生け捕りにしろと」
「色々気になるところはあるが、なんでオレがそんなの受けなきゃなんねえんだ?」
「あなた以外にも、腕に覚えのあるもの片っ端から話しているらしいのよう。よっぽどその目的地とやらに行かれたくないのねえ。それにあなたは受けるんじゃないの?」
ギリアはベルギアの事を見上げるような形でじろりと見やる。
「何故オレが受けるって?」
「あなた、あの男の事めちゃくちゃ殴りたそうじゃない」
自分の事を見透かすような物言いに、少し嫌な気分になりながらも納得した様に苦笑するギリアは、それなら、と急いで立ち上がる。
「急がねえと、他のやつに先を越されたら堪らないからな」
「あらあら、すごいヤル気なのねえ」
うるせえと呟き、ギリアは着替えの準備をした。その様子を、笑みを浮かべたままベルギアはじっと見つめている。
「……」
「……どうしたのかしらあ? 着替えないの?」
着替えを片手にベルギアを見るギリアは、そう言ってきたベルギアに冷たく言い放った。
「話は分かったから、いい加減出てけよ。何時までいるつもりだよ」
右手を顎に添え、わざとらしく笑みを作りながらベルギアが返す。
「まだ用事があるのよ、だから気にせず着替えを続けて構わないのよ? それとも、『色欲』なのに人前で、同性の前で肌を見せるのも恥ずかしがるほどの初心なのかしらあ?」
「……チッ、わあったよ、それで、今度はどんな話があるっていうんだ?」
「あなたがジアを殴りに行く旅、私もついて行く事にしたのよお」
さらりと言ってのけた言葉に、着替え途中だったギリアの動きが止まる。そのままブリキの人形のようなぎこちない動きでベルギアを見る。
「はぁ?」
「だから、あんたについて行くって言ってるのよお」
「何のつもりだァ?」
まるで小さい子供に言い聞かせるような言い方でベルギアはギリアに説明する。
「私は大罪人に成りたいのよう。その為にぃ、なんであなたが選ばれたのかを知る必要があるわぁ。処女のまま選ばれるなんて、それこそ何か重要な要因があったはずよう」
「許可すると思ってんのか?」
「あら、許可が必要だなんて言うのかしら?」
再び舌打ちをし、ギリアは悟る。この女は自分が否定したらまるでストーカーのように付いてくるつもりだと、ならばすぐそばに置いておいた方がましか、とギリアは決めると、渋々頷いた。
「ウザいと思ったらぶっ飛ばすからな」
「そっちこそ、寝処女を貫かれないように注意しなさいよねえ」
「寝首じゃねえのかよ。もしそんな事したら全身の穴という穴にぶっさして、奥歯全部ぶち抜いてやるよ」
「あら怖い」
そういい、一瞬の沈黙の後両者同時にくすりと笑いだす。そんな医務室の扉が勢い良く開け放たれた。
「私も行きますから、どうかときめかせてくださいませ!」
「うわ、めんどくさいのが来た」
ぼやくギリアに向かって、医務室に入ってきたロベリアが美しく微笑む。横に控えるように立つベロニカは続きを言う。
「私の元にもあの男を捕えよとの話が来たので。不本意ですが、ロベリア様の願いならば喜んで貴様と共に旅に出ましょう」
「騎士様も一緒かよ。数倍めんどくせえ」
「何か問題でも?」
眉を吊り上げて言うベロニカに、諦めたように溜息をついたギリアは無言の了承をした。
「それで、あの男の目的地は」
話題を変えるためにギリアが言った言葉は、しかし新たな来訪者によって妨害された。室内に響くノックの音の後、ハスキーな声が聞こえてきた。
「失礼します」
入ってきたのは、中性的な顔立ちの人間だった。年のころは16前後、少年の様にも少女の様にも見える不思議な顔のその人は、肩まで伸びている髪を払う様に一度軽く首を振ると、真っ直ぐな視線でギリアを見つめてきた。
「僕の名前はエーデルワイスと言います。属性は『勇気』。どうか僕も連れて言って欲しい!」
エーデルワイスと名乗る来訪者の言葉に、4人は全員、自分以外の誰かの知り合いなのかと顔を見合わせた。しかし全員の反応は知らないというものだ。誰の知り合いでもない来訪者は続ける。
「ギリアさんとベロニカさんの、それぞれの試合見させていただきました! 僕はあなたたちの様な闘技場のファイターに憧れているんです。だからどうか!」
なんだかどんどんめんどくさくなってきた、とギリアは医務室で一人頭を抱えた。
――――むかつく男に斬られるし、ベルギアは虎視眈々とこの立場を狙うし、ロベリアは相変わらず意味わかんねえし、ベロニカはムカつくし、なんかわけわかんないの増えたし、もう最悪だなオイ。
ギリアは心の中でそう毒づいた。




