シミュレーション訓練
ユキが目を開けると砂漠の真ん中に立っていた。この基地の周辺をシミュレートしているのだろう。
すぐに右手の主兵装を確認する。ライフルのハンドガードの下にショットガンの機構が取り付けられ1つになっていた。それぞれ使用する弾丸が異なるため、マガジンが上下に伸びている。異様なフォルムだが、量産機最速の代償として火力が最弱であるこの機体にとっては相性のいい武器だ。
左後方からアラートが鳴る。
「……!」
振り返ると、映像の奥に動く機影を捉える。別窓で拡大映像が映された。
鷹に戦闘機の翼が付いたようなそれは紛れもなくリーゼの機体だった。
「敵機確認。レイヴン三機」
編隊を組んでいるわけではないが、状況を口にするのが癖になっていた。
ユニコーンの全身のスラスターが火を噴き、空へ昇る。
敵機との距離はぐんぐん縮んでいく。敵機がライフルの有効射程に入る前に複数のミサイルが発射された。それでも、ユキは速度を緩めない。
射程に入った瞬間トリガーを引く。
次々とミサイルを撃ち落とした。
それでも全数は落とせなかった。肉薄する2つの爆発物。
接触する直前、両腰の補助スラスターが唸りを上げ、機体を回転させながら横にずらす。
横を通り過ぎていったミサイルを後ろから撃ち落とす。
レイヴンは有効射程の目前まで来ている。すぐにリロードし、次に備えた。
一対三の数的不利なこの状況ではファーストコンタクトで確実に一機以上撃墜しなければならない。そうしなければ戦況は悪い方に転がり続け、最後には墜とされてしまう。
弾丸が交差する。
ユキは敵の攻撃を避けることを重視していた。
ヒラヒラと弾丸の雨の外側を飛行する。
ミサイルの迎撃とは違い、ライフルの合間にショットガンをばら撒いた。
直撃こそしなかったが、バランスを崩した。
その刹那、ライフルで撃ち抜く。
新しい武器の試し撃ち程度の思いつきの攻撃であったが、効果的だった。この方法で二機を撃墜。
「あと一機」
機体を翻し、ライフルでの追撃。敵の攻撃は先ほどの三分の一。避けるのも容易かった。そして墜とすのも容易い。
第一波を撃退すると戦闘終了を知らせる文字列が映る。それから数秒して第二波が来た。
リーゼの地上戦用人型兵器。
「アサルト二機、確認」
拡大された映像には両腕と両膝に鋭利な突起がついた機体が砂埃を上げて迫ってくる様子が映し出されていた。刺々しいヴィクトリアのようだが、両手は銃火器、背中にはガトリングを背負っている。ユニコーンよりも火力と装甲が高いが、レイヴンに比べるとその機動性は止まっているようにすら見えた。
上空から回り込むように敵機に近づく。
「――っ!」
アサルトの巻き上げる砂煙に突然穴が開く。
反射的に機体を反らしていた。それが砲撃だと気付いたのは、可動式スラスターをひとつ吹き飛ばされたからだ。
機体の異常を知らせる警告が視界の左下に映し出されている。腰の補助スラスターも掠ったようだった。
「スナイパー、一機」
砂煙から砲台を背負った機体が現れる。両腕が長く、前屈みのまま移動していた。
「スナイパーか」
一撃は強力だが、単体であれば視界に入れている限り避けることが出来る。しかし、万が一直撃すれば致命傷は間違いない。積極的にスナイパーへ攻撃を行う。
銃弾、砲撃を横目に距離を縮め、マガジン一つ分を撃ち尽くす頃にはとスナイパーが爆炎をあげた。
再び高く上昇し、アサルトに向け空から銃弾の雨を降らせる。装甲の薄い関節部から火花が散り、糸が切れたように両腕が地面を向いた。
「敵機沈黙を確認」
第二波も撃退完了。映像が切り替わり、機体が修復されたことを示す文字が大きく映る。次に映し出されたのは先ほどと同じ沙漠地帯だった。
次の敵を確認する。
「……!」
その姿にユキの動きが止まる。敵機として現れたのは紛れもなくヴィクトリアだった。両腕に爪を装備したフェンリル。
「エリザ少尉の、ルーン……?」
状況が飲み込めない彼女に銃弾が飛んでくる。爪の間に搭載されたマシンガンはかなりの連射性だった。スラスターが修復されていなければ避けきれなかっただろう。
