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【第14話】襲撃(前編)

 耳を劈く悲鳴と怒号。火薬と血の臭い。戦場の空気に私が感じたのは郷愁にも似た感覚だった。




「何をしておる!? 誰が馬車を動かして良いと言った!」

「わ、分かりません! こいつがいきなり……こらっ、落ち着け!」

 急発進した馬車。騎士団長の叱責に、御者は馬に鞭打ちながら答えた。だが馬の方は全く指示を受け付けていない。完全な暴走状態だった。

 馬車の中にはまだティアヴェラとルネが取り残されたままだ。行く手には立往生したままの荷馬車。このままでは衝突は確実。そう思った時、エレネアの体は反射的に動いていた。

 彼女は速度を上げつつ通過する馬車の後部に飛び付くと、外部を伝って左側の扉まで向かう。途中、馬の様子を窺うと血走った目と尻に刺さった矢が目に留まった。

(あの目、明らかに正気じゃないわね……矢に興奮剤でも塗ってあったのかしら? いや、今はそれよりも!)

 エレネアは状況分析もそこそこに、扉を開けて馬車の中へと滑り込む。中では座席にしがみ付く二人の少女の姿があった。

「ティアヴェラ! ルネ先輩! 大丈夫!?」

「エレネア! 私は大丈夫だけど何があったの!?」

「話は後よ! ティアヴェラはこっちに。ルネ先輩は背中に掴まって!」

「う、うん! 分かった!」

 エレネアは左腕で王女を抱える。その背中にルネがしっかりとしがみ付いたのを確認してから、彼女は御者席に向けて叫んだ。

「御者さん! 私の合図と共に左に飛び降りて! 私が受け止めるから!」

「無茶言わないでくれ!」

 御者の男性の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。だがもう時間的猶予は残されていない。馬車はなおも加速を続けており、十秒足らずで衝突することは確実だった。

「もう猶予が無いの! 行くわよ! 三、二、一、ゼロ!」

 悠長に話している余地は無いと見たエレネアはカウントダウンを強行する。

「ええい! こうなりゃ自棄(やけ)だ!」

 ゼロのカウント共に、御者がその身を宙に躍らせた。同時にエレネアも馬車から飛び降り、空いていた右腕で彼をキャッチ。石畳の路面に着地する。自身を含めて計四人分の体重がエレネアの両脚にのしかかったが、どうにか耐えた。だがまだ油断はできない。

「失礼っ!」

 エレネアは三人の頭を強引に地面に押し付けると、自らも体勢を低くし周囲の警戒に全神経を集中する。弓矢による追撃を警戒した為だ。

 ほんの少し先で、数秒前まで乗っていた馬車が荷馬車に衝突。轟音と共に川へと転落する様子が見えた。もしあのまま馬車に乗っていたら? その結末を想像してか、身震いするティアヴェラとルネ。エレネアはなおも全方位への警戒を怠らないが、いつまで経っても追撃はやって来なかった。

 間も無く騎士や兵士達が追い付いてきた。彼らはエレネア達を守るように取り囲み、周囲に監視の目を光らせる。

「総員、警戒を緩めるな! まだ敵の規模も目的も分からん!」

 オルディアス団長は兵士達に指示を出しながら自身も警戒に当たる。もしティアヴェラ王女に危害が及ぶのなら自身の肉体を犠牲にしてでも食い止める。そんな覚悟が感じられた。

「皆様お怪我はありませんこと!? エレネア、お手柄ですわ!」

 筆頭騎士セリーヌはエレネアを労ってくれた。彼女は臨戦態勢を取りつつも、怪訝な表情を浮かべていた。

「それにしても一体何がどうなっておりますの……?」

「その件ですが少しお話があります」

 エレネアは周囲を警戒しつつ、先程見た馬の様子を説明する。尻に刺さった矢と異様に血走った目についてを。

「つまり……どういうことですの?」

「矢に興奮剤か何かが塗られていた可能性があるのでは、ということです」

「なるほど、その可能性は高そうですわね」

 小さく首肯するセリーヌ。次いでオルディアスが口を開いた。

「しかし妙だな。追撃が来んぞ? それどころか不気味な程に静かだ」

「同感です、騎士団長」

 彼が抱いている違和感と同じものはエレネアも感じていた。犯人が帝国か他の勢力かは不明だが、誰が何の目的で仕掛けてきたにせよ、まさか初手で勝負が決まるとは考えてはいまい。必ず次の手を考えているはずだ。

