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【第11話】御前会議

 あの時、彼女の問いに肯定で返していたとしたら、私達の結末はもう少しだけ異なっていたかもしれない。




 レメデア帝国からの使者が訪れた翌日。アンダルシア王城の会議室にて。

 メイド長ローズネットと、エレネアとフランセットを含めた数人のメイドは、会議机を囲んで座る高官達にコーヒーを注いだカップを配って回っていた。国王夫妻にティアヴェラ王女、大貴族出身の大臣達に加え、騎士団からはオルディアス団長と筆頭騎士セリーヌが出席している。いずれもこの国の中枢を担う人物だ。彼らは皆一様に険しい顔をしていた。

 メイド長も物腰こそ普段通りの柔らかさだが、同じく険しい顔をしている。居並ぶ高官達の顔ぶれと重苦しい空気にあてられ、フランセットや他の若いメイドなどは緊張のあまりポットを持つ手が震えていた。失礼があっては大変だと、エレネアは彼女達に代わって紅茶を入れてやる。

「それでは私達はこれで失礼いたします」

 全員に紅茶が回ったのを確認すると、ローズネットはそう言って一礼。メイド達を伴って退室した。


 厨房へと戻る道すがら、フランセットが先刻の礼をする。

「あの、エレネア……さっきはありがとう」

「別に気にすることじゃないわよ、フラン先輩。というかあんなに緊張しなくても……」

「するわよ! あの会議室にいらっしゃった方々、誰だか分かってるの!?」

 問い詰められたエレネアは会議室の顔ぶれを思い返す。王女と騎士達を除き直接話したことはないが、式典等で見かけたことは何度かあった。

「国王夫妻とティアヴェラ王女。陛下のすぐ近くはマクローリン伯爵で、その対面はロピタル侯爵だったかしら?」

「分かってて何でそんな平静でいられるのよ!?」

「何でと言われても……ねぇ?」

 フランセットの疑問に、エレネアは答えに困窮する。休憩を挟みつつ昨夜から続くあの会議の議題が何なのかは知る由も無い。だが単なるメイドが慌てふためいたところでどうなる訳でもないことは確かだ。エレネアとしても余計なことに首を突っ込むような趣味は無い。第一彼女はアンダルシアどころか西方の出身でさえないのだから。

 ただし彼女には一つだけ懸念があった。ティアヴェラ王女だ。会議に出席していた彼女は、エレネア達がコーヒーを淹れている間もずっと俯いていた。ティーカップを置く際に表情を伺ってみたが、その深い琥珀色の瞳に宿る色は見えなかった。ただ、何やら思い詰めた様子だったことは印象に残っている。

「メイド長、先程の会議の議題について何かご存じではありませんか?」

 エレネアは駄目元でローズネットに尋ねてみる。彼女は王都の下級貴族の出身と聞いた為、その伝手で何か情報を知っている可能性もあった為だ。もっとも、時間と規則に厳しい彼女が簡単に情報を漏らすとは思えなかったが。

「……私の口からは何とも言えないわ」

「そう、ですか」

 彼女は何らかの話は耳にしている様子だったが、案の定それ以上の手掛かりは得られなかった。追及する気も無かったのでそれでこの話は切り上げるつもりだったが、ローズネットの続く言葉は意味深だった。

「ただ、エレネア。あなたの場合、覚悟を決めておいた方が良いかもしれないわね」

「私が、ですか……? 一応いつでも傭兵稼業に復帰できるように訓練はしておりますが……」

「そういうことではないのだけれどね。まぁ憶測の段階で何を言っても仕方が無いわね」

 呆れたようで、それでいてどこか寂しそうに溜息を吐くローズネット。彼女が何を言わんとしているのか。なぜ彼女が自分を名指しするのか。この時のエレネアには理解ができないでいた。


    ◇


 メイド達が退室し、淹れたてのコーヒーを堪能するのもそこそこに、会議が再開された。

 国王が会議の再開を宣言すると同時に、まず最初に発言したのはマクローリン伯爵であった。

「陛下! 先程も申し上げましたように徹底抗戦するべきです! 王女殿下を生贄にして生き延びようなど末代までの恥でございます!」

「そうは言うがね、マクローリン君。戦うにしても兵力差はどうするつもりかね?」

 反論するのはロピタル侯爵。彼らの議題は先日レメデア帝国からの使者によってもたらされた文書についてであった。その文書の内容は大まかには以下のようなものであった。

 一、和議の条件としてティアヴェラ王女と現皇帝との婚姻関係を結ぶこと。

 二、受諾する場合、エデンシア駐屯地にてティアヴェラ王女を引き渡すこと。

 三、拒否もしくは期日までに返答無き場合、休戦協定を即時破棄したものとみなすこと。

 文書には皇帝ディオファントス三世名義のサインと、帝室の魔導印が記されていた。この文書が届いてすぐ、アンダルシア王国では大臣級を招集しての会議が開かれた。騎士団からも団長オルディアスと筆頭騎士セリーヌの二人が代表として出席することになったのであった。

 そうした経緯で柄にもなくこの会議に出席しているセリーヌだが、もどかしさと歯痒さを感じるばかりであった。と言うのも、この会議は小休止を挟みつつ丸一日以上になるにもかかわらず一向に進展が無かった為だ。

