【第15話】騎士の葛藤(前編)
同じ少女を愛し、同じ悩みと同じ弱さを抱えた者同士。彼女と私とは鏡写しのような存在なのかもしれない。
ティアヴェラ王女一行が盗賊団の襲撃に遭ったその日の昼過ぎ。
森の中に逃げ込みひとまずの安全を確保した一行は今後の方針を相談していた。いや、相談というよりかは説得と言った方が適切かもしれない。
「王女殿下。先程の盗賊共、裏で帝国が糸を引いている可能性は高いと考えられます。このまま帝国軍の駐屯地に向かうのは危険でございます!」
「私も同感です! すぐに引き返して決戦に備えるべきですわ!」
騎士団長オルディアスが罠の可能性を警戒し、王都への帰還を進言した。筆頭騎士セリーヌも彼に同意する。だがティアヴェラは首を縦に振ろうとしない。
「うーん……でもまだ帝国の罠と決まったわけじゃないんでしょう? 第三勢力の仕業かもしれないし、もしかしたら本当に偶然盗賊に目を付けられただけという可能性もあるよね?」
彼女は罠ではない可能性に賭け、あくまでも当初の目的通り、帝国軍の駐屯地に向かう考えだった。
「ねぇ、エレネアはどう思う?」
私に振らないでよ! と抗議したい思いを抑え、エレネアは慎重に言葉を選んで答える。
「……正直に言うと私も団長殿とセリーヌ様に賛成ね。ティアヴェラ、あなたの考えは楽観的すぎるわ」
極めて常識的な判断であると同時に、それが彼女の本音でもある。だが彼女はあの夜に知ってしまった。ティアヴェラの決意が固いということを。だからこそこう続ける。
「ただ……それでもあなたは行くんでしょう?」
その問いに、ティアヴェラは力強く頷いた。彼女の決意に満ちた瞳を見て、異を唱えられる者は誰一人としていなかった。結局王都には兵士二人を伝令として送るに留め、残りの面々は当初の予定通り、帝国軍駐屯地を目指すこととなった。
生き残っていた馬に跨り、王都を目指す兵士達。彼らの後ろ姿を見送ると、エレネア達も自らの目的地を目指して歩み出した。
◇
こうして方針が固まったのまでは良かったが、重大な問題が残っていた。目的の帝国軍駐屯地――エデンシア駐屯地まで徒歩で向かうとなると、最低でも丸一日はかかることであった。にもかかわらず、今の彼らには食料が無い。橋が爆破された時、食料やその他の物資を積んだ馬車まで破壊されてしまった為である。これでは進むか戻るかといった以前の問題だ。
「食料を探してきます。食用になる木の実か山菜くらいなら見つかるでしょう」
そうしてエレネアが食料調達役を買って出たのだが、そこで意外な人物が同行を申し出てきた。
「一人では大変でしょう? 私もご一緒しますわ!」
「セリーヌ様が、ですか……?」
筆頭騎士セリーヌであった。騎士がやるような仕事には思えない為、エレネアは彼女の申し出に何か作為的なものを感じずにはいられない。
「その……セリーヌ様にはこちらでティアヴェラ――王女様とルネ先輩の護衛をお願いしたいのですが……」
「そちらに関しては団長殿がおられるから安心ですわ! それに見つけた食料を運ぶとなったら人でも必要でしょう?」
一応は断ってみたものの、彼女は引き下がる気は無さそうだった。更に言えば一人では人手が足りないのも事実だ。同行者――それも怪力自慢の騎士――がいてくれるのはありがたい。こうなってはエレネアとしても同行を了承するより他に選択肢は無かった。
「まぁそういうことでしたら……お願いできますか?」
「えぇ、この私にお任せあれ!」
ティアヴェラ達の護衛はオルディアス団長と兵士達に任せ、エレネア達二人は森の奥へと向かったのだった。
「とは言ったものの、あまり目ぼしい食料は見つかりませんね」
「まぁそう簡単に見つかれば苦労はしませんわ」
騎士とメイド。二人の少女達は森の中を探索しているが、なかなか良い食料を発見できなかった。野生化したラズベリーなら見かけるものの、今の季節は春の終わり。残念ながら収穫するにはまだ一、二ヶ月は早い。
彼女達はもう少しだけ森の奥へと足を運ぶ。林道の脇を注意深く観察していると、黄色い果実を付けた草が自生しているのが見付かった。
「あれは確かナグサの実……でしたか?」
「えぇ、そのはずですわね」
調理法によって七種の異なる味に変化することから七種の名が付けられたとされる果実だ。農村でもよく栽培されているが、こうして自生しているものを見かけることも少なくない。
「ちょうど良いですね。採っていきましょうか」
森の奥深くに行き過ぎるのは危険だし、あまり時間をかけるわけにもいかない。エレネアはそう考えて提案したのだが、セリーヌはナグサの実ではなく森の更に奥へと視線を向けた。
「もっと進んでみましょう! 奥に群生地があるかもしれませんわ」
