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【第16話】帝国軍駐屯地(後編)

長らくお待たせしました! 16話後編です。

 駐屯地に近付くと先方もこちらに気付いたのだろう。警備にあたっていた騎士が数人の兵士を伴ってやってきた。

「何者だ! これより先はレメデア帝国軍エデンシア駐屯地である! 正当な許可無き者の立ち入りは許されぬ!」

 先頭の騎士が誰何する。オルディアス団長が先頭に歩み出て、その問いに答えた。

「私はアンダルシア王国騎士団団長オルディアス。此度は講和条件であるティアヴェラ王女の引き渡しの為に参った。司令官への取り次ぎを願いたい」

 騎士は少しの間、何かを考え込む様子を見せた後、顔を上げた。

「……うむ、長旅ご苦労であった。ではこちらへ参られよ」

 騎士達は踵を返し、先導するように駐屯地の城門へ向かって歩き出した。彼らに続き、エレネア達も歩き出す。


 城門を潜り抜け、駐屯地内へと足を踏み入れる一行。完全な敵地ということもあり、一行の緊張感は最大限に高まる。誰も一言も喋ろうとはしなかった。そんな重苦しい空気の中、エレネアはさりげなく周囲の様子を観察する。

(最前線基地にしては兵の数が少ないような……気のせいかしら?)

 彼女が違和感を抱いたのは兵の少なさだ。帝国の最前線基地ともなれば相当数の兵がいて然るべきだが、それが不自然に少ない。先の戦争で得た占領地の統治に駆り出されている等の理由なら問題ではない。だがエレネアの脳裏には最悪のシナリオが過る。

(まさか既に王都に向けて……?)

 出撃済みか、あるいは既に展開を完了している可能性すら考えられた。だが今の彼女には確かめる術は無い。敵兵の目がある以上、仲間と相談することさえできない。結局エレネアにできることは目立たぬように観察を続けながら歩くことだけだった。

 やがて先導する騎士が小さな建物の前で足を止めた。

「それでは王女殿下は私と共にこちらへ。他の者はこちらの控え室でお待ち願いたい」

 彼はそう言うとティアヴェラだけを連れ、駐屯地中央の一際大きな建物――恐らくは司令部だろう――へと向かっていった。

 エレネア達は兵士達の案内の下、目の前の建物へと通された。案内されたのは小さな控え室。調度品らしいものは中央に設えられた木製のテーブルとその両側のソファ。それに壁に掛けられた小さな鏡くらいの殺風景な部屋だった。

「では総督からの指示があるまでこちらでお待ちください」

 兵士達は敬礼すると控え室を後にする。敵の目が無くなったところでようやく一行の緊張が和らぐ。と同時にその場の皆が大きな喪失感に襲われた。

「行って、しまわれましたわね……」

 最初に口を開いたのは筆頭騎士セリーヌだった。彼女にとってはティアヴェラこそが故国を離れてアンダルシア王国の騎士となった理由でもある。

「お姫様、大丈夫かな……」

 次にメイドのルネが口を開く。王女は仕えるべき主であると同時に彼女のよく懐いていた相手でもあり、ある意味では姉のような存在だったのかもしれない。

「……ともあれこれで任務は完了だ。後は王都に帰還し、報告するだけだ」

 最後にオルディアス団長が極めて事務的に、淡々と語る。だがその口調が自身の感情を押し殺す為であることは誰の目にも明らかだった。その場の誰もが王女との別れを惜しんでいた。

 エレネアとて例外ではない。自分の選択はこれで正しかったのだろうか? 何度となく自問自答したが答えは出なかった。一旦思考を切り替え、彼女は努めて冷静に壁の鏡を観察する。壁に据え付けられているようだが、どこをどう見てもただの鏡にしか見えない。

