ハルピュイア②
「ずいぶんと派手になったな」
帰投したユキを待っていたのはシゲフミ・モリオカからの怒気を含んだ静かな声だった。白い髪と髭を携えた古強者のような風貌で、オレンジ色の作業着を着ていなければ歴戦の艦長のように貫禄がある。
彼とイエーガー隊は半身を赤く染めた黒椿の足元で機体を見上げていた。
「ま、ソフィアと撃ち合ったならしょうがないけどな」
「……すいません」
ユキ・カミチカは顔を伏せた。軍服が似合わないまだ幼さの残る顔立ちで、腰まで伸びた黒髪を後ろで一つに束ねている。
「いや、気にするな。それにしても――」
シゲフミは他の二機と見比べた。
今回の模擬戦でまともにペイント弾を受けたのは黒椿だけだった。ルーンはもちろんこと、ネローザも翼だけ。あれだけハンドガンを防いだにも関わらず、よく見れば同じ箇所にしか当たっていなかった。そうなるようにソフィアが動かしていたわけだ。
「お前は本当に射撃が下手だな」
「うぐっ」
グサリとユキの胸に突き刺さる。幼さの残る顔を伏せ、肩を落とした。
「いくら試作機とはいえ主兵装がハンドガンじゃ厳しいか」
「あの、ツヴィリングは装備できないんですか?」
「出来ないことはないが、以前ほどマガジンを積むことは出来ないぞ」
二種類のマガジンを積むためそれぞれの残弾が少なくなってしまう。ネローザから補給を受けることも出来るが、状況によってはそれも難しいため現実的とはいえない。
シゲフミは腕を組み、低く唸った。
ライフルは射程が長く精度も高いが、十分なマガジンを積もうとすると装備できるのはひとつになる。それでは火力が低い。
ショットガンは火力こそあるが、射程が短く連射性も低い。ユキの一撃離脱戦法には向いているが、近距離でこそ本来の威力を発揮する武器を装甲の薄い黒椿に装備するのには反対だ。
結局のところ、中距離で連射性の高いものになる。
「試しにエリザが使っていた爪をつけてみるか?」
「はい! お願いします」
爪というのは、ルーンに装備されている鉤爪状のついた手甲の武器だ。その旧型で、三枚刃、その間にマシンガンの銃口が二つ突出している。
爪という言葉にその使用者が反応する。
「ハルピュイアってユニコーンよりも腕細いでしょ? フェンリルの武器つけられるの?」
エリザ・マーレイが艶やかな金髪を揺らしてずいずいっと出てきた。サファイアのように青い瞳がシゲフミに向けられる。
「つけるのは問題ない。ただ、手甲の空気抵抗が変形に影響を与えないかまでは何とも言えん」
「そこは試験するしかないわけだ」
彼は頷き、ソフィア・アライアの方を向く。
「というわけだが、それでいいか? 整備や調整で時間かかるんだが」
彼女は優しく笑みを浮かべた。ルビー色の瞳が隊員の二人を捉えた。
「構いませんよ。それまではシミュレーションと格闘技の訓練をしますので」
ユキは顔をしかめ、エリザはニヤリと笑った。
ソフィアが言う。
「新しくパイロットが来ますが、お忙しくはないのですか?」
「まあな。だが、グレンデルだからハルピュイアほど手はかからないさ」
シゲフミは鼻を鳴らした。特機や試作品の武装に比べれば量産機の整備は慣れたものだ。
「丸三日あれば終わるぞ」
了解しました、と言ったソフィアがふと思い出す。
「そういえば、シルム隊が戻ってきていましたよ」
「もうそんな時間か――」
腕時計をチラリと見る。
「ソフィアはどうするんだ? アルビナのところで待ってるか?」
「いえ、せっかくなのでここで待っていようかと思います」
「アタシも挨拶しておきたいです」
エリザが挙手をした。
「ちなみに、どんな人がくるんですか?」
「セカンドラインで基地の防衛をしていたらしいの」
未だに正式な手続きが終わっていないから詳細は分からないのだけれど、とソフィアはため息をついた。
セカンドラインとはリーゼ防衛線を形成する最前線への供給を目的とした基地である。戦艦の補給・修理の他、前線が崩れた際にはセカンドラインが最前線へと変わることもある。
その防衛に就いていたということは、パイロットとしての腕は保障されているということだ。
問題は左遷理由と人格ということだ。
エリザがユキの方を見た。明らかに顔がこわばっている。
「緊張し過ぎ」
両手で彼女の頬をつまむ。
「とって食うわけじゃないんだから、笑顔笑顔」
口角をあげるようにグイッと引き上げた。
「わかった?」
「……ふぁい」
手を離し、そのまま頭をポンポンと叩く。
「同じ境遇の仲間なんだからさ、ね」
ユキは小さく頷き、目を伏せた。同じ境遇、という言葉が刺さる。
この基地は流刑地。誰もが何かしらの傷を負ってやってくる。
しかし、ユキは違う。
彼女にとってここはラボラトリー。そして自身がモルモットだ。