 エレネアは改めて今の状況を確認する。大河に架かる橋。その中央付近には王女と騎士、それに加えて兵士達。追撃を警戒し伏せている状況。

「! いけません! 早く橋から離れましょう!」

 敵の狙いに気付いたエレネアが叫んだまさにその瞬間。橋の両側から爆音が轟いた。直後、猛烈な突風が一行に襲い掛かる。

「くっ!」

「な、何だ!?」

「爆発だとぉ?!」

 突然の事態に驚きつつも、姿勢を低く保ち警戒を緩めない兵士達。彼らの練度の高さが窺える。だが直後、今度はエレネア達の立っていた地面が大きく傾ぐ。橋が崩落を始めたのだ。

「なになに!? 何が起きてるの~!?」

「エ、エレネア! これは一体……?」

「掴まりなさい! 橋が崩れるわ! やられたわ。始めからこれが狙いだったのね……」

 慌てふためくルネと、混乱した事態の中でも必死に状況を理解しようと務めるティアヴェラ。そんな彼女達にエレネアは状況を説明する。

 その間にも橋の傾ぎはますます大きくなっていく。エレネアは手近にいた二人――ティアヴェラと御者――を押さえて踏ん張る。だが最後の一人、ルネには後一歩手が届かない。

「きゃあぁぁぁ~!!」

「ルネ先輩!」

 橋の傾ぎに耐えられず、とうとう彼女は転げ落ちてしまう。その先は川面、ではなく大小様々な石が転がる河原だ。このままでは致命傷になりかねない。

「いけませんわ!」

 二人分の身体を支える為に身動きの取れないエレネアに代わって、動いたのはセリーヌだった。彼女は大きく跳躍してルネの転がる進路に先回り。抱き留めるや否や、背中の大剣を抜き放ち、斜面に突き立てる。どうにか河原に落ちる前に減速に成功した。

「お怪我はありませんこと?」

「は、はい……あの、ありがとうございます、セリーヌ様」

「礼には及びませんわ」

 彼女達はゆっくりと河原へと降り立つ。ルネが赤面しているように見えるのは気のせい、ではなさそうだった。

「セリーヌ様、ルネ先輩、ご無事ですか?」

「みんな大丈夫だった?」

 エレネア達も彼女達に続いて慎重に河原へと降り立つと、互いに安否を確認する。

「えぇ、大丈夫ですわ」

「うん! セリーヌ様が守ってくれたから平気だよ!」

「そう、良かった……と言って良いのかはまだ余談を許さない状況だけれどね」

 互いに無事を確認するエレネア達。爆発が起きた時に橋にいた人間には幸いにも死者はいなかった。だがまだ安心はできない。馬車の暴走、橋の爆破、この二つの罠を仕掛けた者が次の策を仕掛けている可能性が高い為だ。

 そしてその予測はすぐに現実のものとなった。エレネアの耳に弓の弦音と矢が風を切る音が聞こえたのだった。

「敵襲! 弓兵隊よ!」

 エレネアは叫ぶや否や、ティアヴェラの手を引いて駆け出していた。弦音と風切り音から敵の位置と射線を推定し、安全地帯を見極める。

「敵襲って……まだ来るの!?」

「いいから走りなさい! 正面の瓦礫の陰よ! 他の皆も!!」

 彼女の向かう先は崩落した橋の残骸、その物陰だった。横倒しに崩落し、ちょうど良い障害物となっていた。

 それに続いて他の面々も走り出す。直後、つい先程まで彼女達の立っていた場所に何本もの矢が降り注いだ。間一髪、エレネア達は危機を逃れることができたのだが、

「王女様!」

「ご無事ですか!?」

 離れた位置で伏せていた兵士達がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

「! 動いてはダメ!」

 エレネアが制止した。が、遅かった。兵士達が反応するより前に、無数の矢が彼らに襲いかかる。彼らは皆、苦悶の声を上げて絶命したのだった。

「えっ……」

「兵士さん達、死んじゃったの……?」

 兵士でも騎士でもないティアヴェラとルネは、眼前での人の死というこの状況が呑み込めていない様子だった。

「あ、あぁ……何もかもお終いだ! 俺達も! この国も!」

 同じく戦闘員ならざる御者の男性は絶望を前にパニックに陥っている。

 悲鳴と怒号、血と火薬の臭い。離れて久しい戦場の空気に触れ、エレネアは郷愁にも似た懐かしさを感じていた。

「エル、どうあっても君は戦場でないと生きられないの……?」

 耳元で誰かが諦めたように囁く声が聞こえた。その声を振り払い、彼女は生き延びる為の知恵を絞る。

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