「? エレネア、鏡なんてじっと見つめてどうかしましたの?」

「いや、ここのところゆっくり休む機会が無かったから髪型が乱れてないかと思ってね」

「はぁ? こんな時に何言ってますの!?」

 不快感を顕にするセリーヌ。エレネアは無言で彼女の手を取り、その掌に指で文字を書いた。「ハーフミラーの可能性あり」と。無論、その様子が鏡に映らないように細心の注意を払ってだ。

「……まぁ騎士たるもの、身だしなみはいついかなる時でも大切ですものね」

 それだけで彼女は事情を察してくれた。鏡の裏の暗室に潜んでいるかもしれない敵に情報を渡さないよう、余計な話はしない。他の面々が情報を漏らしそうになったら適当な世間話を振って話を逸らす。

 やはり彼女は頼りになるし信用に値する人物だ、とエレネアはセリーヌに対する評価を勝手に一段上げていた。


    ◇


 その頃、ティアヴェラ王女は司令部の執務室にて初老の男と面会していた。西部方面軍最高司令官、ゼーベック総督その人だ。

「さて、王女殿下には長旅でお疲れのところ申し訳ないが、早速本題に入りたい」

 総督の語る言葉を、ティアヴェラは椅子に腰かけて不安な面持ちで聞いていた。彼の語る本題は、しかし彼女にとって予想外なものであった。

「まずその魔石の指輪をこちらに渡していただきたい」

「えっ、これを……?」

 予想外かつ不可解、そして何より極めて受け入れ難いものであった。ティアヴェラは左手の薬指に嵌めたその指輪を隠すようにしつつ口を開く。

「これはその……大切な人(・・・・)からの贈り物だからどうしても渡せないの。それにこれ、街の雑貨屋で買ったものだし……」

 彼女は相手の名前は伏せつつ正直に答えたのだが、総督はまるで信じていないようだった。

「おやおや、嘘をおっしゃいますな」

「嘘じゃないのに……ほら、どう見ても玩具でしょ?」

 その指に嵌めた指輪を、ティアヴェラはそっと見せる。銀メッキの本体に、青い半透明の魔石が付いた玩具の指輪だ。だが総督はその指輪を目にするや否や、魔石もかくやという程にその顔を青ざめさせた。

「なっ! 偽物!? い、いや、偽物ですらない……? 王女殿下! 王家の婚約の証たる魔石の指輪! あれをどこに隠されました!?」

 そこに至りティアヴェラは悟った。帝国の狙いはアンダルシア王家伝来の魔石の指輪にあるのだと。ただし婚約の証というのは完全に彼らの誤解だ。結果的にそれに近い扱いになっていただけで、あの指輪はあくまで「大切な人」に贈るようにと伝えられてきたものなのだから。

「お教えください! どこに隠されたのです!?」

「それは……」

 答えかけてティアヴェラは口を噤む。理由は不明だが彼らは王家伝来の魔石の指輪を狙っている。恐らくは指輪に隠された秘密に関係すると予想はできるが、それが何なのかまでは分からない。だが彼女には一つだけ分かることがある。交渉のカードはこちらが握っているという事実だ。