新たにやってくるパイロットは前者か後者か。あるいは、他の可能性か。
活動が活発なってきたテロリストのスパイ。または、ユキと同じ失楽園プロジェクト被験者による新たな勢力。
どれに属する人物なのか。それが分かるまでユキの不安は晴れない。
ソフィアが言う。
「新人くんにばかり気を取られてはダメよ」
紅の双眸はユキに向けられていた。
「これからみっちり訓練するから」
「は、はい!」
「ちなみに格闘はエリザ、射撃は私、ね」
そういって彼女は人差し指を立てた。
優しい笑みを浮かべているがスパルタのような気がしてならない。
ユキの顔は別の意味でひきつる。
「……お手柔らかにお願いします」
彼女は頭を下げた。
その頭上からアラームが鳴り響く。
「シルム隊ね」
ソフィアたちは天井を見上げた。
格納庫の天井が開き、日光が差し込んでくる。
上昇していくカタパルト。壁際の三台と中央の一台が地上へと向かって行った。
「おいでなすったか」
シゲフミが中央のカタパルトへと歩きだし、ソフィアたちもそれに続いた。
変わらず不安そうな顔をするユキの背中をエリザが軽く叩き、ニッと笑顔を作るのでつられて彼女の頬も緩む。
スラスターの轟音とともに光が遮られた。カタパルトへ着地したようだ。
赤、青、紫のフェンリルが壁際に下りてくる。
中央はグレーのグレンデルだった。個性豊かなこの基地では量産機のカラーリングの方が変に目立つ。
カタパルトが下まで降り、固定された時には足元に人だまりが出来ていた。全員の視線がヴィクトリアの胸元、コックピットに向けられている。
降りてきたのは紺色の髪をした、すらっと背の高い女性だった。
中性的な顔立ちで、ピンと背筋を伸ばしている。
その場の全員の視線を集めるその姿に、舞台女優のようだとユキは思った。
グレンデルの足元に下りた彼女は敬礼をした。
「本日付けで配属になります、マリカ・テイラー少尉です。よろしくご指導お願い致します」
張りのある挨拶に答えるように一同敬礼。
口を開いたのはパイロットチームのリーダーであり、この基地ナンバーツーだった。
「ソフィア・アライア、大佐よ。歓迎するわ」
握手を交わし、続けて紹介をする。
「彼女はエリザ・マーレイ、少尉――」
エリザは笑顔で二、三度手を振った。
「ユキ・カミチカ、軍曹――」
ユキは深く一礼した。
「私達はイエーガー隊で、主に試作品の試験をしているの。ちなみに、あなたの送ってきたのはシルム隊で、あなたが所属するのはゲヴァルト隊ね」
「ゲヴァルト隊――」
マリカの切れ長の目が中央に並ぶグレンデルを一瞥した。
「こちらの装備は制式採用のものですね」
「ゲヴァルト隊は主に基地の防衛に就いているの。共通の武装の方が何かと都合がいいのよ」
納得した様子で頷くマリカ。
「その武装と機体の整備をするメカニックのリーダー、シゲフミさん」
腕を組んだまま仁王立ちしている彼にマリカが言う。
「私ともどもよろしくお願いします」
おう、と一言。
その後ろから騒がしい声が近付いてくる。
「マリカ! マリカは背がおおきいなあ」
「マリア、落ち着きなよ」
「そうだぞー、さっきも言っただろー」
頭の両脇でまとめた赤い髪を揺らして走り寄るマリア・クリカノフ。心身共に幼い彼女の後をナターシャ・ドロノフが追ってきた。マリアの面倒を見る彼女は姉妹の様だった。
その後ろから、シルム隊隊長のリリア・ブルイキンがやる気のない声を出す。内巻の黒髪を弄りながらマイペースに歩いてきた。
「あ、ウチらはもう挨拶を済ませたぞー」
話を進めるように促す彼女の前でナターシャの右手がマリアを捉えた。
「はい、捕まえた」
シートベルトのように覆いかぶさられ、マリアは、むーと唸っている。そのままマリカに直行しようとしていたらしい。
マリカはマリカで彼女を警戒していた。凛々しかった表情に戸惑いが混じる。
ここに来るまで散々質問攻めにあったな、とその場にいた全員が感づいた。
「さて――」
ソフィアが言う。
「自己紹介は終わりにして、そろそろアルビナさんのところへ行こうかしら」
視線がエリザへ向けられる。
「エリザとユキちゃんは休憩を挟んでからトレーニングルームね。私は彼女をアルビナさんのところまで連れてくるから」
それから、と続ける。
「あんまりユキちゃんをいじめてはダメよ」
静寂。
ユキが顔を覗きこむとエリザは天使のように微笑んだ。
「もちろん優しく教えてあげますよ」
「絶対ウソだ!」
ユキの叫びが虚しく響く。
ソフィアはクスッと笑ってからマリカとともに地下迷宮、もとい司令室へと続く通路へと向かった。
その去り際、マリカの双眸が一瞬ユキに向けられたが本人は気付かなかった。




