#61 恋人たちの思い出(前編)
今日も仕事三昧で疲れた……。
そう心の中で呟いたのは、コモン・ドール。19歳にして仕事に疲れている、社畜のような男だ。
茜色に染まっていく空の下で、今日も街は賑わっている。そのせいか、自分がもっと霞むような気がしてくる。
普通。どこにでもいる。仕事先で何度も言われた。そして、仕事を間違えたりすると、お前の代わりはいくらでもいると貶され、心身ともにダメージを負う。
俺だって、物語の主人公みたいにかっこいいことしてみたかった。
昔に沢山読んだ、小説や絵本。世界を救ったり、夢の世界を冒険したり、お姫様を助けたり……。
そんな妄想に耽ったこともある。でも、妄想は妄想でしかない。現実でこんな事が起こるわけが無かったのだ。
どこかでそう気づいていたけど、小さい頃の俺は信じたくて…どうしても普通から抜け出したくて…頑張っていた。それも、イキっていると殴られて終わったが……。
『はぁ……』
思わずため息がこぼれた。そして、気づく。
「え?」
「へ?」
2人分の声が重なっていたことに。
目の前には、黒いショートの髪に、育ちの良さそうな服装。黄色い瞳。見たことの無いくらい、綺麗な子だった。思わず、少しの間見惚れてしまう。
「えっと……大丈夫?なんか疲れてるみたいだけど」
「だっ……大丈夫…です」
顔がじわじわと熱を持っていく。恥ずかしい……マヌケな顔を可愛い子に見られた…。
「ふふ、全然大丈夫そうじゃない。貴方、お名前は?」
「へ?あぁ……コモン・ドールです」
「私はロン。ねぇ、あなた魔法って信じる?」
単刀直入にすごいことを聞かれる。小説や物語の中でしか聞いたことのない、魔法と言う言葉。
ロンが凄く真剣に聞いてくるもんだから、少し戸惑ってしまう。目を泳がせて、考える素振りをする。
「ま、魔法って物語とかに出てくる?」
「そう!」
ロンが元気よく答える。
そして、目を輝かせたまま、ズイっと近づいてきて、質問責めが始まる。
「魔法のこと知ってるのね!魔法は好き?それとも嫌い?ていうか、魔法が使えたらどうする?遊ぶ?それとも人のために?世界救っちゃったり!」
質問の内容は、まるで子供みたいで、俺にはそれが何故か凄く輝かしく見えた。自分は周りに否定されて、諦めて、普通の自分を嫌ったまま育ってしまった。
でも、この子は───ロンは恥ずかしげもなく、さも当然かのように聞く。知りたい、聞きたい、その一心で。
「君、なんだか物語から出てきたみたいだね」
思わず、呟いてしまった。
「あら、面白いこと言ってくれるのね。……でも、物語からは出てきていないの。私は、この世界で魔法が使えるのよ」
世界の時間が、一瞬止まったように感じた。そして、数秒後に俺の悲鳴に近い叫び声が街に響く。
────これが、後に恋人となり、死という壁によって憚られる、俺らの物語。その始まりだった。




