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義体の女神  作者: 鈴木亜紀
第二章
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格闘訓練

 キュッとシャワーを止めた。

 格闘訓練までの休憩の間に着替えを兼ねて部屋で汗を流そう、という話になった。

 ユキはサッと浴びて直ぐに出た。後輩という立場を考え、エリザよりも早く準備を終えようとしていた。

 鬼門となるのは髪だ。

 その長さと量が相まって乾かすのに時間がかかる。まして、エリザの性格を考えるとゆっくりとシャワーを浴びるようなことはないだろう。

 普段の三割増しの速さでドライヤーを振り、後ろ髪を一本にまとめてそそくさと軍服を着込んだ。

 準備完了。

本来であれば先にトレーニングルームで待機できればよかったのだが、ユキはその場所を知らず、迷子になる可能性も否めない。

 結果、廊下で待ち合わせをすることになっていた。

「お、来た来た」

 部屋を出ると既にエリザが立っていた。

「すいません、お待たせしました」

「アタシも今来たとこ」

 じゃあ行こうか、とエリザが一歩先を行く。

「ユキ、準備早かったわね」

「先に廊下で待っていようと思って」

「いやいや、そりゃアタシの方が早いでしょ」

 光を跳ね返す金色の髪をかきあげると爽やかな果物の香りが広がった。

「だって、その髪乾かすの時間かかるでしょ?」

 エリザは振り返り、ユキの尻尾、もとい束ねた髪を掴んだ。

「ホント長いわね」

「切った方がいいですか?」

「もったいない、もったいない」

 大袈裟に首を横に振る。

「失恋するときまでとっておきなよ」

「失敗が前提!? そもそも好きな人とかいませんよ」

「んじゃ、当分そのままか。ってか、ユキってもしかして……」

 訝しげな視線を向けられて少したじろぐ。

「な、なんですか?」

 エリザは一呼吸置いてから、やっぱり何でもない、と言って正面に向き直った。

 ユキは食い下がったが、なんでもないとはぐらかされるだけなので渋々話題を変えることにした。

「マリカさんも例のアレ、やりますよね?」

「アレ?」

「この基地恒例の――」

「シミュレーション訓練か」

 エリザは頭の後ろで手を組み、天井を見上げるようにして歩いていく。

「ユキ、やる気満々じゃん」

「そういうわけじゃないですよ。どういう戦い方をするのかな、と思って」

「ふーん……どっちにしろ、まだハルピュイアのデータは入ってないんでしょ?」

「あ、そうでしたね」

 だからこそ格闘訓練をすることになったわけだ。

 エリザが横目でチラッと見る。

「それよりも先に心配することがあるんじゃないの?」

「えっ?」

 オウム返しをして目を合わせた。

「今からやる格闘訓練よ!」

「ええっ!?」

「だってユキって弱いでしょ?」

 その通りのため口篭もる。

 エリザと組手をしたことがないユキでも彼女が強いことは容易に想像できた。

 ヴィクトリアの動きは機体の性能に加えてパイロットの得手不得手が顕著に表れる。

 ネローザの超長距離射撃もルーンの格闘性能も黒椿の回避性能も然りだ。

 訓練では黒椿の性能を駆使して辛うじて攻撃を避けることが出来た。

 どう考えても生身では避けられない。

 自分の行く末を悟ったユキは力なく、無駄だと分かっていても、しかし、言う。

「手加減、してくれますよね?」

 エリザは口角をキュッと上げてにっこりと微笑んだ。

「やさしく教えて、あ、げ、る」

 語尾にハートマークがついているその口調は間違いなく、絶対に、いっそ清々しいほどに嘘だ。

「この鬼! 悪魔!」

 ユキは思わず叫んでしまった。熊を前に背中を向けて逃げだすような愚行であることは言った直後、いや、言い終わる前に気が付いた。

「そうしてあげようか?」

 笑顔のままだが、目が笑っていない。

「あ、ウソです。ごめんなさい」

 よろしい、と言ってエリザは満足そうに頷いた。


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