【第14話】襲撃(後編)
エレネアはまず状況を分析する。敵弓兵は多数。こちらは非戦闘員を三人も抱えており、武器はセリーヌの持つ大剣と短剣のみ。少し離れたところには兵士の亡骸。更に離れた位置にオルディアス団長と数人の兵士達。良い状況ではないが、エレネアとしては特に悲観するほどでもないように思えた。
「セリーヌ様、その短剣をお借りできますか?」
エレネアはセリーヌの腰の短剣に目を落としてそう尋ねる。
「何をするつもりですの?」
怪訝な顔をしつつも彼女は腰の短剣を抜き、差し出してくれた。エレネアは短剣の刀身をじっと見つめる。質感は銀に似るが、よく見ると刀身の波紋が揺らめいており、淡く光を発しているのが分かる。
「ミスリルダガーですか。良い得物をお持ちですね」
「投げたりしたら張り倒しますわよ」
「ご安心ください。これは投げませんので」
そう言いながら、エレネアは瓦礫と化した橋の陰から体を覗かせる。と、その瞬間に複数本の矢が飛来した。すぐに顔を引っ込め、飛来した矢の一本を掴み取る。
「これはって、何なら投げるつもりですの? というか今、あなた飛んでる矢を掴んで……?」
エレネアは矢をエプロンドレスの背中の紐に差すと、セリーヌの問いには答えることなく、瓦礫の陰から飛び出した。先程の攻撃で敵の位置は把握できている。その中で最も近い位置、河岸の土手の上に潜む敵を目指して全力疾走する。
「エレネア! 危ないっ!」
「いけませんわ!」
ティアヴェラ達の叫ぶ声が背後から聞こえた。エレネア目掛けて矢が飛来する。が、彼女は足を止めることなく、自分に当たる矢だけを的確に短剣で弾いた。途中、事切れた兵士の腰から長剣を拝借しておく。
「あっ! 次のが来るよっ!」
「いかん! 避けろ!」
ルネとオルディアスの警告。直後、左右から矢が襲いかかるが、エレネアは振り向くことなくそれらを全て短剣で叩き落とした。音と風の流れを読めばこの程度は彼女にとって造作も無いことであった。
「走りながらあの精度での矢切りだと!?」
「と言うか矢を見てもいませんでしたわよ?」
驚愕する騎士達の声を他所にエレネアは足を止めると、兵士から拝借した長剣を崖上の敵目掛けて投擲した。悲鳴の後、ドサリと敵が地面に倒れる音が聞こえた。土手を駆け上がると、盗賊らしき装いをした男の屍が目の前にある。彼女は死体から弓と矢筒を拝借すると、
「セリーヌ様! 援護をお願いします!」
瓦礫と化した橋の陰で待機するセリーヌのところ目掛けて投げた。
「任されましたわ!」
セリーヌの力強い声と彼女が矢を射る音が頼もしく聞こえた。彼女の援護の下、エレネアは土手の上に陣取っていたもう一人の盗賊風の男へと駆け寄る。慌てた様子の盗賊が至近距離で射た矢を、エレネアは苦も無く短剣で切り払った。驚愕のあまり目を見開く盗賊は腰の長剣に手を伸ばす。が、その手が柄に届くよりも早くエレネアの短剣が彼の喉を掻き切っていた。
「ひぃぃっ! こいつ強いぞ!」
「や、やべぇっ!」
土手の木陰から盗賊の裏返った声が聞こえてくる。
(まだ伏兵がいたのね)
総勢三人。赤い鮮血が舞い散る中、エレネアは身を翻し、そのうちの一人に詰め寄る。盗賊が放った破れかぶれの短剣による刺突を、エレネアは容易く受け流し、その眉間をミスリルダガーで一突き。続く二人目の盗賊は長剣による防御を試みたが、粗悪な剣などミスリルダガーの前では棒切れも同然。エレネアに剣もろとも喉笛を斬り裂かれ絶命する。
最後に残った一人が逃げ出した。あるいは頭目に報告に向かうつもりかもしれない。が、それをみすみす見逃すエレネアではない。今しがた斬り飛ばした二人目の剣。宙を舞うその切っ先を左手の指でキャッチすると、スナップを利かせてそのまま投擲。吸い込まれるように三人目の後頭部に直撃した。