攻撃を避ける中、ユキはエリザの言葉を思い出していた。
「これはシミュレーションで自分以外はみんな敵、か」
ライフルを構え、ルーンに向け放つ。
これまでの敵とは違い攻撃が当たらなかった。レイヴンほど機動性があるわけではない。しかし、トリガーを引く瞬間に照準から機体が消える。
二体の距離は少しずつだが確実に縮まっていた。
「ぐっ!」
どう見ても接近戦を得意とするルーン。離れようと操縦桿を操るが、ついにその爪が届く距離にまで迫られる。
迫りくる三枚刃。
下半身のスラスターを全開にして上体を反らし、膝蹴りを当てる。
「……!」
爪が鼻先を通り過ぎた。その背中に向けてライフルを放つ。が、これも当たらない。姿勢制御、スラスター全開で距離を取ると既にルーンはこちらを向いていた。
膠着状態。
様子を見ている。
「あ、そっか」
その時ひらめきが訪れた。というより現在の武装を思い出す。ショットガンを近い距離で撃てばレイヴンのときのように隙が生まれるかも知れない。
しかし、その策を実行することは出来なかった。
ペダルに置いた足に力を込める前に映像が切り替わってしまった。
戦闘終了を知らせる文字列。
緊張の糸が切れ、大きく息が漏れる。
「いまのは絶対エリザさんだった」
エリザは接近戦を好むというより距離を潰すのが得意なようだ。
「もしかして、次はソフィアさんかな?」
ゴクリと唾を飲んだ。この基地唯一の特機とその持ち主の実力には興味がある。そのユキの目が次に捉えたのはフェンリルよりも骨格の太い、重装備の機体だった。
「あれは、グレンデル? 緑色だけど」
分厚い装甲にライフル、リアユニットは二門の大砲320㎜カノン砲と両肩に伸びるガトリング、ファントムフォックスを備えたガンナーユニットだった。腰にはその火力を支える箱型マガジンが掛けられ、腕には体を隠せるほど巨大な盾、アイギスを持っている。
「誰の機体だろ……?」
言い終わるよりも早くカノン砲が火を噴いていた。射程に入れるまで続けざまに撃たれたが、それは完全に避ける。
ただ、このグレンデルとの戦いはこれからが本番だ。カノン砲に加え、ライフルとファントムフォックスにも対応しなければならない。その上、アイギスで機体のほとんどが隠されている。
「この……!」
何度撃っても弾幕を避ける合間の一瞬ではアイギスにしか当たらない。
「っ!」
機体の異常を知らせる警告音。
損傷は軽微で戦闘継続に問題はないが動きを読まれ始めてきた。
長期戦は出来ない。とはいえ、狙い撃つために足を止めれば蜂の巣。無理に接近しようとしても蜂の巣。
ユキは弾丸を避けながら、確実に追い詰められていくのを感じていた。
打開策も見つからず操縦桿とペダルを絶え間なく動かし続ける。少しずつ増えていく損傷。砲弾すらすぐ横を掠めていく。まるで蜘蛛の巣に掛かったような気分だった。抗えば抗うほど身動きが取れなくなくなる。もちろん、実際の機動性は変わらない。しかし、回避した方向には既に弾丸が迫っている。積もり積もった損傷が機体制御に影響を及ぼす直前、戦闘は終了した。
時間一杯逃げ回ったような戦いに肩を落とす。
いっそ相討ち覚悟で距離を縮めた方が撃退出来たのではないか、などと出来もしないことを考えてしまっていた。
そんなユキを無視するように次の戦闘が始まる。
「ネローザ!」
拡大された映像には広げた翼を地面に突き刺し、猟銃を構えるヴァンパイアの姿があった。
「ソフィアさんだ」
ユキがペダルに乗せた足に力を入れるその瞬間、彼女の機体が光った。
それに光を吸収されたように映像が真っ暗になる。
「……え?」
操縦桿もトリガーもペダルも反応しない。状況を理解できないユキに説明するように文字が写し出される。
被害箇所、損害レベル、生存率、命中率、回避率……などなど。
