格闘訓練③
もう何度目になるかわからない。
ユキは床に押さえつけられていた。
「またまたアタシの勝ち」
押さえ込みを解いたエリザの手を借りて立ち上がり、ユキは小さくうなった。
最初に比べれば格段に成長していた。
壁際まで追い詰められることはなくなっていたし、ユキから仕掛ける回数も増えてきた。
それでも未だにエリザの優勢を覆すには至っていない。
むしろ、ユキの成長に合わせて力加減をしているような状況だった。
上着を脱ぎながらエリザが言う。
「そろそろ休憩にしない?」
そうですね、とユキも上着を脱いで首元をパタパタと引っ張った。
空調完備の地下施設とはいえこれだけ動けば汗もかく。
「そういえば、ソフィアさん遅いですね」
エリザは壁の時計をチラッと見てから、そうね、と呟いた。
「もうすぐ来るんじゃないの? アルビナさんのとこ行って自分の部屋寄るだけだろうし……あっ!」
いきなり大声をあげたのでユキはビクッと身を硬ばらせた。
「ど、どうしたんですか?」
「ヴィクトリアの白兵戦のための訓練なんだから素手じゃなくて武器使わないと意味がないじゃない!」
ユキの体が糸の切れた人形のようにガクリと床に突っ伏した。
「そ、そんな……」
「でもクロツバキには鉤爪があるし、意味がないこともないわよね」
さすがのエリザも失言だったと、誤魔化すように慌てて付け足した。
実際、黒椿の足は猛禽類のように鋭く、相手を掴むことが出来るようになっている。足技の動きと通じる部分はあるわけだ。
が、納得出来るわけもなく、散々連敗を続けたユキのダメージは心身ともに大きい。
「エリザさん、一度ソフィアさんと今後の訓練について打ち合わせした方がいいんじゃないですか?」
「却下! ユキの格闘訓練はアタシに一任されてるから」
先輩としてのプライドがちょっと傷ついた。
「とりあえず、次はナイフね」
休憩もそこそこにゴム製のナイフをユキに渡した。これもヒビが入っていて、使ったら折れてしまいそうだった。
「だいぶ年季が入ってますね」
ユキは気持ちを切り替えて立ち上がり、それとなく構える。ゴム製なだけあって本物よりも幾分軽い。
「これ、大丈夫ですか?」
「問題ない問題ない」
よく見るとエリザのナイフは新しかった。
その刃先がユキに向けられる。
「始めるわよ?」
「……はい!」
先に仕掛けたのはユキだった。
返事と同時に半歩踏み込み、まっすぐ首へとナイフを突き出す。
エリザは上体を反らしてそれを横に躱し、突き出された腕をナイフで撫でた。
互いに距離を取る。
ユキは重心を高く、小刻みに動きながら相手の出方を見ていた。
ゴムで擦られた腕が熱っぽい。本物のナイフであれば二の腕が裂けていた。
小さなフェイントを入れながら微妙な距離を保つ。
ナイフを構えるエリザのプレッシャーでユキの鼓動が加速していった。
それでも焦らず、神経を研ぎ澄まして相手の動きを観察する。
フェイントから攻め気が漏れてきていた。
それに惑わされれば隙が生まれ、切られる。
冷静に、静かに、細かなステップでタイミングを合わせる。
呼吸。
踏み込み。
突き出されるナイフ。
それに続く右腕。
仕返しとばかりにユキは二の腕を狙う。
「っ!?」
空を切った。
エリザは体を倒し、内腿にゴムナイフを突き立てた。
姿勢を戻すと同時にユキの首を撫でる。
「あつっ!」
首をすくめた隙を突かれ、再び腕を切られた。
「――!」
熱い。
すぐに距離を取る。
エリザは不気味に微笑んだ。
「今のは惜しかったわ」
言葉とは裏腹に余裕そうだった。間違いなくまだまだ本気じゃない。
「もう一回お願いします」
ユキは構え直す。
タイミングはバッチリだった。ただ、動きを読まれていた。
エリザはナイフを逆手に持ち替え、ゆらゆらと動かす。
「来い!」
「はいっ!」
ユキは迷わず仕掛けた。
守りに徹しても勝てない。そもそも、こちらから仕掛けた方が訓練になる。
エリザの動きを見て、それを身につける。
習うより慣れろ、だ。




