【第15話】騎士の葛藤(後編)
かくしてエレネアとセリーヌ――メイドと筆頭騎士との二度目の決闘が幕を開けた。前回は射撃戦だったが今回は白兵戦だ。
「先手必勝ですわ!」
開幕と同時にセリーヌが距離を詰め、斬りかかってきた。重量感のある大剣による斬撃が襲い掛かる。エレネアは大きく後方に跳躍してかわしたが、セリーヌはすぐさま突きを繰り出してきた。
(まともに打ち合えば剣が折れるわね)
エレネアは自らの武器に目を落とす。死んだ兵士の遺体から拝借したままのその長剣はそれなりの品質ではあるが、セリーヌの大剣に見合う代物ではない。エレネアは仕方なく、繰り出された刺突を横から払うことで回避する。
「よくかわしましたわね! ですがまだまだ終わりませんわよ!」
なおもセリーヌの猛攻は続く。普通は大剣など使おうものなら動きが鈍重かつ単調になりがちだが、まるでサーベルかレイピアでも振るっているかのようなスピードだ。それでいて全く隙を見せない。
戦場の勘が戻ってきた今のエレネアにとっては対処不能な程ではないが、攻めに転じられる程に楽な相手でもない。筆頭騎士の称号は伊達ではないということだ。
(長期戦に持ち込むべきかしらね)
エレネアは短期決戦は無謀と判断し、戦法を切り替える。防御に徹し、セリーヌの疲労を待つ作戦だ。
「守ってばかりでは勝てませんわよ!」
風を切り裂いて放たれるセリーヌの袈裟斬り。それを受け流し、続く左一文字斬りをバックステップで回避。更にそこへ襲い掛かる連続突きをひたすら打ち払う。エレネアはわずかな隙を見つけると、牽制の軽い突きを放ち距離を取る。そんな攻防が幾度となく繰り返される。
「しぶといですわねっ! 騎士団長殿でもっ! とっくに音を上げる頃合いですのにっ!」
あの細腕のどこにこれだけの膂力と持久力があるのだろうか。身の丈ほどもある大剣を振り回し続けるセリーヌを見れば誰もが同じ感想を抱くだろう。しかし先刻から剣を交え続けていたエレネアには分かる。彼女の動きがわずかに鈍ってきていることが。
(そろそろね。流石のセリーヌ様も無尽蔵の体力とはいかないようね)
エレネアは変わらず防御に徹しつつも、反撃の機会を窺うフェーズに入る。
(それはともかくとして、団長殿も苦労人ね……)
同時に彼女はいつもセリーヌの訓練に付き合わされているであろう騎士団長に哀れみを感じていた。若手の指導も任務の一環とは言え、毎回これに付き合わされていては身体が持たないだろう。もし元の日々に戻ることができたら、時々は彼に代わってセリーヌの訓練相手になってあげようか、とそんなことを考える。
やがて狙っていた瞬間が訪れる。左上方から迫るセリーヌの大剣の一撃。それをエレネアは普通に受け流すのではなく、下から勢い良く突き上げ、軌道を逸らす。
「っ!」
体勢を崩しつつも踏み留まり、すぐに大上段からの斬り下ろしに切り替えた辺りは流石に筆頭騎士といったところか。だがその隙を見逃すエレネアではない。懐に飛び込んだ彼女は長剣の切っ先をセリーヌの首筋にピタリと突き付けていた。
「勝負あり、ということでよろしいですか?」
「参りましたわ。お見事です。あなた、白兵戦もお強いですのね」
潔く敗北を認めたセリーヌは大剣をその背の鞘に納める。彼女の表情と声音はどことなく穏やかだ。
「セリーヌ様もなかなかでしたよ」
「お世辞は結構ですわ。あなたとの実力差はよく分かりましたもの」
エレネアが彼女の健闘を讃えたが、セリーヌは首を横に振った。彼女の声音からはエレネアに対する素直な称賛が感じられる。
微笑み合う二人の少女達。しばしの間、心地の良い沈黙と静寂が辺りを満たす。
「……皆が待っておりますし、そろそろ帰りましょうか」
「えぇ、そうですわね」
それからどちらからともなく、仲間達の下へと歩き出した。
◇
二人並んで森の中を歩く道すがら、エレネアはぽつりと呟く。
「本音を言いますと先程の勝負、私は負けることを願っておりました」
「あら? その割には本気のようでしたけれど……」
意外そうな顔をするセリーヌに彼女はその胸中を明かす。
「叩き斬られたくはありませんでしたし、それに何よりセリーヌ様が私より強いのでしたら、この場はあなたに判断を委ねるのが最適なように思えましたから……」
率直に言えば彼女は頼りにできる相手が欲しかったというのが本音だった。だがその言葉に、セリーヌは呆れたように溜息を吐いた。
「はぁ……気持ちは分かりますけれど、ただ自分より強いというだけの人間に判断を委ねるものではありませんわよ?」
「そ、そんなに呆れるようなことでしょうか?」
「先程も言いましたけれど、私もあなたと同じで何が正しいかなんて分かりませんもの」
そう言えばそうだった、とエレネアは反省する。王女の意志と自身の想いで板挟みになり、救いを求めるあまり失念していたが、彼女とセリーヌとは似た者同士。鏡写しとも言える存在だ。ならば彼女に判断を丸投げするのは筋違いというものだろう。
「むぅ……言われてみれば確かにその通りですね」
エレネアが反省して俯いていると、そんな様子を見かねたのだろうか。セリーヌが力強く宣言する。
「ただ私に判断を委ねることは許しませんけれど、私を頼ることなら許しますわ!」
「……はい?」
「というよりもっと私を頼りなさい! あなた、実力に反して中身を知ると危なっかしくて仕方ありませんわよ!」
森の中に響き渡るかのような彼女の堂々とした宣言が、エレネアにはひどく頼もしく聞こえた。
「……はい! セリーヌ様!」
「それから今後、私のことはセリーヌとお呼びなさい。敬語も不要ですわ!」
「分かりました……じゃなくて、分かったわ、セリーヌ! 頼りにしてるわよ!」
答えるエレネアの声は、彼女自身でも分かる程に期待と信頼に満ちていた。今この瞬間、エレネアとセリーヌは本当の意味での仲間となったのであった。
その後、野営地に戻ったエレネアとセリーヌだが、肝心の食糧調達を忘れており、二人揃って呆れられたのはまた別の話。
「ふ、二人揃って目的を忘れて帰ってくるなんて……」
「エレネアだけならともかくセリーヌ様まで付いていながら……」
ティアヴェラとルネの呆れるような憐れむような視線が痛い。二人は慌てて最初に見つけたナグサの実を取りに戻ったのであった。




