兆し
ユキはテーブルに突っ伏し、その頭をソフィアが撫でていた。
「落ち着いたかしら?」
結局我慢しきれず泣き崩れ、もうすぐ一五分が経とうとしていた。
顔を上げる。
「はい、すっきりしました」
目元と頬が薄紅色になっていた。一拍置いてソフィアが言う。
「それで、これからのことなのだけれど」
基地は破壊され隊員も機体も足りない。物資の供給は前線へ優先的に行われ、開発基地は下位にあたる。特にこの基地、ユーラシア第十一開発基地は上層部に疎まれているため適当な理由をつけて破棄する可能性もあった。
「もしかしてここは破棄されるんですか!?」
ユキが勇気をだして口にした言葉を、あわてん坊さんね、と受け流す。
「その逆、新しいパイロットとヴィクトリアが二機来ることになったの」
「これまで通り実験を続けろということですか?」
パッと明るい表情になった彼女にソフィアが安心と茫然を合わせた顔で答える。
「まあ、そう言う事になるのかしら。ただ、素直に喜んでもいられないのだけれど」
「というと?」
「ここに来るのは問題児だから」
二人はしばし見つめ合い、自嘲的に笑った。
「それは冗談だけれど、あまりにも好待遇で対応も早いものだから。何か企んでいるのかと思って」
「な、なるほど」
ユキは短絡的に喜んでしまったことが少し恥ずかしくなった。
「軍の偉い人は私のこと、どのくらい知っているんでしょうか」
メーアが言うには、プロジェクトは軍の指揮のもとで行われた。全て把握しているのであればこの基地への配属も復旧への対応も頷ける。
「どうかしら。秘密のプロジェクトだから極一部の人しか知らないと思うけれど」
その一部の人というのが異例の決定を押し通せるほど高位の人物であるとまでは言わなかった。
考え込んでいたユキがあることに気付く。
「あれ、そういえば、なんでヴィクトリアが二機も? パイロットは一人ですよね?」
「一機は新人の子の、もう一機はユキちゃん、あなたのなの」
「私のですか!?」
悲鳴とも嗚咽とも取れる声。
彼女の愛機である黒椿は中破。パーツを交換すればすぐにでも運用可能な状態にある。それにも関わらず新しい機体が支給された。好待遇どころではない。
当然のように疑問が浮かぶ。
「黒椿はどうなるんですか?」
「コアを入れ替えるの。見た目が変わるだけよ」
コアはヴィクトリアの心臓であり、脳である。腕が破損すれば交換するように本体も取り替えることが出来る。
つまり、黒椿という名前はそのコアに対するもので、ユニコーンという体もその装備品に過ぎない。
頭では分かっている。ただ、藍黒色のボディカラー、アイゼンフリューゲル、ツヴィリング、どれも愛着がある。
「次はフェンリルですか? グレンデルは重いのであまり、なんですが」
ユキの顔は少し曇った。それとは対照的にソフィアはふふっと笑っている。
「なんと、特機よ。一応だけれど」
「ととと特機!?」
ユキは勢いよく立ち上がり、その勢いで椅子が倒れた。
「一応、ね。Xナンバーだけど試作機という面が強いわ」
試作機といってもXナンバーを与えられた機体。パイロットであれば誰もが憧れる特機にのみ許された型番だ。
「どんな機体ですか? 機動性に特化しているとか?」
返事は、半分当たり、と聞き覚えのあるものだった。
ソフィアは右手を突出し、座るように促した。
椅子を直し、ユキが腰を下ろすのを待ってから口を開く。
「X‐1003、ハルピュイア。可変式ヴィクトリアの四機目よ」
疑問符をつけて可変式と復唱したユキに、変形可能な機体だと補足する。
「その名前の通り、鳥形と人型に変形するの」
ハルピュイアはギリシャ神話に出てくる女面鳥身の生物だ。貪欲に食物を漁る軍用機らしい凶暴なネーミング。
変形という言葉がユキの記憶を巡らせた。
「可変式ヴィクトリアって試験中の事故で開発中止になったと聞きましたけど」
記念すべき一号機は変形機構そのものに問題があり試験中に墜落。改善された二号機は操縦が困難を極め、パイロットのミスにより墜落。満を持して改修した三号機も飛行中に突如バランスを崩し墜落。原因不明のこの事故でパイロットが犠牲になったため計画は延期された。
「再開されたの、少し前にね。もう届いているわ」
復旧の補給物資と共に送られてきた。
「もしかして、パイロットも既に?」
ソフィアは、それはまだ、と首を横に振る。
「それから、後で格納庫に行ってシゲフミさんに会ってね。コアの入れ替えはパイロットがいないとできないから」
「分かりました――」
ふと初めて黒椿を見た時を思い出した。
「もしかして、もう塗装されてたりします?」
「どうかしら、私が見たのは格納庫に収容された時だから、その後のことは……」
肩をすくめて、あきらめたようにため息を漏らす。
「白地に赤いラインの入った機体だったわ」
故意か無意識か過去形だった。
「カタパルトが九機分しかないから出来るだけ早い方がいいのだけれど、この後いい?」
ユキは頷く。
「何色になったのか気になりますし」
「たぶん、前と同じ藍黒色よ」
意味ありげに口角を上げ、ソフィアは立ち上がった。
「……?」
ユキは小首を傾げ、彼女を見上げた。
「それじゃ、格納庫へ行こう」
「はいっ!」