計五人の盗賊を片付けたものの、安心するにはまだ早い。彼女は最初に倒した盗賊の手から弓矢を奪い取り、未だ生き残っている敵目掛けてひたすらに射る。彼の持っていた矢筒の矢も、最初に掴み取った矢も含めて、彼女はほとんど乱射するかのような速度で矢を射続けた。
二人の弓の名手――エレネアとセリーヌ――の援護の下、騎士団長オルディアスと彼の率いる兵士達が残る敵を制圧にかかる。矢筒に十本ほどあった矢が尽きる頃にはすっかり決着が着いていた。戦いの後に特有の静けさ。これもエレネアにとっては懐かしいものであった。
◇
戦いが終わった後、エレネアは瓦礫の陰に身を隠しているティアヴェラ達の下へと戻った。ミスリルダガーの血糊を振り払い、セリーヌに手渡す。
「セリーヌ様、ありがとうございます。助かりました」
「それなら良かったですわ。あなた、思ったよりかはやりますのね」
短剣を腰の鞘に戻す彼女の表情に少しばかりの嫉妬と憧憬の色が見えたのは、気のせいではなさそうだった。続いてエレネアはティアヴェラとルネの安否を確認する。
「ティアヴェラもルネ先輩も大丈夫だった?」
「うん、私達は大丈夫! てかエレネア、あんなに強かったんだね!」
ティアヴェラ王女は尊敬の眼差しでエレネアを見つめていた。
「あ、あはは……流石はあたしの後輩……」
こちらは若干引き攣った笑みを浮かべているルネ。彼女には少しばかり刺激が強かっただろうか、とエレネアは考える。
そうこうしているうちに敵の掃討にあたっていた兵士達も戻ってきた。エレネアは彼らを率いるオルディアス団長の下へと向かう。団長に敬礼をしてエレネアは話を切り出す。
「お疲れ様でした、団長殿」
「うむ。君もご苦労だったな。しかし君のその力は一体……」
エレネアの敬礼に答礼を返しながらも、彼の瞳は鋭くエレネアを観察している様子だ。だが今はそんなことは重要ではない。エレネアは話の続きを促す。
「それよりも彼らの狙いは分かりましたか?」
「いや、連中はただの盗賊だ。背後関係については分からん。ただ……」
騎士団長はそこで一旦言葉を切る。
「ただ?」
「何者かから『貴族の令嬢を乗せた馬車がここを通る』との情報提供を受けたとのことだ」
「つまりティアヴェラ――王女様を辿り着かせたくない者が裏で糸を引いていた……ということでしょうか?」
「うむ。だがその何者かが帝国か、あるいは他の勢力かは何とも言えん」
話を終えたオルディアスは難しい顔で考え込む。彼の苦悩の理由はエレネアにもよく理解できた。もし黒幕が帝国の手の者ならこのまま進むのは自殺行為以外の何者でもない。だが第三勢力の仕業だとしたらここで引き返す方が黒幕の思う壺になる。
二人して考え込んでいると、セリーヌが口を挟んできた。
「普通に考えれば帝国の連中の仕業に決まっていますわ!」
彼女の口調からは強い憤りが感じられる。一方、団長はあくまでも冷静に意見を述べた。
「俺も同感だ。が、仮にそうなら最初から休戦協定を破棄すれば済む話だ。わざわざあのような要求を突き付ける意味が無いのではないか?」
「むぅ……確かに不自然ですわね」
指摘されてセリーヌも納得する。その一方でエレネアは更に別の――そしてある意味では最も質の悪い――可能性を考えていた。
「あるいは帝国の中で開戦派と休戦派で意見が割れている、とかでしょうか?」
「あり得るな……帝国も決して一枚岩ではあるまい」
「ですがある意味最悪のパターンですわね」
だが何が真実にせよ、今の彼女達にはそれを判断する為に必要な情報が不足しすぎている。これではどれだけ考えても想像の域を出ない。
「ひとまず場所を変えませんか? 敵の増援が現れないとも限りませんし」
「ふむ、そうだな」
「違いありませんわ」
エレネアの提案に異議のある者は誰もいなかった。一行は安全な場所を探して移動を開始する。