とどのつまり、実戦なら死んでいたということを長々と説明された。あの光は狙撃で、その直撃を受けたらしい。最大望遠でようやく機体が確認できるような距離があったのにも関わらず、コックピットを撃ち抜くことが出来るほどの有効射程と精密な射撃だった。
これでシミュレーション訓練は終了。ヘルメットを外して卵型のカプセルからでる。そこにはソフィアとエリザ、ラウラ以外にひとりパソコンの横に立っていた人影があった。緩やかに波立った髪、上がった目尻、一見して気の強そうな女性だった。
「あんたが新入りかい? 私はゲヴァルト隊隊長、カレン・ゲルハルト。中佐だ」
ユキは姿勢を整えて自己紹介を行う。カレンは腕を組んでうんうん、と細かく相槌を打ちながら聞いていた。人間の慣れとは恐ろしいもので、入隊数時間で軍とは思えない砕けた雰囲気に違和感がなくなっていた。
「ユキっていうのか。なかなかいい腕してるじゃないか」
歯を見せて笑いながらユキの肩をバシバシと叩いた。
「ま、流石にソフィアには勝てなかったようだけどな」
「はい、全く反応出来ませんでした」
素直に負けを認め、顔を下に向けるユキの頭にカレンは手を乗せる。
「ま、シミュレーションであのレールガンを避けられる奴なんていないから気にするな」
ハハハ、と声を出して笑い、そのまま撫でた。
「レールガン?」
「ネローザ専用の武器だよ。超長距離狙撃用電磁加速砲。詳しく話すと――」
その後も本当に詳しい説明が続いたが、専門的な単語の連続に半分も理解できなかった。とりあえず射程と弾速が段違いに優れた武器で、特殊な形状の翼も加速の補助とエネルギーの補填を兼ねているそうだ。
「それに、エリザとラウラとは引き分けだったみたいだし」
「姉御、時間切れですよ」
エリザが食い気味に言った。
「引き分けとは違います。時間切れです」
大事なことなので彼女は二回繰り返した。本当はかなり悔しかったのだな、と二人は顔を見合わせるしかない。
「そ、そういえば、あのグレンデルはラウラさんだったんですね」
「そ、そうなんだよ。どうだいウチのラウラの実力は?」
話題をすり替えようとしたユキに合わせてカレンも話を広げる。
「時間一杯逃げ回るのがやっとでした」
「そうだろうそうだろう。ラウラの観察眼はずば抜けているからな」
シミュレーションとはいえあの追い込まれて行く感覚は思い出すだけでもゾッとした。
「ラウラによれば、どんな相手でも動きにはパターンがあるんだそうだ。しかも、追い詰められた時ほど顕著にそれが現れるらしい」
「だから避けた先に攻撃することが出来たんですね」
「じわじわと敵を追い詰めてなぶり殺しにする、ああ見えて恐ろしいやつなんだよ」
カレンは不気味な笑みを浮かべたが、その後ろでその張本人が俯き佇んでいる方がよっぽど不気味だったのでユキはリアクション出来ない。
「わ、私は、そ、そんなんじゃ……ないです!」
今までより少しだけ声を張って顔を上げたラウラは表情こそ変えないようにしていたが、頬を赤らめ怒っていた。そんな彼女を冗談だと宥めるカレン。
その横でずっとパソコンを扱っていたソフィアが手を止めて立ち上がる。
「ユキちゃん、基地の案内はこれで終わり。いま基地にいるメンバーとは挨拶出来たし、シルム隊は明日帰ってくるから挨拶はその時かしらね」
「は、はい」
ユキは姿勢を正した。
「今日のこれからの予定は?」
「特に何もないの」
当然のように答える。入隊初日に迷路のような基地でどう半日を過ごせばいいのだろうか。
「ちなみに明日から当分の間は実機での訓練がメインね」
「バシバシ指導するわよ」
エリザがビシッと人差し指を立てた。
「よろしくお願いします。それで、今日は何をして過ごせば……?」
「下手に基地の中歩き回ると迷子になるぞ?」
「い、いままでにも……迷子になった人、多い」
選択肢が少なくなる。
「クロツバキは整備中だから触れないわね」
「整備中に触るとはおやっさん、キレますからね」
更に選択肢が少なくなる。
ユキは状況を整理した上で1つの結論にたどり着いた。
「せっかくなので部屋で荷ほどきします」
全員が首を縦に振った。




