【第10話】お忍び王女の王都観光(後編)
セリーヌをメンバーに加えたアンジェリク一行は引き続きエレネア達を尾行する。やがてターゲット達が大通りから脇道に入るのが見えた。
「二人とも脇道に入ったみたいだね~」
「追いかけますわよ!」
見逃すまいと四人は小走りになって追いかける。脇道の前で立ち止まり、建物の壁から少しだけ顔を出して向こうの様子をそっと伺う。
誰もいなかった。エレネア達でさえも。ただ古い樽が雑多に積まれた、石畳の狭い道が続いているだけだった。
「やべっ! 見失った!」
「何やってますの!?」
慌てて全力で駆け出すアンジェリクとセリーヌだったが、
「あら? そんなに急いでどこに行くつもりかしら?」
「誰か探してるのかな~?」
不意に肩に手が置かれると同時に、すぐ背後から声がかかる。驚きのあまり、アンジェリクは心臓が止まるような心地がした。おそるおそる振り返ると、エレネアの笑顔がそこにあった。樽の陰に隠れて待ち伏せていたのだろうか。すぐ隣にはティアヴェラ王女の姿もある。二人揃って満面の笑みだったが、アンジェリクにはそれが逆に恐怖であった。
「あ、あの、その……あたし達、王女様の身に危険が及ばないか心配で……」
「その……エレネア一人だと頼りないし……」
「という名目で私達を尾行してた、でしょ?」
苦し紛れのアンジェリク達の言い訳は、エレネアによってばっさりと切って捨てられた。
「う、すまん……」
「ごめんなさい……」
観念したように素直に謝罪する彼女達であった。ちなみにセリーヌは愛しの王女に尾行がバレたことで、まるで石化毒でも食らったかのように固まってしまっていた。
「まったく……揃いも揃って人の尻を付け回すだなんて何考えてるのかしら!」
その後、彼女達はエレネアにこってり絞られたのであった。返す言葉もなく、アンジェリク達四人は縮こまるばかりであった。
「セリーヌ様もセリーヌ様です! 騎士ならば人々の規範となっていただかなくては!」
「かたじけないですわ……」
普段は勝気な筆頭騎士セリーヌも、この時ばかりは素直に非を認めていた。
「あぁ、そう言えば噂で聞いた話ですが」
中空を見上げ、今ふと思い出したような口ぶりで話し出すエレネア。
「何でも大陸東方のサムライとかいう戦士は主君に非礼を詫びる時、自らの腹を切って誠意を示すとか……」
「わ、私に腹を切れと申しますの!? ……で、ですがそれが誠意を示す為なら!!」
彼女は落ち着いた声音と表情でさらりと恐ろしい噂を言ってのけた。セリーヌは真に受けてしまったのか、放っておくと本当に腹を切ってしまいかねない勢いであった。
「冗談ですってば! 大体その噂自体、本当かどうかも分かりませんし」
見かねたエレネアが種明かしをしたことで一同の緊張が和らぐ。
「もう! エレネアもあんまりみんなをからかわないであげてよ~」
「ごめんごめん、少し『おしおき』が過ぎたみたいね」
王女に窘められたエレネアは苦笑い。それから彼女はアンジェリク達に向き直って宣言した。
「まぁお小言はこの辺りでお終いにするとして……あなた達の尾行なんて簡単に分かるんだから、妙な真似は考えないようにね?」
物言いこそ穏やかだったが、彼女の言葉からは有無を言わせぬ圧が感じられた。解散する間際、アンジェリクは気になったことを尋ねてみた。
「なぁ。ちょっと気になったけどいつから気付いてたんだよ?」
「んー、フラン先輩が『尾行なんて良くない気がするわ!』って言ってた辺りから、かしら? それも台詞の割には声を弾ませてたわね」
答えるエレネアの表情は不敵な微笑みを見せていた。
「最初からかよ!?」
「はっ!? もしかして私達、泳がされてた!?」
「ふふっ」
フランセットの問いには答えることなく、彼女は王女と共に脇道の先へと消えていった。なぜ尾行がバレたのかはさておき、もうエレネアを尾行したりするのは止めようと固く誓うアンジェリク達であった。
「じゃあまたね~!」
去り際、笑顔の王女がこちらに手を振ってくれるのが見えた。
エレネア達と解散後、アンジェリク一行は喫茶店のテラス席で一服していた。基本的には普段通りのメンバーだが、今日はエレネアの代わりにセリーヌがいることだけが違っていた。
「エレネアの奴、今頃何してるんだろうな?」
「さぁね。普通に買い物とかしてるんじゃない?」
話題はこの場にいない友人の動向についてだった。
「どうする? もう一度尾行してみる?」
「勘弁してくれ……」
幼馴染の提案をアンジェリクは即決で却下する。またすぐにバレてしまうのは火を見るより明らかだ。先程は少し脅かされただけだったが、二度目となるとどうなるか分かったものではない。