彼女はそう言って足早に森の奥へ歩を進める。
「あの、セリーヌ様……? 少し待っていただけませんか?」
エレネアの引き留める声も無視して、彼女はずんずんと森の奥へ進んでいく。そうして十分程歩き続けたところで不意に彼女が足を止めた。エレネアも足を止めて周囲を観察するが、食料になりそうな野草や山菜、果実の類は見当たらなかった。
「セリーヌ様? ここには食べられそうなものがあるようには見えませんが……」
エレネアが恐る恐る声を掛けると、セリーヌは振り向くことなく口を開いた。
「あなた……どういうおつもりですの?」
何のことですか? そう聞き返そうとしてエレネアは言葉を呑み込む。女騎士の声が震えていることに気付いた為だ。彼女は振り返ると、叫ぶように続ける。
「王女様は明るく振る舞っておられますけれど、敵国に一人で嫁ぐなんて本当は怖いはずですわ! 誰よりもあの方のお傍にいるあなたがそれに気付いていないはずが無いでしょう!?」
彼女の目尻には涙が浮かんでいる。王女の決意が本物なら、セリーヌの言葉もまた全て真実だ。それが分かっているから、エレネアには否定も反論もできない。
「分かって、おります……」
「だったらなぜ! なぜあの方を引き留めてさしあげませんの!?」
「それは……」
エレネアは覚悟を決める。この騎士は信頼できる人物だ。彼女にならあの夜の話を打ち明けても問題は無いだろう。エレネアはそう確信する。
「……セリーヌ様。あなたになら話しても大丈夫、ですよね」
「話? 何ですの?」
「聞いてください。いえ、私を助けてください」
彼女はティアヴェラが帝国に嫁ぐことが決まった日。その夜の密会についてを打ち明けた。流石に魔石の指輪の件だけは伏せておくことにしたが、それ以外は包み隠さず打ち明けたのだった。
「……ということがありまして。ですから私にはティアヴェラ――王女様の決意を踏みにじることはできないのです。例えそれが彼女の本心ではなくとも」
彼女が話す間、セリーヌは真剣に話を聞いてくれた。王女のこととなると普段なら焼き餅の一つでも焼きそうなものだが、この時ばかりはそれも無かった。話してみることで随分と心が楽になったようにエレネアには感じられた。
「そう……あなたも色々悩んでおられましたのね」
「あなたも?」
セリーヌの口ぶりにエレネアは違和感を抱く。その答えはすぐに彼女自身の口から語られた。
「えぇ、実は私も……」
彼女が語るのは同日の昼、御前会議のまさにその場での出来事だった。遅々として進まない会議の中、意見を求められた時に述べた「王女様ご本人の意思を尊重するべき」という発言。それがティアヴェラに決意を迫る結果になってしまったことを。
話を終えたセリーヌの表情はいくらか安らいだ様子が見て取れた。彼女の想いがエレネアには痛い程によく理解できる。つい先刻までのエレネアと全く同じだったからだ。
「セリーヌ様も苦しんでおられたのですね」
「私達、案外似た者同士なのかもしれませんわね」
「そう、ですね……」
どちらからともなく、二人してふっと笑う。騎士や元傭兵といった各々の立場はあれど、この場でだけはただの少女でいられる気がした。
セリーヌの存在はエレネアにとってこの上無い救いだった。セリーヌにとって彼女がどうなのかは分からないが、恐らくは似たようなことを考えているだろうと想像できた。
とは言え、エレネアはとって本質的な問題が解決したわけではないのも事実だ。
「ただ……やはり私には分かりません。何が正しいのか、自分はどうすれば良いのか……」
「まぁ、それについては私だって同じですわ」
「ティアヴェラの決意を無駄にしたくはありません。けれどセリーヌ様の仰る通り、引き留めるべきなのではとも……」
エレネアはそこで一旦言葉を切り、
「お願いです! 助けてください、セリーヌ様!」
深々と頭を下げてセリーヌに頼み込んだ。その懇願にセリーヌは不敵な笑みを浮かべて答える。
「あら? でしたらこれで決めませんこと?」
彼女の右手は背に帯びた大剣、その柄にかけられていた。それが意味するところは一つだ。
「あなたが勝てばこのまま帝国軍の駐屯地へ向かう。私が勝てば王都へ戻る。それでよろしくって?」
「良いですね。丁度思いっきり体を動かしたい気分だったところです」
彼女の誘いに応えるかのように、エレネアも腰の長剣の柄に手をかける。
「念の為に聞いておきますが手加減は無用ですね?」
「当然ですわ! 手加減などしようものならその瞬間に叩き斬りますわよ!」
「ふふ、了解です。それでは、参ります!」
エレネアのその言葉を合図に、二人の少女は同時に剣を抜いた。




