ここだけの話
マリアの部屋はメルヘンな家具に人形が飾られ、等身大ドールハウスのようだった。
飾られている人形が小さな女の子が遊ぶようなものではなく、ヴィクトリアのプラモデルであることを除けば年相応の部屋だ。
ベッドの横に置かれた華奢なイスに座るユキは両手を膝に置き、背筋を伸ばしていた。
「マリアちゃん、さっきのシミュレーションすごかったですね」
「そうでしょお! ……なんで敬語なの?」
「実機と違って操縦しづらくないですか?」
「うーん――」
マリアは手近にあったプラモデルを手に取る。
「シミュレーション訓練機はほんとにゲームみたいな感じかなあ」
ボタンを押せば画面でキャラクターが動く。慣れれば思考よりも先に指が動くようなものだ。あまりゲームをしないユキにもなんとなく理解できた。
「じゃあ、ヴィクトリアはどうですか?」
「あれはなんだろうなあ……別の人?」
「別の人……?」
「守護霊みたいなあ!」
それは既に人ではない。が、言わんとしていることは伝わってきた。
ヴィクトリアを操縦しているとそういう感覚に合うことが少なくない。直観というより六感という感じだ。
それも理解できた。彼女が本当に知りたかったのはその先だった。
「その守護霊が機体から降りてもついてきたりしない?」
「たまにあるよお」
「そういう時はどうしてるの?」
マリアは小首を傾げた。質問の意味が分からないようだ。
確かに、かなり抽象的な質問だった、と改める。
「物音が気になったり……あと、眠れなかったりしない?」
「それはないなあ――」
あっけらかんとした表情だった。
「音はあんまり気にならないし、夜は眠くなるし」
「そ、そうですか」
ユキは思わず頬をかいた。
幼い頃からそれが当たり前だったマリアにとってはもはや取るに足らない事象なのだろう。
慣れてしまえばどうということはない、のか。
「マリアちゃん、明日の欲しいもの決まった? プラモデル?」
「まだ新しいの発売してないからあ……お洋服がいいなあ」
オシャレに興味を持ち始める年頃だな、とユキは少し安堵した。
その類稀な才能のためにパイロットとしても、一人の女の子としても非日常を送る彼女が普通の興味を持っているというだけでどこか安心してしまう。
「どんなのが欲しいの?」
「わかんない」
マリアは楽しそうだった。
「どんなのがいいかなあ? あとで聞いてくる」
「ナターシャさんに?」
「ナターシャはあんまりオシャレじゃないからなぁ」
「そ、そう、なんだ」
意外と厳しいご意見。年齢的に感覚が違うのかもしれない。
「誰がオシャレ?」
「一番はカレンかなあ」
「カレンさんか……カレンさん!?」
ユキの記憶にある彼女はTシャツにジーパンというかなりラフな服装だった。そこがオシャレなのか、それとも普段は違う格好をしているのか。
それともまさか、と考えたところで思考を止めた。カレンのコスプレ趣味は相手にさせることであってすることではない、と力説していたことを思い出した。
マリアの考えるオシャレはどれなのか、心配になってしまう。
「マリアちゃんはどんな服が好きなの?」
「可愛いのがいいなあ」
かなりの確率でコスプレ衣装のことだ。あれは私服というより衣装なのだが、彼女にとっては同じのようだ。
「ユキはどんなお洋服が好き?」
「え、私?」
答えが出てこなかった。
「……シンプルなのがいいかな」
ユキはファッションに興味がなかった。もとい機会がなかった。小さい頃はおさがりが多く、自我が芽生えたころには既に訓練学校の寮で、服は支給品だった。服に関しての好き嫌いは特にない。ただ、児童養護施設にいた妹たちの服を選ぶのは好きだった。
「しんぷる? そうなんだあ」
よくわかっていないときの返事だ。
「シンプルっていうのは『単純』とか『質素』っていう意味だよ」
「なるほどお! つまり地味ってことかあ」
