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『もしかしてこのままでもいいんじゃないか?』





 ふと、そんな気持ちが首を持ちあげた。


 ここにいれば親から医者になれと強要される事もないし、チカもオレも神隠しのことで陰口をたたかれなくて済む。


 もちろん、昔のことを覚えてないのはさびしい。


 けれど、こうやっていっしょに過ごしていればちょっとだけでも、今みたいになつかしいとか言ってくれるだろうし。


 それに、今のチカなら変に意地張らなくてもいいし、ふつうに話せる。


 それにキレイだよな、花魁姿。


 身請けと水揚げされたらアウトだけどオレたちで見張っていられるし、生活するのだって困ってないし、歓待されてるし、このままでもいいんじゃないか?


 記憶を取り戻すっていっても、どうやればいいかわからないし。


 だいたい人の記憶なんてアテにならないものだ。


 思い出してもそれが記録として正しく機能することがないこともあるんだ。


 思い出さなくても、危ない思いや怖い思いをしないならいいんじゃないか? 


 それに、チカは今不幸そうには見えない。


 そもそも現実世界にいるときよりも幸せそうじゃないか。


 オレは都合のいい夢を見はじめていた。


「クソガキが。すっかり泡沫にはまりやがって。正気にもどっちまったときにゃあ、時すでに遅しだぜ。浮世の憂さを忘れんのはいっときさ」


「あきまへんなあ。すっかりイッテンシカイの夢にハマってしもうとる。まだまだ尻の青い人間やなあ。にしても、ひさびさやなあ。若い人間の娘がくるんわ」


 暗闇に浮かぶ、ふたつの声にオレが気づくことはなかった。


 この時のオレは、本当に都合のいい夢を見ていた。






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