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義体の女神  作者: 鈴木亜紀
第二章
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ハルピュイア

 天空を駆ける魔女は鳥へと姿を変えた。

 加速する黒椿。

 その軌跡をなぞるように弾丸が追いかけた。

「あー! イライラする!」

 ユキを追いかけるエリザが叫ぶ。

 少しずつ引き離されていくルーン。

 手甲のマシンガンは当たらない。

 遠くから見守るソフィアが回線を開く。

「エリザ、集中よ、集中」

「了解っ!」

 言葉とは裏腹にその口調には怒気が含まれていた。

 変形後の黒椿、鳥型のハルピュイアは機動性が高く、面積が小さい。

 回避に専念するユキの反応速度が加わると単機の火力で捉えることは困難だった。

 エリザの命中精度が上がらない更なる理由は可変式ヴィクトリア独特の機構によるものだった。変形によって加速方向が変わるため、ハルピュイアのコックピットは回転するようになっている。

 体の軸に対し上方向、マイナス方向のGが加わることが無くなったため上下左右、加減速の自由度が格段に上がっていた。

 ルーンとの距離が十分に離れたところで身を翻し、黒椿は再び変形する。

 背部スラスターを中心に体が起き上がり、メインスラスターとなっていた足が伸びる。

 鳥の頭がふたつに割れて肩を包み、本当の頭部が露になった。

 両手に構えたハンドガンをルーンに向ける。

 フルオートでの斉射。

 スピードを緩めないルーンは急速接近しながら負けじと回避行動をとった。

「ぬー……」

 当たらない。

 ユキは思わず唸った。

 彼女の射撃能力とハンドガンの性能ではエリザを捉えることができない。

 互いのペイント弾は宙に投げ出され、時に砂漠に色を添える。

 ハンドガンの弾が切れたとき、ルーンは目前まで迫っていた。

 爪を収めたままの腕を振り下ろされる。

 模擬戦でも格闘戦を行えるようにと苦肉の策として素手のみ可、ということになった。

 装甲を切り裂く爪試作4号もいわゆるビンタになる。

「――!」

 金属同士のぶつかる甲高い音と共にその手は貴婦人の足で止められた。

 鉤爪が蹴りあげるような形でルーンの腕を掴んでいた。

 そこを軸に回転、いなすようにして後ろを取るとスラスター全開でその場を離脱する。

 エリザが振り返った時、黒椿は既に鳥の姿で飛び立っていた。

「待てコラー!」

「イヤですっ!」

 再び追いかけっこが始まる。

 本日五回目だった。可変式ヴィクトリアの実戦データを採るためにと模擬戦を繰り返しているが、いつもこの状況になってしまう。

 ただ、今日の訓練はここからが本番だった。

 ネローザが蝙蝠のような翼を広げる。

「エリザ、選手交代」

「了解……って、隊長がやるんですか!?」

「ソフィアさん!?」

「模擬戦では初めてね」

 言うまでもなくレールガンは使えないのでペイント弾が装填されたツヴィリングを翼の中から抜き取る。

 砂を巻き上げて上昇したネローザが戦域に侵入した。

「エリザは記録お願いね」

 了解です、とルーンは高度を下げながら離脱していく。

「さて――」

 ネローザが黒椿を正面に見据える。

「ユキちゃん、準備はいい?」

 普段と変わらない口調。それでも気迫のようなものが伝わってきた。

 トリガーを握り直す。

 シミュレーション訓練の光景がユキの頭を過っていた。あの時はレールガンによっていつの間にか撃ち落とされていた。

 状況こそ異なるがその経験が緊張をかきたてる。

「……いつでも大丈夫です」

 ツヴィリングの銃口が黒椿に向けられる。

 既にユキはペダルを踏み込んでいた。

 放たれたショットガンが魔女のハイヒールを掠める。

 ユキはライフルの追撃を避けつつ、不規則な挙動で距離をとった。

 ライフルの沈黙。

 黒椿は上昇しながら体を起こして90度回転、横向きのままハンドガンを連射する。