「それにしてもまさか最初からバレてたなんてね~」
「あいつの勘、鋭すぎじゃないか……?」
もしやとんでもない人物を友人にしてしまったのではないか? アンジェリクは身震いする。
「セリーヌ様はあいつのこと、どう思います?」
「エレネアのこと? 腕の立つ方だとは思いますわよ。それよりこのクレープとやら、クリームの甘さにベリーの甘酸っぱさがアクセントになっていて素晴らしいですわね」
対面の席でクレープを頬張る筆頭騎士にも尋ねてみたのだが、彼女は完全に甘味の虜となっていた。確かに若者に人気の店ではあるし自分自身もかなり気に入ってはいるが、そこまで褒める程のことかとアンジェリクは思う。
「ねぇねぇ、セリーヌ様! セリーヌ様のクレープ、ちょっと貰っていい? あたしのも食べていいからさ!」
不意にルネがそんな提案を持ちかけた。筆頭騎士がどんな反応を返すか少し興味が湧くアンジェリク。意外なことに、彼女の反応は普通だった。
「えぇ、構いませんわよ」
「わーい!」
セリーヌが差し出したクレープに食い付くルネ。しばらく味わった後、
「美味し~い! はい、じゃあ今度はセリーヌ様も!」
そう言って今度は自分の食べていたチョコレート味のクレープをセリーヌに差し出した。彼女は少し躊躇ったものの、結局はルネのクレープに口を付けた。
「! これも美味しいですわね!」
「でしょ!? もっと食べていいよ! セリーヌ様のももっとちょうだい!」
結局仲良く食べさせ合いっこをするセリーヌとルネであった。傍から見ていると姉妹のようにも見える。そんな彼女達の和気藹々とした様子をじっと見ていると、フランセットが話しかけてきた。
「ねぇ、私達もあれやる?」
「そうだな! せっかくだしな」
彼女達に触発され、アンジェリクもフランセットとクレープの食べさせ合いっこに興じるのであった。
◇
アンジェリク達と別れた後、エレネア達は王都の工業地区を訪れていた。特に面白いものがあるわけではないが、ティアヴェラ王女は市井の職人の生活を見てみたいということでこの地区を訪れたのだった。
石畳みの道を行き交う馬車は材料や完成品を運ぶ荷馬車がほとんどだ。通りに面した建物からは織り機の音や鉄を打つ音が聞こえてくる。大通りとはずいぶんと趣が異なっている。
「おぉ~! 王都にもまだこんな知らない場所があったんだ!」
ティアヴェラは王都のまだ見ぬ一面に目を輝かせていた。何が面白いのかエレネアには理解に困ったが、自由に出歩けない王族の身ゆえ、普通のものが案外物珍しく映るのかもしれないと考える。
ちょうど用のある店があったことを思い出したので、せっかくだから彼女を連れて行ってやろうと考えてエレネアは提案する。
「そうだ。ちょっと寄りたいところがあるんだけど、良いかしら?」
「なになに!? 面白いところ!?」
「いや、ただの行きつけの鍛冶屋よ」
「鍛冶屋!? 絶対行く!! なんか凄そうだもん!」
予想通り、鍛冶屋と聞いた王女は興味津々な様子だ。エレネアは彼女を連れて目的の鍛冶屋へと向かった。煙突からは煙が上がっており、今も作業が行われていることが伺えた。鍛冶屋に近付くにつれ、空気に混じる煙たい臭いが強くなっていくのが感じられる。
エレネアが入口のドアをノックすると、程なくして中から若い少年が姿を現した。
「あぁ、エレネアさんか。リカルド親方なら奥にいるよ。上がって上がって」
「えぇ、お邪魔するわね」
「お邪魔しま~す」
彼の後に続いてエレネア達も鍛冶屋の中へと入った。途中、ティアヴェラが前を行く少年について尋ねてくる。
「あの子は?」
「見習いの徒弟よ。若いけれど腕は良い方らしいわね」
彼女達の会話を聞いていた見習いの少年が振り返って補足した。
「親方に比べるとまだまだだけどね。でもいつか俺も自分の店を持つんだ!」
夢を語る少年の瞳は希望に満ちていた。
「絶対なれるよ! 頑張ってね!」
「あぁ! 頑張るよ!」
ティアヴェラの激励に彼はガッツポーズをして答えた。
鍛冶屋の奥の作業場に着くと、鍛冶師の親方リカルドが先程の少年と同じ年頃の徒弟達を指導しているところであった。来客に気付いた彼は手を止めてこちらを向く。
「おぅ、エレネアか。そっちの嬢ちゃんは友達か?」
「まぁ大体そんなところね」
「初めまして、ティアです! ちょっと見学していって良いですか?」
礼儀正しく自己紹介するティアヴェラ。リカルドもその態度に好印象を持ったのか、豪快に笑って快諾した。