「う、うん。そういうこと、だよ」
無邪気な言葉の刃はユキのハートに鋭利に突き刺さる。ただ、これくらいは既に慣れたものだ。
「私もあんまりオシャレじゃないよ」
そうなんだぁ、と言いながらマリアは首をかしげていた。
「でも、前見たお洋服はすごくかわいかったよお」
「前の?」
何のことかとユキも首をかしげる。彼女と会うときの服装は軍服かパイロットスーツくらいのはずだ。私服を見せた記憶がない。あったとしてもそれはパジャマで、オシャレとは程遠い。
「白色と黒色のやつ!」
「白と黒」
そんな服持っていたかと記憶を辿るがボーダー柄もストライプ柄もドット柄もその組み合わせは持っていない。そもそも私服自体をそんなに持ち込んでいなかった。
「白と黒のかわいい服だったよお?」
ヒントが増えていない。
「いつ着てた服かな?」
「わかんない! 写真で見たから」
「――!」
ユキは悶え、声を出さずに悲鳴を上げた。
マリアが見たのは私服ではないし、そもそも自分の服ですらなかった。
蘇ったトラウマを記憶の奥底にしまい込み、上ずった声で言う。
「あ、あれは、なんていうか……衣装だよ」
「どう違うのお?」
改めて聞かれると言葉に詰まる。
「衣装っていうのは……特別な時に着るんだよ」
「ユキの特別な日だったの?」
「え? まあ、特別といえば特別な日だったけど」
入隊初日の出来事だ。ユキにとってとても特別な日ではある。
分かった、とマリアは手を叩いた。
「誕生日でしょ!」
首を横に振る。あの日生まれたのは私じゃなくて私のトラウマだよ、と呟いた声はあまりに小さく無垢な子供には届かなかった。
「あれはカレンさんに着せられ……借りた衣装だから私のじゃないよ」
「カレンのだったんだあー」
「ああいう服が欲しいの?」
「うん! お姫様みたいでしょ?」
マリアは満面の笑みを浮かべる。彼女くらいの子供が着ればそれはもう無条件に可愛く見えるだろう。ちなみに、ユキが着たのはメイド服なので姫ではなくその従者だったが、それ自体は重要でない。
「街で売ってるといいなあ」
「カレンさんなら知ってるかもね」
「後で聞いてこなきゃ! ユキは何を買ってくるの?」
「まだ決めてないよ」
ユキはあまり物欲がなかった。服も然り、食も然り。これといったこだわりがない。そのうえ、給料のほとんどは児童養護施設に送っているため手元にほとんどお金を残していなかった。
買い出しの間に何か気になるものがあれば買おう程度しか考えていない。
マリアは不思議そうに見ていた。
「せっかくのお買い物なのにもったいないよお」
「じゃあ……本買ってこようかな」
普段の眠れない夜にも夜警の眠らない夜にも時間を潰すにはちょうどいい。
マリアも納得して、またプラモデルをいじり始めた。
「あしたが楽しみだなあ」
「シルム隊は荷物の受け取りだよね?」
「うん! 新しいフライトユニットだよお」
ユキが試験していたものだ。制式採用にあたって構造が単純化されているが、加速性と旋回能力は従来のものを大きく凌ぐ。試験のときはあまりの旋回能力にグロッキーになったこともあった。いずれにしろ、マリアなら問題なく扱えそうだ。
「アイゼンフリューゲル、早く使いたいなぁ。コンテナも届くから応援も楽になるし、いいことづくめだよお」
コンテナとは移動用車両の俗称だ。ヴィクトリアとその兵装を格納する巨大な箱で、専用の牽引車量で引っ張る。応援で基地を離れることの多いシルム隊待望の支給だった。
「明日は早起きしないとね」
「今日は早く寝るから大丈夫だよお」
マリアはVサインを突き出した。
高い共鳴率を持ちながら健やかに育つ彼女を見ているとユキは何となく安心することができた。子供を見守る親のような感情、だけではない。これから更に上昇していくであろう共鳴率とその反動に対する恐怖を少しだけ払拭することができた。