 答えによっては王都を守ることもできるが、逆に危険に晒しかねない恐れもあった。だからこそ彼女は慎重に言葉を選んで答える。

「……あの指輪はある場所(・・・・)に保管してあるわ。信頼できる番人も付けてね」

「ある場所……?」

「講和が無事に成立した後なら頼めば譲ってくれるでしょう。あぁ、でも彼(・)のことだから、私や私の仲間、王都に何かあったら指輪を破壊してしまうかもしれないわね」

 相手を威圧せず、それでいて弱みも見せず、努めて平静を装ってティアヴェラは答えた。が、ゼーベック総督は冷酷に告げる。

「ふむ、しかしそれはできない相談ですな」

「えっ……?」

「あいにくながらアンダルシア王都攻略こそが私めの任務でありますがゆえに」

 彼の言葉はすなわち、最初から講和など結ぶつもりは無かったという事実の自白だった。

「指輪が手に入らなくなっても良いの!? 魔石の指輪を欲しているんでしょう!?」

  ティアヴェラは椅子から立ち上がり、総督に詰め寄りつつ叫んだ。護衛の騎士達が止めに入るが、総督は片手を挙げて彼らを制止し、答えた。

「指輪の在処なら目星は付いております。大方あの騎士のどちらかが在処を知っておるのでしょう? ……いや、現物を持っている可能性の方が高いですかな?」

「……!!」

 総督の推察の鋭さにティアヴェラは目を見開く。預けている人物こそ違うが、その点を除けばほぼ正解と言っても良い推察だった。伊達に方面軍の司令官を務めているわけではないということだろう。

 彼女を他所に、総督は傍に控えていた軍師に指示を飛ばす。

「ペルチェ君。前線部隊に指示を出したまえ。講和の期限を迎えると同時に総攻撃を開始せよ、とな。それからあの王国騎士達をこの場に」

「はっ! しかし二人同時は少々の危険が伴うかと」

「ふむ、確かにな。ではまずあの騎士団長の方から連れてきたまえ」

「御意」

 一礼して退室する軍師。王都に――すなわち両親に迫る危機を前に、ティアヴェラは敵陣でただ一人、指を咥えて見ていることしかできないでいた。

(何とか王都に……せめてエレネア達にだけでも伝える方法は……)

 必死で思考を巡らせたが、何一つとして案は思い浮かばなかった。この執務室に一人通された時点で状況としては詰みに陥っていたと言っても良いのだから。


    ◇


 その頃、エレネア達は相変わらず別棟の控え室で待ちぼうけを食らっていた。

「やけに長いですわね」

「うむ、もう二時間以上経つのだがな……」

 不審感を口にするセリーヌ。そんな彼女に、オルディアス団長が懐中時計で時刻を確認しながら答えた。兵士達もどことなく落ち着かない様子だ。

「あーあ、早く帰りたいなぁ……」

 ルネはソファに体を預けたまま、退屈そうに呟く。ティアヴェラによく懐いていた彼女にとっては喪失感も大きいのだろう。

 そんな中、エレネアもまた悩んでいた。何らかの適当な理由を付けて様子を探りに行くべきか。いや、この状況で単独行動は危険すぎるのでは、と。考えた末、彼女は前者を選択した。この場にはセリーヌとオルディアスがいる以上、心配は無用というのが理由だ。

「小用に行って参ります。まだ長引きそうですしね」

 彼女はそう言って入口の扉のノブに手を掛けたのだが――開かない。鍵が掛かっていると言うよりは、ドアの反対側に障害物が置かれ、物理的に塞がれているようだった。その様子を不審に思ったのだろう。セリーヌが尋ねてくる。

「? どうしましたの?」

「扉が開きませんね。鍵は掛かっていないようですが」

「えぇっ!?」

「何だと!?」

 エレネアの返答に二人の騎士達は驚愕の声を上げた。

「閉じ込められた……のか?」

「おいおい、やべぇんじゃないか?」

 兵士達も不安を口にする。その時、更に一行を驚かせる事態が起きた。部屋の四隅から煙が噴き出してきたのだ。薄紫色の、甘ったるいような匂いの煙だった。煙はみるみるうちに部屋の中に充満していく。

「まさか……毒ガスか!!」

 オルディアス団長が叫んだ。

「やだやだっ! あたしまだ死にたくないよっ!!」

 毒ガスと聞くや否や、ルネはテーブルの上に飛び乗って避難する。

「セリーヌ! 扉を破るぞ!」

「了解ですわ!」

 二人の騎士は呼吸を合わせて扉に体当たりする。だが扉は少しひしゃげて蝶番が弾け飛んだだけだ。開きそうな気配は無い。

 パニックに陥りかける一行。彼らを横目にエレネアは掌でそっと煙を扇ぎ、慎重にその匂いを嗅ぐ。甘ったるいこの匂いに、彼女は確かに覚えがあった。

「これは……毒ガスではありませんね。夢見草の成分から作られた睡眠ガスでしょう」

「睡眠ガス……だと?」

「毒ガス、ではありませんのね」

 ひとまずの命の危険は去ったとあって、その場の皆がほっと胸を撫で下ろした。あえて毒ガスではなく睡眠ガスを使ったということは、始末せずにおくべき理由と価値があるということだ。無論、その後の処遇は別としてだが。

