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【第10話】お忍び王女の王都観光(前編)

 平凡で退屈で、しかし穏やかで優しいこの時間が永遠に続いてほしい。それだけが私の願いだった。




 次の休日。エレネアはティアヴェラ王女と共にアンダルシア城下町を散策していた。本来なら王女にして第一王位継承権者たる彼女が街を出歩くなどそうそう許可されることではないが、お忍びで街を視察する為という理由で許可が下りたのだった。そのはずなのだが。

「あっ! この雑貨屋さんのアクセサリー可愛い~! あっちのパン屋さんは改装中かな?」

 ティアヴェラはあちこちの店を見て回っては子供のようにはしゃいでいた。お忍びのはずが思いっきり目立ってしまっている。一応は町娘風の服装で市井の人々に溶け込むふりはしているものの、彼女はまったく忍んでいなかった。

「あなたねぇ……お忍びって意味分かってるの?」

「うん! 身分の高い人が正体を隠してこっそり外出すること、でしょ?」

「分かってるならそれらしくしなさい。目立ちすぎよ」

「はーい!」

 エレネアが窘めても、彼女は反省しているのかいないのか微妙なところだった。大通りを歩く間も、きょろきょろと道の左右に立ち並ぶ店を見回していた。

 一国の王女にして魔術の研究者でもあるはずの彼女だが、この場においては普通の少女にしか見えなかった。

(まぁこっちの方が本来の彼女なのかもしれないわね)

 彼女の微笑ましい様子を見ていると、エレネアの顔にも自然と笑みが零れてくる。そうして通りを歩くこと十数分。やがてティアヴェラはある店の前で足を止めた。

「どうしたの? 何か見つけた?」

「ねぇねぇ、あれ何!? あの子達が持ってるお菓子!」

 彼女の視線の先にいたのは十歳にも満たない少年少女達。彼らは皆、手に小粒で色とりどりの菓子を持って談笑していた。

「あぁ、金平糖ね。ただの砂糖菓子よ」

「買っていい?」

「小遣いくらい貰ってきてるでしょ? 好きにしなさい」

「わぁい! やったー!」

 ティアヴェラは軽快な足取りで菓子店の中へと入っていく。彼女の後を追ってエレネアも店へと入っていった。



 店内にはクッキーや飴玉など、多種多様な菓子が所狭しと並んでいた。ティアヴェラはそれらを見ては感嘆の声を上げている。

「おぉ~! 何だか宝石箱の中に迷い込んじゃった! みたいな?」

 商品に見入っている彼女に、店主がにこやかに話しかけてくる。店と商品を褒められて上機嫌な様子だ。

「ははは! お嬢ちゃん、嬉しい例えだね。何かお探しかい?」

「えっと、金平糖ってどこにありますか?」

「あぁ、それなら向こうの棚だよ。ほれ」

 店主が指し示した方向の商品棚を見ると、そこには包装も分量も様々な金平糖が並んでいた。どれ買うかは悩み所だったが、城に戻った後も少しずつ味わって食べたかった為、彼女は小瓶に入ったものを買うことに決めたのだった。金平糖の入った小瓶を手に取り、店主のところへと持っていく。

「それにするかい? 三百五十ルミナだよ」

「はーい」

 ティアヴェラは財布を広げ、硬貨を取り出そうとする。そこへ横からエレネアが心配そうな様子で覗き込んできた。

「大丈夫? お金の支払い方、ちゃんと分かる?」

「むぅ……流石に分かってるよ!」

 心配して言ってくれているのだろうが、流石に馬鹿にされているようにも感じられて、ティアヴェラは頬を膨らませる。

「……本当かしら?」

「あ、その顔、信じてないね~!」

 ちょっと見返してやろうと画策したティアヴェラは、百ルミナ銅貨を三枚に十ルミナ銅貨を五枚。釣銭無しのジャストの金額を支払った。ちらりとエレネアの方を伺うと、彼女は感心したように微笑んでいた。

「毎度あり! またいつでも来てくれよ」

「うん! また来るね~」

 金平糖の小瓶を手にしてご満悦のティアヴェラは、そう言って菓子店を後にした。エレネアも彼女に続いて店を出る。


「ん~! 甘くておいしい!」

 街の大通りを歩きながら、ティアヴェラは買ったばかりの金平糖を早速頬張っていた。程々にして残りは後の楽しみに取っておこう。そう思っても気が付くと一粒、また一粒と手を出してしまう。彼女はすっかり金平糖の味の虜になってしまっていた。

「お姫様が食べ歩きなんてはしたないわよ」

「今の私はただの町娘だから良いの! ほら、エレネアも食べてみて!」

「いや、私は別に……むぐっ!」

 渋るエレネアの口に金平糖を一粒押し込んでやる。彼女はしばらく甘味を味わった後、

「甘い……けど美味しい……!」

 そんな素直な称賛を口にした。

「でしょ!? もう一つあげる! 私ももっと食べよっと」

 ティアヴェラは彼女に金平糖をもう一粒手渡すと、自分も更に一粒を頬張った。二人の少女の憩いの時間はゆっくりと流れていく。そうしてのんびりと大通りを歩き続けてしばらく経った頃。

「ねぇ、ティアヴェラ。気付いてた?」

 不意にエレネアが話を切り出した。

「ん? 何のこと?」

「大したことじゃないわ。さっきから私達を尾けてる人達がいるってだけよ」

「えっ!?」

 一瞬びくりと体を震わせるティアヴェラ。もしやお忍びで行動しているのがバレたのだろうか、と冷や汗が流れる。だが彼女はすぐに落ち着きを取り戻した様子で尋ね返す。

「あ、でも前にも似たようなことあったよね。別に悪い人じゃなさそうなんでしょ?」

「えぇ、ご名答」

 話が早くて助かるわ、と言いたげに頷くエレネア。

「人数は?」

「三人……いえ、四人かしら? ちょっと多いけれど、まぁ気にする程ではないわね」

 ティアヴェラの質問にも、彼女は特に慌てた様子も心配した様子も見せない。それで話は終わりかと思ったが、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。

