#50 結末改変
??side
「あの日から、何年経ったのかしら」
真っ暗闇の中、私は呟く。もう目をつぶっているのか、開いているのかも分からない。目が暗闇に慣れてもなお、見える景色は同じ。何もない、真っ暗な無。
自分の姿すら分からなくなってしまったのは、いつからだったのか。生きているのか、死んでいるのか、教えてくれる人は誰もいない。自分の声が聞こえていることだけが、耳が機能していると教えてくれる。
姉さんから離れたことが間違いだったのか。それとも、あの人と出会ったからなのか。こうなってしまった今では、もう分からない。
狼男side
「痛ってぇ……」
目を覚ますと、原因不明の痛みに体を蝕まれていた。顔面に違和感を覚え、軽く触ってみると手に付着する血。こりゃ、鼻血だな……。
ただ、口に広がる血の味から、口の中も何ヶ所か切れているみたいだ。
「そういや、俺──」
最後の記憶が正しければ、俺はあのロンとか言うやつに何かされ、意識が無くなった。それでなんで傷だらけなのかも、知らない場所にいるのかも、何一つ分からないが、こんな満身創痍の状態じゃあ動けない。
「しゃあねぇ、寝るか」
満面の笑みを浮かべていたのは無視して欲しい。断じて、動けたが眠たかったので言い訳をした訳では無い。
……本当だからな。
グレーテルside
「うんうん、スープもいい頃合いですかね。グレーテルちゃん、かまどの火の具合を見てくれますか?」
部屋の中に充満していく、美味しそうなスープの香り。私もお母さんが作ってくれるスープが好きだったな…。と寂しい気持ちになるはずなのに考えてしまう。こんな状況じゃ、仕方ないのかもしれないけど。
私がもしここで、かまどの火を確認したとしよう。すると、次に行われるのはスープができあがっているのだから、ヘンゼルの調理だ。
視線が窓に行った。
相変わらず、窓から見える景色は絵の具で描いたような青空だけ。その景色がどうしようもなく、発熱をした時に見る夢を想像させ、もしかして今日起きたことは全て夢なのでは?と思ってしまう。
震える身体を無理やり落ち着かせるように、手を強く握る。
かまどを開けると、熱風と共に火のパチパチとした音が聞こえてきた。その火の熱さが、私に現実だと、夢では無いと教えてくる。
ふと、考えてしまったのだ。もし、このかまどに女の人を押し込めば、ヘンゼルは助けられるのではないだろうか。女の人を犠牲にするか、ヘンゼルを見殺しにするか。そんなのだったら、前者を選ぶに決まってる。
けれど、私にできるとは思えない。
“人を……殺すなんて”
「グレーテルちゃん?分からないんですか?…しょうがないですねぇ。…私がやってあげる」
瞬きを一度すると、後ろにいたはずの女の人が目の前に居て、かまどの前にしゃがみこんでいる。何故か、一瞬。女の人が別人に見えたが、見間違いだったのだろうか。今では、あの怖い女の人に戻っている。
思い描いていたようなチャンスが今、起こっている。私が少しでも力を込めて押したら、女の人はかまどに真っ逆さまだ。ヘンゼルの方を向く余裕なんてない。今、私が決めなきゃ。ヘンゼルを助けるために。私が。
「stop」
手を伸ばそうとした時、誰かの声が聞こえた。
レトside
「はー。まずは“ここ”だよな」
手元の時計の秒針がカチカチと進む。
“結末改変”のため、俺はまず“グレーテルが魔女を殺す”という部分を変えに来た。ここを変えねば、変わるものも変えられない。詰み状態になってしまうからだ。
俺のこの能力にも制限があり、この時計の秒針が12時の方向を3回指したら、止まっている時間が動き始めてしまう。ま、簡単に言えば猶予は3分と言ったところだ。
「えっとー、かまどを閉めて、グレーテルを魔女から離して……」
えっさほいさと慣れた手つきで、静止している世界を動き回る。今、この童話の世界で動いているのは俺だけ。そう思うと、何度経験しても変な気持ちになる。
「最後に、魔女には元に戻ってもらわなきゃな」
そう思い、ふと時計を見ると、なんと後30秒を切っていた。ここから離れる時間を含めて3分なので、これはまずい。
「しょうがない。あとは、噂の“読者”に任せるか」
ここに来る前にメイベルが言うには、読者たちはもう近くまで来ているみたいなので、あとは成り行きで何とかなるだろう。
“グレーテルが魔女を殺す”という大事な部分を変えた後の世界は、どうなるのか正直わからん。
変な結末になれば、俺はものすごく“あの女”に煽られるだろう。
罪人に任せるのは癪だが、読者がどれだけの力量の持ち主なのか知れるいい機会だ。
どーせ、どう足掻いても7つの童話には関与しなきゃなんだし、こんなとこでつまづいてちゃ、途中で死ぬ。読者だって、この世界でも死にたくないだろう。
俺は転移魔法を使い、ゆらゆらと霞んでいく景色をボーッと見る。
この、いわばパズルで言う、真ん中のピースが抜けた状態から、どう変わっていくのか。少し楽しみだった。




