兆し③
作業着を羽織ったユキは傷ついた黒椿の前に立っていた。
その横には胸元に穴の開いたハルピュイアが固定されている。
人型のそれは黒椿と近いシルエットをしていた。骨格はユニコーンよりも細く、背中のスラスターはアイゼンフリューゲルに酷似している。両肩をパフスリーブのような盾が包み、足元はハイヒールを履いたように踵が高い。貴婦人のような出で立ち。案の定、藍黒色だった。
ぼんやりと眺める彼女にシゲフミが歩み寄る。
「人型の操縦はこれまでとあまり変わらないが、装甲が薄い。被弾したら生存率が低いから気をつけろよ」
ユキは頷き、ハイヒールとパフスリーブについて尋ねた。
「あれは鳥型のときに鉤爪と頭の部分になる。両肩の盾は変形時にスライドして鳥の頭を作り、足は、高速飛行時は折り畳みスラスターとして、低速時は展開して鉤爪として使うことが出来る」
長い爪を隠し持った貴婦人。時に鳥へと姿を変える。戦女神というより魔女だ。
「背部スラスター、あの翼が可変機構の中心になるから飛行中にしか変形できないぞ」
詳しくは後で確認しろ、と話を切り上げてハッチから伸びるワイヤーへと促した。
「コアをユニコーンから分離したらそのままハルピュイアに入れるぞ。再接続が終わるまで大人しくしていろよ」
「了解」
引き上げられながら答えるとシゲフミは背を向けていた。
どこかへ行くわけでもなくそのまま動かない。不思議に思いながらもコックピットに乗り込み、シートに座った。
ヘルメットをかぶり起動させる。
出撃とは違いコントロールを機体から切断していく。
「……っ」
コアが分離していくにつれてユキは焦燥感に駆られていった。
初めての分離による不安。撃墜された時の精神的外傷。
どちらも違う気がする。
ふいにオペレーターの声が聞こえた。
「分離完了を確認。ハルピュイアへの挿入を開始します」
「りょ、了解」
コックピットが小刻みに揺れる。ユキは落ち着こうと深呼吸をし、大丈夫と自分に言い聞かせた。
コアの分離も再接続もこれまで数えきれないほど行われている。特別危険なことはない。
金属の擦れる音。
コアが挿入された。
「再接続を開始してください」
ハルピュイアという体に、脳であり心臓であるコアが繋がっていく。
貴婦人の目覚め。
「再接続完了を確認。お疲れ様でした」
プツッと通信が切れた。
「無事完了、か」
気付けば焦燥感は無くなっていた。むしろ爽やかな気分だった。
今回はコアの移植のみ。ヘルメットを外し、ハッチを開ける。先ほどまで黒椿と呼んでいたユニコーンが視界に入った。
コアを抜き取ったため胸に大きな穴が開き、抜け殻になってしまっている。
ワイヤーで下に下りると、目線を反らすソフィアと笑みを浮かべるエリザが待っていた。シゲフミの姿はない。
「ユキちゃん、おつかれさま」
相槌を打ち、シゲフミのことを尋ねると彼女は困ったように頬をかき、曖昧な返事をした。
その横で小悪魔が微笑む。
「アタシは白だと思っていたよ」
エリザは何事もなかったようにケロッとしていた。
「白? 何の話ですか?」
小首をかしげる。
「あ、黒椿に合わせて黒なのか」
ユキの投げたボールはキャッチされず、別のボールを投げ返された。
「だから、何の――」
エリザの人差し指がビシッとユキに向けられる。その先にあるものを目で追いかける。
「この作業着はオレンジですよ?」
シゲフミに借りた上着は小柄な彼女の膝上まで覆っていた。
「その中よ」
「ガウン?」
青と白のストライプ。黒はない。
「もっと中よ」
頭のなかでカチッとパズルの揃った音がした。ワイヤーで引き上げられたときに背を向けたシゲフミ。足元へ下りたときに目を伏せていたソフィアとニヤニヤして見上げていたエリザ。
「……っ!」
両手でガウンの裾を抑える。Aラインのガウンは下から見れば中が丸見えだ。
エリザは励ますようにユキの肩に手を置く。
「あんなレースでスケスケの履いてるとは思わなかったよ」
「真顔で嘘言わないでくださいっ」
手を振り払う。見かねたソフィアが言う。
「ごめんね、やっぱり着替えてくればよかったね」
「いや、そんな、いっそ笑ってください」
苦笑するソフィアと爆笑するエリザ。恥ずかしさと困惑で頭がごちゃ混ぜになった。
「下にいたのは私達だけだから他の人には見られていないよ」
「本当ですか?」
同性に下着を見られること自体は大して恥ずかしいことではない。ただ、ここは格納庫で、メカニックの多くは男性という状況が一番の気がかりだった。
「もちろん本当よ。みんな忙しいみたいだからね」
「誰もユキの下着なんて見てないよ」
「そ、そうですか」
素直に喜べないこの感情の矛先はどこに向ければいいのか、と考えているとソフィアが二人の肩を抱き寄せた。
突然の出来事に動転する二人。
「これでイエーガー隊復活ね」
ユキとエリザは次の言葉を待って息を飲んだ。
「エリザ、素直はあなたの魅力のひとつだけど、あんまりユキちゃんをいじめちゃダメよ」
気をつけます、と照れながら笑った。
「ユキちゃん、困ったことがあったら相談してね。私に出来ることなら協力もするし、話すだけで楽になることだってあるだろうから」
はい、と大きく頷いた。
一呼吸。
「今回の件でベルが軍を去り、この基地の存続も危ぶまれた。でも、またこうしてここで、三人顔を合わせることが出来たのは本当に幸運だと思うの。だから、今度は幸運なんかじゃなく自分の、自分たちの力でこの基地を守っていこう」
三人の視線が交わる。
人種も文化の違いも関係ない。共通の目的と絆の元に生まれたコミュニティ。
「……なんて、少し恥ずかしいわね」
ソフィアははにかんだ。普段の包み込むような微笑とは違う年相応の愛らしい表情。
「アタシ、隊長のためなら頑張りますよ」
「私もです」
張り合うように声を上げた二人の頭を撫で、ソフィアはヴィクトリアを見上げた。
可変式という不確かな技術の新たな黒椿。接近戦という生存率の低い戦術に特化したルーン。火力の代償に機動性を失ったネローザ。
手にあるのは諸刃の剣である。
使い方によっては自らを傷つける。
ならせめて、何のために犠牲になるかは自分の意思で決めようと誓った。