「でもそうね……人の尻を付け回すお行儀の悪い子達には少しばかり『おしおき』が必要だとは思わない?」

「わっ! 面白そう!」

 俄然、やる気を見せるティアヴェラ。

 王女、治癒魔術師、研究者。それらの肩書から知的で落ち着いた人物という印象を持たれがちな彼女だが、実態は真逆でかなりのお転婆で悪戯好きな少女なのであった。エレネアもそのことを理解したうえでこの提案を持ちかけてくれたのだろう。あるいは彼女も「同類」なだけかもしれないが。


    ◇


「おっ、あいつらまた移動するぞ!」

 エレネア達の少し後方。こちらにも行動を開始する少女達の姿があった。先頭を行くのは橙色の髪に赤い瞳の少女、アンジェリクだ。

「フラン、もっと早く走れ! ルネ、お前は近付き過ぎだ!」

 彼女は同行する仲間のフランセットとルネに指示を飛ばしつつ、ターゲットを見失わないように行動していた。かく言う彼女自身も隠密行動は専門分野ではないので、上手くできているのかどうかは定かではないのだが。

「そんなこと言われても私、運動は苦手で……」

「付かず離れずって難しいよ~!」

 彼女達は城を出てからずっとエレネアとティアヴェラ王女を尾行していたのだった。表向きの理由は「エレネアが妙な真似をしないよう見張る為」と言い張っているが、実際は元傭兵のメイドと王女という異色の二人がどんな休日を過ごすかが気になって尾けてきただけであった。

 彼女達の視線の先で、ターゲットである青髪と亜麻色髪の少女達は通りに面していた菓子店へと入っていく。

「あの二人、菓子店に寄ったみたいだな」

「王女様のお口に合うようなものがあるとは思えないけれど……」

 二人の入った店は高級菓子店などではなく、近所の子供や若者が来るような安価な菓子ばかりを取り扱っている店だ。エレネアはともかく、王女がそんな店に用があるとは思えなかった。

「分からないよ~? あそこの飴とか金平糖、美味しいからね! お姫様も食べたくなっちゃったのかも?」

「それお前が好きなだけだろ」

 ルネにツッコミを入れるのもそこそこに、彼女達は通りを挟んで反対側の店の軒先に向かう。ただの買い物客を装いつつ向かいの菓子店の様子を伺っていると、やがて買い物を終えたエレネア達が出てきた。ティアヴェラ王女の手元を見ると、瓶に入った色とりどりの砂糖菓子が見えた。

「やった、大正解! あたしってば凄い!」

 予想が的中してサムズアップするルネ。

「マジかよ……」

「王女様もああいうお菓子が好きなのね……意外と庶民的なのかしら?」

 ルネの適当な予想が的中するなどとは思っておらず、二人は唖然とする。が、すぐにそんな場合では無いと気を取り直す。

「っと、そんなことより追うぞ!」

「えぇ、見失ってしまうわ!」

 未だドヤ顔を披露し続けているルネの手を引いてアンジェリクとフランセットは駆け出した。


 アンジェリク達は先を行くエレネアと王女の尾行を続ける。ターゲットに見つからないよう、なるべく店の軒先に積まれた木箱や樽の陰に身を隠しつつ移動していた。傍から見ると完全に不審者だった。

「次はどこに行く気だ……?」

 木箱の陰から様子を伺いつつ呟くアンジェリク。肌が触れ合う程のすぐ隣で、フランセットとルネも彼女の視線の先を追う。

「あなた達、雁首揃えて何してますの? 面白いものでも見えますの?」

「あぁ、ちょっとな。今忙しいから向こう行っててくれ……ってその声!?」

 通行人に声をかけられたものの忙しいので適当にあしらっておく。が、その声と口調に聞き覚えがあって彼女達は反射的に振り返った。

「「「セ、セリーヌ様!?」」」

 そこには王国騎士団の筆頭騎士、セリーヌの姿があった。彼女は麻の服に革のブーツといった町娘らしい服装に、変装のつもりか伊達眼鏡をかけていた。トレードマークの金髪はツインテールにしており、普段より幼い印象を見る者に与える。だが隙の無い立ち居振る舞いは彼女が熟練の戦士であることを物語っていた。

「ごきげんよう。それよりあなた達、道端でこそこそと何をしておりますの?」

「えぇ、実は……」

 アンジェリク達は彼女に事情を説明する。あくまでエレネアを見張るという名目であることを強調して、だが。

「……というわけでエレネアを尾行、じゃなかった。見張っていたんですよ」

「わ、私はこういうの良くないから止めようってちゃんと言いましたよ!」

「えー……でも一番乗り気だったの、フラン先輩じゃん……」

 三者三様の事情説明を、セリーヌは難しい顔をして腕組みをしながら聞いていた。やがて彼女はわざとらしく咳払いをしてから口を開く。

「そ、そうですわね! 王女様をお守りするのは騎士たる者の務め! (わたくし)も同行いたしますわ!」

「……へ?」

 予想外の展開にアンジェリク達三人は皆呆然となる。

「ですから私もその尾行、ではなくて王女様をお守りする任務に参加すると言っておりますの!」

 なぜか乗り気になってしまうセリーヌであった。結局彼女をメンバーに加えた四人で尾行を継続する運びとなったのであった。

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