#60 約束の5秒間
「はァ?てか、凶暴化ってなんだ……うおっ!?」
狼男の言葉を遮るように空気砲みたいなものが飛んでくる。ギリギリで避けた僕らの後ろの壁には、黒い燃えた後のようなものが付いている。
つまり───
「これ、爆弾?」
「は……いやいやいや!!爆弾とか使う相手に丸腰の人間が敵うわけなくね!?死ぬって!」
「お前は狼男だけどな」
自分の置かれている状況をようやく理解したのか、狼男は隣にいた僕に悪魔のやばさを語る。
一番年上なのに情けない。丸腰でも今はとにかく戦わなきゃ───
「丸腰?」
「そうだよ!だからッ」
「……いや、武器ならある。…狼!」
狼男の服をグイッと引っ張り、ひそひそと耳打ちをする。そして、僕の話を聞いた狼男は目を見開く。
「……お前、まじかよ」
「まじ。大マジ。狼男、お前にしかできない」
今の作戦。それは狼男にしかできないことだった。僕と狼男の視線は───頭上のシャンデリアに向いていた。
それを見て、ヤンキー赤ずきんさんは目を丸くする。僕、狼男、シャンデリアを交互に見る。
「あ”ー……本気か?」
「本気だとよ。時間がねぇ、やるからな」
ヤンキー赤ずきんさんは頭を掻きながら、はー……とため息をつく。狼男は嫌がりながらも覚悟を決めてくれたようだ。
パチッと2人と目が合う。そして、離れる。
「……っと、危ねぇな!」
狼男の怒号と激しい戦闘音。火の玉が飛んだり、瓦礫が飛んだり、悪魔の本気度が見える。ヤンキー赤ずきんさんは自慢の馬鹿力でヘンゼルの檻を壊そうとするが、無理そうだ。
僕は全神経を集中させる。最高のタイミングで火をつける。投げる。頭の中で何度もシュミレーションし続ける。……まだ。まだだ。
ポタ……と額から汗が垂れた。
「おい!約束の5秒だッ!!」
悪魔がシャンデリアの下に来る。狼男が脚でガッとシャンデリアの付け根を蹴る。シャンデリアが落ちる。
「ぐあァァ…!!」
悪魔の動きが──止まった。
「ッーー!!」
シュッとマッチ箱に擦り付ける。火がつく。
「ほいっ!」
悪魔の方に火を投げる。ここだ。ここで全てが決まる。火がついて、燃えてくれれば……!
コモン。お前の代わりに……僕は───お前の恋人を殺そうとしている。
「ア”アァァァ!!」
悪魔の悲痛な叫びが耳に響く。狼男が耳を塞いで顔を顰めている。
燃えた。
ガソリンでも引いていたのかという勢いで燃えていく。肌にマジモンの火の熱さを感じる。ジリジリと焼けていると錯覚してしまうほど。
これで……良かったのだろうか。きっと、この悪魔の真髄には本来の人───魔女さんの妹、ロンがいるはずだ。その人ごと、燃やしている。殺人、そういうことになる。
自分のやった事は間違っていない。…そうも思えないのは、僕が優柔不断で最後まで悩んでいたからだろうか。
コモンがこれを渡したのは……殺して欲しかったから?本当にそれで良かったの?
分からない。でも、もう遅──
「なっ」
ガッと火の中から腕が伸びて、僕の足を掴む。振りほどこうにも、力が強すぎて無理だ。火が足をジリジリと焼いてくる。
「熱ッ……」
それに気づいた狼男が僕の体をガシッと掴み、引っ張る。
「ちょ、痛い痛い!」
「うるせェ!お前自分の足見て発言しろ!」
バッと自分の足を見て、目を見開く。
血が流れて、赤黒く変色し始めている。火傷……と言うよりも、爛れていると言った方がいいかもしれない。そして、そこから変な模様のようなものが広がり始める。
「……なに、これ」
「知らん!ただ、最悪お前死ぬぞ!」
痛い。
それだけが僕の脳裏を埋め尽くす。
だって、少し前まで普通に学校に行って、普通にご飯食べて、普通に寝てたんだ。なのに、痛みに耐えれる訳ない。
……なんでここに来たの。なんで……帰れないの?
「馬鹿野郎!痛い事ばっか考えんな!まだ終わってねぇんだよ!」
ヤンキー赤ずきんさんが、僕の足を掴んでいた手を踏む。子供の限界というものが垣間見えるが、助けようとしてくれている。それだけはわかった。
「……ッ悪魔!もう終わりだ!」
僕がそういった瞬間──手がボロ…と崩れ始めた。全員の荒い呼吸音だけが空間に響いている。足を見る。正直、見るも無惨な状況。変な模様が広がっているが、手は離れている。
「……がと。……ありがと」
微かに。微かにだけ聞こえた。感謝の声。
悪魔───いや、ロンの方を見る。
「……ロン?」
返事はない。狼男やヤンキー赤ずきんさん達と目を合わせる。今の、聞こえた?と。
「明らかに、聞こえたぞ」
「あれが本物ってことかよ」
「はい。ロン、魔女さんの実の妹さんです」
いつの間にか僕らの間に現れたクラージュ君。
その言葉を聞いて、ヤンキー赤ずきんさんと狼男はギョッとする。
『は!?妹ぉ!?』
仲良いなこいつら……。
まあ、そういう反応になるよなー…と思っていると、ヤンキー赤ずきんさんがずいっと近づいてきた。
「お前さぁ……そういう事は先に言えよ。なんだよ、敵の魔女って」
「あー……それは、ごめん」
「あなた、また言葉足らずな発言したんですか?」
クラージュ君からも冷たい視線が刺さる。年下たちからこんなにも責められることある……?
「ふっ…嫌だわぁ、こんな年上笑」
「うるせーよ、もっと年上野郎」
ジトっとした目で狼男を見る。お前の方が年上だろ?という目で。
「……おい、ガキ。終わったみたいだな」
「…え?」
足に少し触れながら、なんだこの模様……とか思っていたら、後ろから声がした。
──そこに居たのは、さっきよりも薄く揺れているコモンだった。