「良かったぁ~。死ぬかと思ったよぉ……」

 テーブルの上のルネはにぺたんとその場に座り込む。

「夢見草かぁ。そう言えばこんな匂いのお花だったかも」

「ルネ先輩もご存じなのですか?」

「うん、あたしの村の近くにも生えててね。お風呂に入れるとその日の夜は良い夢が見られるの! それでぐっすり眠れるんだよ!」

 懐かしい思い出を振り返るように語るルネ。そんな彼女に、エレネアは半信半疑と言った口ぶりで答える。

「良い夢、ね……」

「あー! その顔は信じてないね!」

「別に信じてないわけではありませんが……あぁ、それより先輩。テーブルから降りた方が良いですよ。そんな場所で眠りこけて頭でも打ったら大変でしょう?」

「あ、そ、そうだね」

 指摘されていそいそとテーブルから降りるルネ。エレネアは彼女をソファに座らせると、自身もその隣に腰を下ろした。それから他の面々にも声を掛ける。

「皆様も着席して安全な体勢を取ってください。後のことは目覚めてから考えましょう」

「ふむ、今は他に方法も無いか。各員、今は彼女の言葉に従いたまえ」

 観念した様子で腰掛ける騎士団長。着席したところで、彼は不思議そうに尋ねてきた。

「しかしなぜ君は今のこの状況でもそう冷静でいられるのだね?」

「そうですね……少なくとも帝国にとって、私達は生かしておく価値があるから。でしょうか?」

 エレネアは先程の推論を彼に聞かせた。毒ガスではなく睡眠ガスを使う理由。それはすなわち、彼らを生かしておく理由があるということに他ならない。

「それに仮に冷静さを捨てて状況が好転するならそうしますが……そうではないでしょう?」

 その答えを最後にエレネアはソファに体重を預けたまま静かに目を閉じた。そんな彼女を見て二人の騎士達は顔を見合わせ、苦笑する。

「はは……確かにな」

「頭では分かっていても普通はそんな風には振る舞えませんけれどね……」

 そんな彼らの姿を、薄紫色の煙はみるみるうちに覆い隠していく。間もなく部屋中が煙に覆い尽くされた。


   ◇


 部屋に睡眠ガスが充満しきってから十五分後。排煙完了と同時に帝国兵達が部屋へと入ってきた。隊長の指示の下、彼らは眠りこけた人間達を手早く拘束していく。

 隊長は部下達の仕事に手抜かりが無いよう目を光らせる。総督直々に、王国騎士オルディアスとセリーヌに関しては特に念入りに拘束するように指示が出ていた為だ。部屋を二回りしたタイミングで、副長から声がかかった。

「隊長! 間も無く全員の拘束が完了します」

「騎士どもは念入りに調べたか? 隠し武器の類は見逃してはいまいな?」

「はっ! 騎士二人はもちろん、全ての一般兵についても確認を済ませております」

 その報告を聞いた隊長は顎に手を当てて考え込む。何か引っかかる。重要なことを忘れている気がした。

 やがて一つの可能性に思い至った彼は部下に指示を出す。

「……同行しているメイドの方も同じように調べろ」

「メイド、ですか……?」

「うむ。特にその青髪の方は念入りにだ」

 隊長は静かに眠る青髪のメイド服の少女に視線を落としてそう告げた。その後、部下からの報告を耳にした彼は自らの勘の鋭さに安堵の溜息を吐いたのだった。

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