 ネローザは大きく広げた蝙蝠の翼で体を包み、ペイント弾を弾いた。

 翼を広げると同時にライフルが火を噴く。

 ネローザを中心に正面から撃ち合う形になる。

 反応速度に長けるユキと狙撃力に長けるソフィア。

 機動性に特化した黒椿と射撃に特化したネローザ。

 結果はネローザの勝利だった。ハンドガンは翼に防がれ、避けきれなかったライフルが黒椿の四肢に命中した。夜空に輝く花火のようにペイント弾が藍黒色のボディを染める。

 エリスの感嘆の声。

 ユキは回避に専念しながら被弾箇所を冷静に確認していた。

 腰部補助スラスターをひとつ、あとはフレームを掠った程度のものが複数。

 問題ない。

 ペイント弾でなくても戦闘継続可能だった。

 黒椿は鳥型に変形する。

 撃ち合いでは分が悪い。ユキは再び機会を窺っていた。

 不得意な射撃で硬い守りを突破するのは困難。

 しかし、得意な攻撃ならあるいは――。

 タイミングを計り一気にペダルを踏み込む。

 シートに押し付けられる体。

 足へと流れ込む血液。

 急接近する黒椿に向けて放たれるライフルを寸でのところで躱す。

「……っ!」

 ペイント弾が避けきれなかった。鳥型でも躱しきれないほど二機の距離は近い。

 それでもユキは速度を落とさなかった。

 正確無比な射撃が黒椿を色付けていく。

 不意にライフルが沈黙した。

「やっと――」

 ライフルの弾切れ。

 人型になり両手でハンドガンを構える。この距離ならユキの射撃でも十分に翼の隙間を狙える。

 照準がネローザを捉えた。

「んぐっ!」

 衝撃に襲われトリガーを引くことが出来なかった。

「ユキちゃん、ライフルではなくツヴィリングよ?」

 ショットガンの高速三連射によって黒椿の左半分が赤く染まる。

 ユキは最大速度であればリロードする隙に狙い撃つことが出来ると思い込んでいた。そもそもショットガンは最初に一発撃たれていたのに忘れていた。ライフルを避け続けていたせいで意識から抜け落ちていたのかもしれない。

 実弾なら左腕は吹き飛び、腹部と胸部は蜂の巣になっていた。再起不能なほどの大破だ。

 シミュレーション訓練に続いて二連敗。その上、今回は実機で、ネローザの主兵装はレールガンというユキに有利な状況にも関わらず。

 姿勢を制御し、ゆっくりと着地する。

「真っ赤になっちゃった……」

 黒椿を通してその体を見回していた。

 武器をしまったネローザと観測を終えたルーンが近くに着地する。

「作戦ミスね」

「惜しかった惜しかった」

 ふたりの掛けた声は対称的だった。

 事実を突き付けたソフィアと励ましたエリザ。

 隊長として部下のミスを指摘・是正する責任を負うソフィアと、先輩として落ち込む後輩を気遣うエリザ。

 ふたりから異なる激励を受け、ユキは顔を上げた。

「もっと集中しないとダメですね」

 ずぼらな作戦を立ててしまったのは思い込みと焦りが原因だった。

 ハンドガンは翼に防がれ、ライフルだけであしらわれたせいで、状況を打開しようと得意な攻撃に頼ってしまった。

 改善しよう、と心の中で呟いたときユキは何かを感じた。

 目を凝らすが何も見えない。レーダーにも反応なし。

 エリザが言う。

「どうかした?」

「いや、なんでもないです」

 気のせいかと思い、視線を戻したがその方向をネローザが見ていた。

「シルム隊が戻ってきたみたい――」

 レールガン用に搭載された特殊な望遠カメラがレーダーの外にいる機体を捉えていた。

 その数は四つ。

「新人君も一緒ね」

 その言葉に緊張が走るユキ。対してエリザは気にした様子でもなかった。

「模擬戦はここまでにして、先に基地に戻りましょうか」

 シルム隊と同時に帰投しては格納庫が渋滞してしまう。まして新人までくるのだから整備班は大忙しになるだろう。

 ネローザが飛び立ち、それに二機が続いた。


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