「ははは、良いぜ! ただし工具や商品には触るなよ! 怪我しても知らんからな!」
「はーい!」
こうしてティアヴェラの鍛冶屋見学が始まった。放っておくと暴走してしまう恐れがあった為、エレネアは念の為に彼女と手を繋いでおく。が、幸いにもそれは杞憂に終わった。見学会の後、エレネアは彼女自身の用事の件を切り出す。
「それよりリカルドさん。注文していたものは仕上がってる?」
「おぅ、バッチリだぜ。どこだっけな……お、あったあった! こいつだ」
そう言って彼が取り出したのは長剣が一振りに短剣が一振り。それに革の剣帯だった。エレネアは長剣を鞘から抜いて刃の状態を念入りに確認する。二、三度と素振りしてからそれを鞘に戻すと、次に短剣についても同じ確認を行った。
「見事な仕上がりね。これ、代金ね」
「毎度あり! 今後もごひいきにな!」
彼女は剣帯を身に着け、そこに大小二本の剣を吊るすと、リカルドに二万ルミナの銀貨を手渡した。その様子を見て誰よりも驚いたのは他ならぬティアヴェラ王女であった。
「エ、エレネアが……あのがめつくてお金に弱いエレネアが!?」
彼女は信じられないものでも見たかのように声を震わせていた。
「失礼ね! 確かに私はケチでがめついけれど、プロの仕事には敬意を払ってるつもりよ!?」
反論するエレネア。そんな彼女達の様子を見て、リカルド親方も徒弟達も愉快そうに笑っていた。
◇
鍛冶屋の見学後、エレネア達は最初に見かけた雑貨屋に立ち寄っていた。ティアヴェラがこの店のアクセサリーが気になると言った為だ。
彼女は商品を手に取って色々な向きから眺めては戻す。そんなことをずっと繰り返していた。やがて彼女はエレネアのところへやってくると、上目遣いに聞いてきた。
「ねぇ、エレネア。これ買って?」
「指輪?」
彼女の手の中で光るのは、青い半透明の石が付いた銀メッキの玩具の指輪だった。石の中では光が揺らめいており、一応は魔石の類ではあるようだ。が、純度が低すぎて実用には耐えないだろう。こうして子供の玩具にするのが関の山と言ったところか。
「買ってほしいな?」
再び同じ問いを発するティアヴェラ王女。
「値段は……八百ルミナね。自分で買えば良いじゃない。支払い方なら分かってるでしょ?」
エレネアが却下すると、王女はやれやれと言いたげにかぶりを振った。
「はぁ……分かってないなぁ~。ま、そこがエレネアの可愛いところなんだけどね」
「分かってないって何がよ?」
褒められているのか貶されているのか判然としない彼女の物言いに、エレネアは不機嫌そうに聞き返した。
「私はこの指輪を買いたいんじゃなくて、エレネアに買ってほしいの!」
彼女はエレネアの名前と「買ってほしい」の部分を露骨に強調して補足する。
「あの……私、ケチでがめつくて金に弱い人間なんだけど……」
「大丈夫! ちゃんとお返しもするつもりだからね!」
完全に彼女の掌の上で転がされている気がするエレネアだったが、結局上目遣いにこちらを見上げる深い琥珀色の瞳に負けてしまった。指輪を受け取り、店主に代金を支払って店を出たのであった。
(まぁ所詮はあぶく銭だしね)
どの道すぐに出て行く金なのだから、まだしも有益な使い方ができた方だと彼女は自分を納得させた。
王城への帰り道、ティアヴェラは薬指に嵌めた魔石の指輪を光にかざし、上機嫌に歩いていた。低純度とは言え魔石であることには違い無い。彼女の中の魔力と呼応しているのか、石の中の輝きも水を得た魚のごとく活発に揺らめいていた。
「その指輪、そんなに気に入ったの? 王女様ならもっと高価な宝石とか沢山持ってるでしょ?」
「これは特別なのっ! それよりお返しだけど……うーん、何にしようか悩むなぁ……」
真剣に考え込むティアヴェラ。ちょうどその時、パン屋の前を通りかかったところでエレネアが足を止めた。
「そんな悩まなくても、ここのパンでも良いわよ?」
「それも悪くないんだけど、やっぱり形が残る物の方が良い気がする……」
鼻腔をくすぐる香ばしい匂いの誘惑に耐えながら、ティアヴェラは考え込む。が、結局のところ結論は出なかったようだ。彼女はぱんと手を叩くと、思考を切り替えた様子で提案する。
「でもせっかくだから何か買って食べていこっか?」
「えぇ、そうね!」
お返しはまたの機会に保留するとして、二人はパン屋でそれぞれ好きなパンを買ったのであった。
隣を歩くそんな彼女を見ながらエレネアは思った。こんな時間が永遠に続けばいいな、と。
しかし彼女の願いはそう遠くない未来に打ち砕かれることとなる。この二週間ほど後、レメデア帝国の使者が王都を訪れた。