「傭兵を掻き集めればよろしいではありませんか! 必要なら冒険者や冒険者経験のある領民からも!」

「傭兵で数が足りるとは思えんな。冒険者? 論外だ。彼らは仕事上戦闘を請け負いはしても、戦争は専門ではないだろう?」

 抗戦派の代表がマクローリン伯爵に対して、講和派の代表がロピタル侯爵であった。他の面々には一方を支持する者もいるにはいるが、大半はどちらにも付かない立ち位置の者が多かった。どちらの主張にも同意できないというわけではない。どちらの主張にも一理ある為だ。

 セリーヌにもその気持ちは痛い程に分かった。彼女とて片想いとは言え愛しのティアヴェラ王女を帝国に引き渡すなど断固拒否したいが、戦う為の策や勝算はあるかと聞かれれば答えは否だった。

「オルディアス君、帝国側の想定される戦力はどうかね?」

「はっ! 斥候からの報告によると七万は下らないと推定されます」

 マクローリン伯爵の問いに、オルディアス団長は報告書に目を通して答えた。彼の報告に、会議室ではざわめきが巻き起こる。

「七万、七万か……!」

「我が軍の兵力は……五千からせいぜい六千と言ったところですかな?」

「十倍以上ですぞ!」

 一気に場の空気が重くなった気がしたが、追い打ちをかけるように騎士団長は続けた。

「ただし、その七万という数字は直ちに動員できる兵力に限った話であります」

 彼の不穏な言い回しを聞いて、会議室のざわめきが一層大きくなる。

「静かに! 騎士団長、続けたまえ」

 国王の一声で場は瞬時に静まり返った。団長は頷いてから報告の続きを口にする。

「はっ! 帝国西部方面軍が全軍を動員した場合、投入兵力は推定十二万にまで膨れ上がると予想されます」

 今度はざわめきすら起きなかった。王国との戦力差は約二十倍。あまりにも絶望的なまでの戦力差に、誰もが押し黙る。

 報告を終えたオルディアス団長は報告書を机に置くと、大きく溜息を吐いた。彼もまた、絶望的な戦力差を痛感しているのだろうとセリーヌは推察する。そうして一歩引いた立ち位置で会議に出席していた彼女だったが、次のマクローリン伯爵の一言で一気に会議の場に引き戻されてしまう。

「そうだ、セリーヌ君! 君ならどうかね!?」

 伯爵の藁にもすがるような視線がセリーヌに向けられていた。それに呼応するように、他の貴族達の視線も彼女に集中する。

「おぉ、そうだ! かの帝国騎士を倒したセリーヌ殿なら!」

「帝国とて我が騎士団を、特にセリーヌ殿を恐れているはず!」

「二十倍もの戦力差がありながら攻め込まず交渉を持ちかけることこそ何よりの証拠でございますぞ!!」

(なぜそこで私に振りますの!? 百や二百ならともかく万や十万とか無理がありますわ!!)

 会議室にいる面々の期待の眼差しを一身に受けるセリーヌ。彼女は逃げ出したい心地だった。

「あ、あれは別に私一人の力では……味方の援護があったからでして……」

 目線を泳がせつつそう弁解したのだが、

「またまたご謙遜を!」

「いやはやその謙虚な態度もまた素晴らしい!」

 完全に逆効果であった。謙遜などではなく本当に味方(エレネア)の援護があったからであり、そうでなければ死んでいたのは彼女の方なのだが、説明しても彼らには通じそうにない。何を言ったところで、ますますセリーヌに対する崇拝を強めてしまいそうであった。

「せ、せめて……王女様ご本人の意思を尊重するべきでは……ございませんこと……?」

 その場から逃げ出したい心地でいっぱいの彼女は絞り出すようにそれだけ言って席に着く。着席してから、しまったとセリーヌは自分の迂闊さを呪った。悪戯好きだが心優しく、必要以上に自分だけで重荷を背負いがちなティアヴェラ王女のことだ。彼女ならまず間違いなく自分の身を帝国に捧げることを選んでしまうだろう。

 慌てて立ち上がろうとしたセリーヌだが時既に遅し。それより一瞬早く王女が起立していた。

「私、ティアヴェラ・ローゼリナ・アンダルシアは――」

 会議室の全員が注視する中、彼女は自らの決意を述べた。


    ◇


 厨房での夕食の片付けも一段落し、エレネア達メイドは短い休息を取っていた。メイド長ローズネットが血相を変えて飛び込んできたのはまさにその時であった。

「どうしました、メイド長? ルネ先輩がまたつまみ食いでもしましたか?」

「それどころじゃないわ! 皆、よく聞きなさい!」

 ローズネットは年齢こそ三十代前半だが、メイドとしてはベテラン中のベテランだ。そんな彼女が慌てるなど珍しい。周りのメイド達も何事かと集まってくる。

「王女殿下が……帝国に嫁がれることになったわ」

 その瞬間、休憩室がしんと静まり返った。

「そう……えっ?」

 エレネアは一瞬、彼女の言葉の意味が頭に入って来なかった。理解できない、理解したくない言葉が聞こえた気がして、彼女はおそるおそる尋ねる。

「あの、メイド長……今何とおっしゃいましたか?」

「王女殿下が帝国に嫁がれることになった。そう言ったのよ……」

 ローズネットははっきりと告げた。今度は聞き間違えようも無かった。それを境に休憩室が俄かに騒がしくなる。

「王女様が……?」

「お姫様、行っちゃうの?」

 フランセットもルネも信じられないと言った様子だ。だがエレネアにはそんな喧騒も何もかもが遠い世界の出来事にように感じられた。

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